第12話 松村が選んだ男
第02節 帰還、翌日〔5/7〕
◇◆◇ 宏 ◆◇◆
今日の昼休み。いつの間にか松村が姿を消していた為好都合とばかりに、武田の前には何人かの面会希望者がやって来た。内容は全て同じ。「松村と別れろ」。
大体、二十人くらい来たかな? うち、一人で来たのは4人ほど。あとは男女問わず、グループで武田に会いに来ていた。
武田も、一人で来た四人には、随分丁寧に話をしていたけれど、グループで来た連中に対しては「莫迦ばかしい」の一言で切って捨てていた。「誰かに言われて別れるくらいなら、はじめから付き合いません。って言うか、ボクに『別れろ』って言う前に、あなたたちが雫を振り向かせれば良かったんじゃないですか?」、と。完全に喧嘩を売っている。
相手も、「弱みを握って脅迫したに違いない」などと決めてかかり、そこから「武田が盗撮してそれを使って脅したんだ」「そのカメラはどこに隠している? そのスマホか? ちょっと寄越せ」とどんどんヒートアップ。自分たちの想像に酔いしれているのが、傍で見ていてもわかる。
クラスの何人か(中には松村の友人の『紗香』と『涼子』――ともに苗字は憶えてない、というか興味がない――も含む)が腰を浮かし、割って入る気配を見せていたが、オレと飯塚、そして髙月が、目線で、或いは身振りでそれを止めた。
昨日までの武田なら、「そんな奴じゃねぇ!」って周りが弁護してあげた方が良いだろうけれど、今の武田にそんなのは無用。〝大魔導師ユウ〟は、高校生集団如きを相手にして、誰かの助けを求めるような無力な少年では、もうないんだから。
「あなたたちは、雫の何を知っているんですか? 雫が、ボク如きの脅迫に屈するような手弱女だと思いますか?」
「た、たお……や、め?」
「そんな、か弱くない、って言っているんです。それ以前に、ボクが脅迫する為のネタを入手する隙を、見せませんよ」
……だが、松村は、身内の前では結構無防備に振る舞う。隙だらけ。それだけ信頼しているってことだろうけれど、でも。
〝敵は裏切らない〟。
一旦松村が身内認定して懐に入れた相手が、その後裏切るのなら。その裏切り者は、いくらでも脅迫のネタを手に入れる事が出来るだろう。
つまり、武田が松村を裏切るのなら、それこそ何でも出来るってことだ。
だが、「武田が松村を裏切る」? ……駄目だ。味方の裏切りなんか、想定しなければ集団を動かせないってことは、『魔王戦争』で嫌ってほど学んだ。武田と飯塚は、オレたちの最大の味方にしてそもそもの旗印である、セレーネ姫が裏切ることさえ想定していたんだから。けど、武田が松村を裏切る。それだけは、どれだけ頑張っても想定出来ない。それを想定するのなら、人間が糸を吐いて繭を作り、変態して宇宙生活に適合する存在に生まれ変わることの方が、よっぽどイメージし易い。
武田の場合、松村を裏切る、というか敵対するのであれば、最後に筋を通すだろう。本人を前にして、敵対を宣言して、そして無防備な背中を見せて立ち去る。背中から斬られても、それをするのが松村なら構わない。そう態度で示して。そういう情景なら、イメージ出来る。
それはともかく、その後も言い合いをしていたようだが、そのほとんどが捨て台詞を吐いて立ち去った。最後まで残ったのは、どうやら弓道部の後輩らしい、女子のグループだった。
と。
「何をしているんだ?」
「あ、先輩! 朝練いらっしゃらなかったから心配していたんです。そうしたら、こんな男と付き合い始めた、なんて話を聞いて。
先輩、嘘ですよね? こんな男じゃ、先輩と釣り合いません」
「あたしは、自分に釣り合うか釣り合わないかで、雄二を選んだつもりはないぞ? って言うか、お前たちのいう〝釣り合い〟って、見た目のことか?」
「……や、やっぱり美女は美男と付き合うべきです!」
