第14話 球雷《ボール・ライトニング》
第02節 帰還、翌日〔7/7〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
人気のない夕暮れの路上。
ボクを囲むは、10人の男子生徒と少し離れた位置にいる1人の女子生徒。
その中心にいるのは、三年の棚橋先輩。どうやら過去に雫に告白し、玉砕した、野球部だかサッカー部だかのエースです。
話し合いらしい話し合いもなく、一方的に会話を打ち切られ。
そして後方から、鉄パイプで殴りかかられました。
けれど、〔泡〕がその斬線を可視化し、更に予測軌道まで示され。
だから、それをギリギリの位置で躱し、そして最接近位置から、その鉄パイプに向けて、新魔法を披露します。
その魔法は。かなり初期から開発を始めましたけど、射程は短く、それでいながら近距離戦では手にした神聖鉄製の武具の威力と使い勝手が勝り、一度も実戦では披露されなかったものです。
名付けて、〔球雷〕。
至近距離から、高電圧可変電流を直撃させるという魔法です。当然、その気になれば一撃で感電死させることも可能。けれど電流量を加減すれば、麻痺や失神程度の威力に抑えることも可能です。
〔帯電〕の魔法に比べ、威力の調整が利くのが長所ですが、接近戦でしか使えないのが短所です。そして、魔獣や野獣相手に手加減を考える必要はないので、使い処がなかったのです。ちなみに野盗相手も同じです。賞金首だったとしても、基本生死を問わずでしたので、手加減を考える意味がありませんでした。
けど、この世界では。
現代日本では、そうそう簡単に殺害することは出来ません。また、刃物は持ち歩くことさえ難しいのです。飯塚くんは十徳ナイフやバックルナイフを持ち歩いていましたが、アレは立派な銃刀法違反。刃物ではなく金属でさえないクボタンでも、判断によっては違法になるのですから。
それに対し、〔電気魔法〕は。実は現代日本では相性の良い魔法になります。
非殺傷レベルまで手加減出来る上、「スタンガン」のような護身具が周知されている以上、被害者は勝手に誤解してくれるからです。
スタンガンも、状況によっては軽犯罪法に引っかかります。が、それが使われる状況を考えると。特に鉄パイプや金属バットを持った加害者側からは。
それを非難することは、出来ないでしょう。
さて。
棚橋先輩たちから見れば。
後ろからの奇襲攻撃を、それに気付かないはずのボクが紙一重で避け、且つその瞬間に振り下ろされた鉄パイプに向けてスタンガンを使った。と見えたのでしょうか。
否、後ろから襲撃した二人が、何故いきなり倒れたか、訳わからないというのが本音かもしれません。
「なっ、何をした?」
あ。動揺しています。後者がビンゴ。
観察眼に欠け、動揺を押し隠せない点で落第、そして次の行動を選べずフリーズしている時点で失格です。うん、うちの兵にこの程度の未熟者がいたら、ギルマス・マティアス氏に預けて冒険者初級訓練ハードバージョンフルコース、ですね。これでも、『魔王戦争』時に練兵マニュアルを作成した立場としては、この程度でイキっているその意味がわかりません。
けど、ボクは彼らの指導教官ではありませんから。わざわざ丁寧にご教授してあげる理由もありません。
次は、雑木林の三人(の内、男子二人)。
見届け人の女子に対して攻撃するつもりはありませんけれど、その手にあるスマホに向けて、〔球雷〕。サージでスマホ内部を破壊します。そしてそのまま、男子二人の肌(服の上)に素手で接触し、〔球雷〕。
「気をつけろ! あいつ、スタンガンか何か持っていやがる!」
あ、気付いたようです。
そしてそれに気付いたら。スポーツ選手や荒事に慣れた不良たちにとって、陰キャのアニオタ相手に有効間合いを維持することなど、造作もないことです。
そう、ルールの定まっているスポーツや、一方的にボコれる喧嘩なら。
間合いを維持すると言えば聞こえはいいですけど、ボクが一歩前に出れば彼らは一歩後ろに下がる。この状況を見ていれば、彼らの腰が引けており、つまり逃げ腰だと判断するでしょう。アニオタ如きに逃げ腰になる不良(笑)。メンツ丸潰れです。
だから、意を決し、彼らは一歩前に踏み出しました。
ボクが散布した、物理強度最強の〔泡〕の上に。
「物理強度最強」、といっても、体重を掛けて踏み締めれば簡単に割れます。
けど、その一瞬の負荷が、体幹のバランスを崩します。
で、ボクの前に見事なヘッドスライディング。ちょっと蹲まれば、其処には不良の後頭部が。だから遠慮なく手を当て、〔球雷〕。
無造作に。
激しい動きをほとんど見せず、運動音痴のオタクらしく緩慢な動きで。
不良五人を無造作に失神させたんです。彼らの心理的な混乱は、どれほどのものがあったでしょう?
