第10話 三年間の成果
第02節 帰還、翌日〔3/7〕
◇◆◇ 雫 ◆◇◆
しかし、他の人たちは小さな弁当箱に工夫を凝らした料理を詰めて昼食を採るのに、あたしらは炊きたてご飯をお櫃ごと、豆腐とお揚げのお味噌汁は鍋ごと『倉庫』に持ち込まれ、刺身はマグロの四種盛りとタイとアジとサバ。赤貝とミル貝、ウニといくらもある。それに山盛りダイコンのつまと大葉とミョウガ。醤油とわさびにしその実と食用菊。そしてガリ。なおマグロ以外は、飯塚家からの差し入れだとか。
さすがにこれは、贅沢過ぎるな。ちなみに美奈は、自身で魚市場に行って色々な魚を揃えたいらしい。「マグロだけだとさすがに飽きる」ってのは、高校生であるあたしたちにとっては贅沢以外の何物でもないけれど。そして生鮮食品でも、時間凍結貯蔵室があるあたしたちにとっては、多めに買っても無駄にはならないし。
「そう言えば、色々と買いたいモノがありますね。
この『倉庫』内で使う消耗品や、文房具なんかもそうですし」
と、雄二が言い出したので。
「生理用品なんかもストックしておくと、色々便利だな。
あ、そう言えば、エリスとソニアの服なんかも、揃えなきゃな」
と、あたしが言ってみると。
「あっ、それなら今日の午前中、小母様、ではなく、お母さまに連れられて、一通り買ってもらえました」
と、ソニアが。その隣では、エリスが自慢げにワンピースの裾をひらめかせてターンして見せた。
「うん、可愛い♡ こっちには、色々な可愛いお洋服がたくさんあるから、より似合う服を探してみると良いんだよ?」
お姉ちゃんぶった美奈が、何故かご満悦。
「だけど、このエリスが飯塚のことを『ぱぱ♥』って呼んだら、犯罪臭半端ねぇな」
「今までなら、髙月さんを妊娠させたのか、ってレベルでしたけど、今のエリスの場合は冗談抜きで『お巡りさん、こっちです』って話になりますからね。
本当の父娘や兄妹で、しかも身分証明書を持っていても信じてもらえないご時世ですから、間違っても外で二人きりにはさせない方がいいですね」
柏木と雄二も、言いたいことを言っている。けれど、実際に飯塚とエリスは、血縁関係はない。しかもエリスは『水無月えりす』を名乗ることになるとなると、戸籍上も関係ないという事になる(『飯塚翔』と『水無月えりす』は戸籍上従兄妹だが、従兄妹関係は結婚可能だからこの場合他人同然だ)。二人で外を歩いたら、一発でOUT、と考えるべきだろう。
「ま、まぁそれはともかく、色々買いたい物があるのは事実だよな」
飯塚、可能な限りこの話題から逃げ出したいようだ。
「女子の服類に関しては、――今急いで用意すべきことじゃないけれど――イライザ女王との約束もあるし。俺も、荷物持ち程度なら付き合えるぞ?」
「あ、ボクは、今日はちょっと」
だけど、雄二は別行動を主張した。
「何か、あるのか?」
「出来れば遭ってほしいです。こういうネタを引っ張るのは、趣味じゃないんで」
「それは、一体?」
「当然、雫に集る、蟲どもの始末ですよ。
これは、雫や柏木くんに頼るべきことじゃないですから」
「……武田。〔クローリン・バブル〕は、ハーグ陸戦条約で禁じ手に指定されているぞ?」
「なんで勘違い高校生程度をあしらうのに、殺戮魔法を使わなきゃならないんですか。
喧嘩は苦手ですけど、多分喧嘩にもならないと思いますよ?」
柏木の問いかけに対して、雄二がちょっと男らしい、けど雄二の正体を知るあたしらにしてみれば何処か恐ろしいその自信に、ちょっと引いた。
「ひとつふたつ、使い易い魔法を編纂しておいた方がいいかも、とは思いますけどね。ボレアスくんを召喚して蹂躙したら、陸上自衛隊に出動命令が下るでしょうから」
……駄目だコイツ。早く何とかしないと(笑)。喧嘩などの荒事から縁遠い、アニメオタクに過ぎなかった雄二が、たった一日ですっかり武闘派に。
「でも正直、雄二と飯塚は、既に剣道初段程度の技量はある。
柏木に至っては、二段程度の技量と思うべきだ。
素人が武器を持って襲ってきても、むしろ手加減を考えるべきだろう。
というか、素人が武器を持てば、逆にその行動が制限される。処し易くなるかもしれないな」
ちなみに。日本武道の段位とは、強さ、実力の位階ではない。修行年限を意味している。
剣道初段は、剣道の基本を身に着けた者。