「お前らの趣味を満足させ、お前らを歓ばせる為に彼氏を選ぶ気はないな」
「そんな! 先輩、私たちは先輩のことを思って――」
「そうです! 先輩の隣に立つ男は、最高の男であるべきです。頭脳、才能、そして容姿も。それは先輩の価値を毀損しない為にも、絶対に必要なんです!」
「頭脳も才能も、雄二以上の男を、あたしは知らない。外見だって、雄二以上にあたしの嗜好に合う男はいない。なら、お前たちの基準でも、雄二が最高ということじゃないのか?」
「先輩は騙されてます! ……って、もうすぐ五時間目が始まってしまいますから、先輩の洗脳を解くには時間が足りません。放課後、部室に来てくださったときに、私たちが先輩の洗脳を解いて差し上げます」
「残念だが、つい今さっき、あたしは弓道部を退部した。齋藤部長も、吉川顧問も、それを認めた。だからもう、部室に足を運ぶことはない」
「……先輩!」
「ほら、もう五時間目が始まるぞ。教室に戻れ」
何気に残酷な、松村の言葉。だけどそれは、無駄な期待を抱かせないという意味で、逆に誠実でもある。この辺りは、もしかしたら武田の影響を受けたんだろうか?
◇◆◇ ◆◇◆
そして、放課後。
武田が、少し時間を潰してから、真っ直ぐ寮に戻るのだそうだ。
確かに、嫌な気配を纏っている男子生徒が何人か、この教室(もっと直接的に、武田の周り)に出没しているのは、オレの〔泡〕でも認識出来ている。オレでさえ気付いているのなら、武田が気付いていないはずはないだろうし、髙月に至ってはもうそれが何年何組の誰なのか、ってことまで把握済みと考えるべき。
その上で、武田が居残る。それは、この連中を一網打尽にするつもりだ、という事だ。そしてその策に無理があるのなら、髙月が止めに入っている。
髙月は武田を無視して、放課後の買い物の話に熱中しているということは、敵対勢力の脅威度も警戒するほど高くない、ってことだろう。
「で、おシズさん、服とか下着とかも、ちょっと見ていく?」
「う~ん、雄二を魅了する下着、は是非揃えたいところだけど、今日は悪い。別行動を採る」
「うん、わかったよ。じゃぁまた明日、ね?」
松村の言葉に、深く追求せずに、髙月。
そうだ、オレたちはもう、〝五人〟でなければならない、ということはない。別行動だからって、相手の行動スケジュールを確認する必要は、無いんだから。
「なら、オレと飯塚は、髙月の荷物持ち、か」
「宜しく、なんだよ? 駅前の100円ショップの商品を、買い占めるつもりで買いまくるから」
『倉庫』の、消耗品か。確かに、100円ショップの品物でも、異世界のものよりは品質が良い。高級品が欲しければ、自分用に別途調達すれば良いんだから。
ちなみに。松村は、これから弓道用品店に行くそうだ。別に追求した訳じゃないけれど、隠すことじゃないからと教えてくれた。まぁ確かに、実戦を潜り抜けた弓道用品は、メンテナンスが必要だろうし。
(2,727文字:2019/08/26初稿 2020/03/31投稿予約 2020/05/29 03:00掲載 2022/07/02誤字修正)
【注:「手弱女」は、作中では「か弱い女性」という意味で使用していますが、この語に本来否定的な意味はありません。「益荒男」の対義語が「手弱女」で、どちらかと言うと「繊細な女性」という意味の方が強いです。だから本来の意味で作中の武田雄二くんの発言を解釈すると、「松村雫は繊細さとは縁遠い益荒男だ」ってことになります。……そっちの方が、よっぽど失礼だ(笑)】
・ 「外見だって、雄二以上にあたしの嗜好に合う男はいない」。松村雫さん、ブサメン好き疑惑? いえいえ、「惚れてしまえばアバタもえくぼ」って奴です。もっと言えば、「好きな人の特徴が、自分の好きなタイプになる」と。