だから、彼らは脱兎のごとく逃げ出しました。否、ウサギはもっと軽やかに逃げます。それに対し、ボクは。
『倉庫』から、ボーラを持ち出します。微塵があったので、ボーラはまず使いませんでしたけど、これもやっぱり現代日本では使い勝手のいい武器。但し、無駄に怪我をさせないように、先端の石はゴムボールに置き換えていますが。
これで、棚橋先輩を捕縛しました。
それから、倒れている棚橋先輩を一旦無視して、雑木林にいる女子の許へ。
「な、何よ? 何をする気?」
「いや、別に、何も。そもそも雫以外の女性に性的魅力は感じませんから。
『私みたいな美少女を前にしたら、男は皆ケダモノになる!』みたいな的外れな妄想は、必要ありませんよ?」
女子は貞操の危機を感じたようですけれど、莫迦ばかしい。
スタイルだけなら、ネオハティスのメイド学校の水泳部の女子の方が、遥かに上です。
それ以前に、こんな連中と連るんでいる脳内オガクズのビッチに欲情するほど、ボクは飢えていません。
否、ボクにだって性欲はありますけれど。綺麗な女性を見たら、エッチな妄想したりもします。けどこんな公衆便所女を前にしたら、勃つモノも立ちませんから。
そして女子を、棚橋先輩の下に連れて行き。
「さて、棚橋先輩。貴方には、選択肢が二つあります。
ひとつは、ボクのようなアニオタにボコボコにされた、と学校や警察に訴え出ること。
その場合、ボクも相応に反論させていただきますけれど。それ以前に10人がかりでアニオタひとりを囲んで、返り討ちにされたということが学校内に、或いは地域に知られることになります。そして学校や警察の裁定次第では、先輩の所属する部活にも影響が出るでしょうね。
野球部でしたっけ? あ、サッカー部。インターハイは、うちの学校は地区の二次予選に進出していたんでしたっけ? 残念ですね、不祥事で棄権、なんて。
もう一つの選択肢は、お互い無かったことにしましょう。
ボクと棚橋先輩は、個人的に会話をしたことも無ければ、縁もない。過去に先輩は雫にフられたようですが、それっきりです。
それから、そっちの彼女。そのスマホで録画して、都合のいいように編集して公開しようと思っていたのかもしれませんけれど、それ、何も録画出来ていませんよ。
だから、どっちを選べばいいのか。先輩なら簡単にわかりますよね?」
(2,828文字:2019/08/24初稿 2020/04/30投稿予約 2020/06/02 03:00掲載予定)
・ 「スタンガンも、状況によっては軽犯罪法に引っかかります」。けどスタンガンは持っておらず、〔球雷〕の魔法を確認することは誰も出来ませんから、仮に返り討ちにされた連中が訴えてきて、雄二の寮その他を家宅捜査したとしても何も出て来ません。つまり、立件出来ない、という事に。まぁボーラの使用で軽犯罪法(昭和二十三年法律第三十九号)第一条第一項第2号(武器類似物品の隠匿携帯)と刑法(明治四十年法律第四十五号)二〇八条(暴行罪)が取り沙汰されるでしょうけれど、暴行罪に関しては刑法第三六条(正当防衛)が論じられることになるでしょう。
・ スタンガンに関する法制度は冗談染みています。「購入」は、合法(但し業界自主規制により未成年の購入は不可)。「所有」や「所持」は、合法。「携行」は非合法(軽犯罪法第一条第一項第2号)。自衛の為の「使用」は、基本的に合法(正当防衛)。つまり、持ち歩いている時に、警官が現れたら違法、暴漢が現れたら合法、ということです。
・ 最近、万引き犯捕縛の為に、ゴムボール製ボーラを導入した店があると聞いた気が(日本だったかアメリカだったか)。
・ 現場にいたのは、合計11人。けれど監視・連絡でもう少し人数が動員されていますから、たとえ現場に残った6人が口裏を合わせても、「陰キャのアニオタに返り討ちにされた」という噂の流布は止めようもないでしょう。
・ 現場にいた女生徒のスマホは、CPUもメモリもサージにより完全に破壊され、ただの板になりました。……電磁パルスも発生していた?




