第13話 雄二の釣り
第02節 帰還、翌日〔6/7〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
放課後になり、髙月さんと飯塚くんと柏木くんと、雫は、買い物に。
ボクは、しばらく教室の隅でネットのブログ等を流し読みしながら、時間を潰していました。あまり早くに下校して、周りに人がいる環境では、魚が釣針に掛かってくれませんから。
学校から寮までは、電車で二駅。歩いても、40分ほどです。だから今日は、ゆっくり歩きで帰るつもりです。昨日までなら、その40分が長く、疲れるものでしたけど、今日のボクにとっては、その程度は運動にもなりませんから。
そして、歩きだと。途中、人気のなくなる場所があるんです。街灯はあるけど民家は少なく、だからあまり遅い時間に女子が独り歩きすることは推奨されない場所。そこが、今回の〝釣り〟の有力スポット。だけど、果たして?
今回釣る目的となる〝魚〟は。午前中に雫に「何故俺を選ばずあんな男を選んだ!」と詰め寄った、三年の優男。昨日までのボクなら、まぁハンサムと思えるでしょう。サッカー部だか野球部だかで活躍しているらしく、相応にファンもいるそうです。
運動系部活動でエースだ、というのなら。人前で揚げ足を取られるような行動はしないはずです。手を出すのなら、完全に目撃者がいない場所。或いは。
完全に目撃者を排除出来る環境。
ちなみに、少し頭があれば。
いつもは電車通学のボクが、今日に限って徒歩で寮に帰ることに、違和感を覚えるはず。もっとも、違和感があってもボク如きが〝釣り〟を嗜むということに、脅威を感じる必要を覚えないだけなのかもしれませんが。
そして、満を持して、下校します。
校舎内でも、ボクを監視している人が、ひとり。目的の〝魚〟ではない、所謂〝雑魚〟です。〔泡〕で様子を見たところ、スマホで誰かと連絡を取っている模様。〔報道〕を飛ばす? 否、そんな面倒をする必要はないでしょう。
そして通学路を歩いていくと。
面白いくらいに、挙動不審な生徒の姿を見かけます。勿論、ボクの視界からは微妙に外れて。最寄駅までに、男子3人、女子1人。だけど、駅舎に向かわなかったことで、彼らの動きにちょっと混乱が見られました。
索敵範囲を広げると。
……ノーヘル二人乗りは、道交法違反ですよ?
ちょっとイキっている風の男子生徒が6人ほど、バイクに乗って先回りしようとしているのがわかりました。うち一人は、フルフェイスのヘルメットで顔を隠しています。そして、ボクの後を尾行するように、男子生徒が2人。うん、高が不良にしては、組織化されています。包囲されると面倒ですね。
とは言っても。その気配から計測する脅威度判定は「F」。戦闘を専門に修練したことのない小物が、武器を持って強くなったと思い上がっている程度。無抵抗で殴られたとしても、死を意識する必要もない程度。『倉庫』内で〔再生〕魔法を発動させれば、あまりそれを得意としないボク程度でも、すぐに癒せるでしょう。
でもまぁ痛いのはあまり嬉しくないですけど、得てしてこういう問題は、直接拳を交えなければ解決しない、謎ルールがあるんですよね。「殴られても譲らない」「反撃して叩きのめす」みたいな形で、加害者に認められることが、殴られる側の勝利条件。正直、莫迦ばかしいです。
◇◆◇ ◆◇◆
さて、予定の〝釣り堀〟に到着です。少し先の視界外の路上に、バイクが路駐されています。そして、前方から6人、道路脇の雑木林から3人、後方から2人。雑木林の3人の内一人は女生徒のようです。実戦力、ではなく、まぁ見届け役(という名の賑やかし?)でしょう。
その女生徒を除いて、10人。はっきり言って、多いです。けど、現実には多過ぎます。
よく、ひとりに対する為には、そのひとりを中心として120度ずつ離れた位置に3人で囲め、と謂いますが。それさえ、机上の空論。集団戦術を習熟した兵士である、という前提でしか通用しない、すなわち現場を知らない、数理的な発想に過ぎません。