二段は初段認定者が更に一年以上修行した者。
三段は二段認定者が更に二年以上修行した者。
というのが基準である。とは言っても、ただだらだらと竹刀を振り回して一年・二年経過しても、昇段出来るのか、と問われると、当然そんなことはない。
「一年(二年)真面目に修行していれば、この程度の技量を身に着けているはずだ」という基準が審査され、その結果昇段が認められる、という訳だ。
だから、二段の段位を持つ選手が初段の選手に試合で負ける、という事も良くある話。その一方で、そういった〝強さ〟は、弓道に例えれば「百射百中出来る」という〝強さ〟に他ならず、それ自体は実は評価に値しない。あくまでも、「試合の勝敗」という枠の中での評価に留まる、という訳だ。弓道の場合それを自慢する人は、「お前のやっているのは〝中てっこ弓道〟だ」と嘲笑されることになる。
さて、閑話休題。
うちの男子は三人とも、この三年間あたしの杖道講座に付き合ってくれ、よく練習してくれている。修業時間だけを取り沙汰すれば、実は五年分くらい素振り等をしていることになる。
そして、柏木と飯塚は、その剣(柏木は斧槍、飯塚は二叉長槍だけど)を用いた実戦も潜り抜けている。そう謂った事実から見ると、三人とも、修行年限は充分に基準をクリアしている訳だ(『倉庫』内や異世界での修業が修行時間に認定されれば、だが)。
けれど、雄二と飯塚は、お世辞にも武術に長けた体つき・心の在り方をしているとは言えない。だからその道を志す武道家より、伎倆の習熟に於いて二倍・三倍の時間と修業が必要になると思った方が良い。だとしても、最低限初段クラスの修行年限はクリアしている、と評価出来るという訳だ。
そしてその実力だけをとっても。雄二でも、うちの剣道部のレギュラーといい勝負を出来る程度の伎倆が身に着いていると思われる。飯塚なら県大会でいい成績を上げられるかもしれない。
更に柏木に至っては。もう充分、全国大会レベルだ。昔は「刃筋を立てるのが苦手」なんて言っていたけど、今は身体に染みついた型が自然に太刀筋を最適化し。おまけに実戦を経験している分、「全国大会常連」程度の覇気など、微風程度にも感じないだろうし。
だから、雄二が不良生徒如きと戦うことになったとしても、何も心配はいらないだろう。むしろ、チンピラ崩れの不良の方が、雄二にとってはやり易いのかもしれない。
けれど、それでも。雄二が荒事を、というと心配してしまうのは、〝彼女〟として当然の反応、なのだろうな。
(2,758文字:2019/08/23初稿 2020/03/31投稿予約 2020/05/25 03:00掲載予定)
・ ハーグ陸戦条約(ハーグ陸戦協定、『陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約』、1900)は、非戦闘員・捕虜等の取り扱いや使用を禁止した兵器などが取り決められています。塩素ガスは、ハーグ条約で禁止された代表的な毒ガスとされています。
・ 格闘系マンガで、「空手道百段」なんて自称している主人公がいましたが、日本武道の段位認定の意味を考えると、実は笑止千万。そのキャラの矮小さ・未熟さの証明にしかなりません。
その一方で、その認定基準が客観的に評価出来る一定の技術、ではなく精神論に依拠する為主観的になり、結果高段位者の認定では審査員に賄賂を渡して、とか一定の接待饗応が無ければ、なんていう状況になっているのが現実の世知辛い部分でもありますが。
・ 武田雄二くんであっても、剣道部のレギュラー選手といい勝負が出来る程度の技量がある。そう考えると、「才能」という言葉は、そのレベルでは意味を成さないでしょう。高校生の大会で〝天才〟と称賛された選手が、大学生の大会では予選落ち、なんて珍しくもありません。学生武道で敵なしの選手が、国際強化選手に抜擢されたら全く勝てなかった、なんて話も少なくありません。学生レベルでは〝才能〟なんて論じる次元には無いということです。つまり松村雫さんのレベルになると、「才能の有無」は、「オリンピックで表彰台に登れるか、否か」の差、という次元の話で、それ以前は努力(その質)の問題なのです。ちなみにそこから先のメダルの色に関しては、もう運の世界。