120度、というのは、相手を中心にして、自分と仲間たちで正三角形を作る位置、という事です。だからその位置であれば、味方を傷付けることはない、と。けど、未熟な兵であれば、味方の太刀筋を妨害してしまうのです。
加えて、刀剣で敵を切りつける為に使う部位は、鋒ではなく、中腹。つまり、敵を切りつける為には当初の位置から更に踏み込まなければならず、そしてその位置では鋒が味方に届いてしまうのです。
多勢で一人、或いは少数を囲むなら。その最適解は、前後或いは左右からの、時間差挟撃。この一択に尽きるのです。もっともその場合、囲まれる少数が達人なら、時間差を利用した個別撃破の対象にされますけれど。というかそれ以前に、それだけ実力差があれば包囲戦術が意味を成しませんけれど。
ちなみに、多数で少数(或いはひとり)を囲む際、その〝数〟を活かす為には。刺突或いは銃火器等を使った射撃戦術による飽和攻撃、でしょう。「斬線」は〝線〟だから相互に干渉するリスクがありますけれど、「刺突」や「射線」は(敵から見て)〝点〟ですから、干渉を考える必要がないのです。
或いは、ただの威圧効果。「枯れ木も山の賑わい」という奴です。そして今回は、正しくこれでしょう。
〔泡〕で周辺を再確認。目撃者無し、街頭カメラ等無し。
スマホを動画モードにして、〔泡〕に封入。ちょっと離れた場所に飛ばします。そしてそのスマホのカメラ目前に〔報道〕の魔法を起動。直接視認不可能な位置から、この場所で起こる一部始終を録画します。
そして、周辺の〔泡〕の密度を高め。準備完了です。
「お前が、武田雄二、か?」
「失礼ですが、どなたでしょうか?」
前方から道を塞ぐように歩いてきた六人、そのうちの一人。フルフェイスのヘルメットで顔を隠した男子生徒が、そう言ってきました。顔を隠してはいますが、この男こそが、今回の本命の〝魚〟です。
「俺が誰かなんて、どうでもいい。今すぐ、松村嬢の前から消えて二度と姿を現すな!」
「否、同級生ですから、それは無理ですよ? 〝棚橋先輩〟。ボクの顔を見たくないのなら、先輩こそボクらのクラスに来なければいいんじゃないですか?」
あっさりと名前を言い当てられて、棚橋先輩は動揺したようです。が、すぐに立ち直って。
「どうやら、言葉で言ってもわからないようだな。なら、身体で言い聞かせよう」
その言葉に応じて、気配が動きます。後ろの二人が、同時に。
……って、この人たち、連携戦の訓練もしていないの? モビレア領軍はおろか、アザリア教国市民兵だって、もう少し連携が取れた動きをしますよ?
彼らの手にあるのは、鉄パイプ。金属バットを手にしている人もいますけど、その人たちはむしろ、武器の重さに振り回されることでしょう。
そして、振り下ろされる鉄パイプの斬線は、弾けて消える〔泡〕が、ボクの目に可視化してくれます。それは当然、予測軌道をミリ単位で示してくれるんです。
だからその斬線から、身体を逸らし、そして。
(2,806文字:2019/08/24初稿 2020/03/31投稿予約 2020/05/31 03:00掲載 2021/02/09誤字修正)
・ 念の為。寮まで電車で帰ったとしても、その通学路上に〝釣り堀〟たり得るポイントはありました。が、同じ列車に乗る寮生がいる可能性もあり、その場合、釣り堀が〝釣り堀〟として機能しない可能性を考慮して、より確実な、徒歩での帰寮を選択しました。
・ 「多数で少数(或いはひとり)を囲む際、その〝数〟を活かす為には。刺突(中略)による飽和攻撃でしょう」。警杖術・刺叉術による捕縛術も、この考え方が基本となります。
・ 時間差挟撃戦を一撃離脱で、前後左右斜めと間断なく続けたのが、彼の『アルバニー戦役』の戦術的側面です。当然、そのデザインは雄二。
・ 金属バットは、バイクに乗りながら振り回すのなら、充分脅威です。恰も騎士が使う、斧槍のように。




