第06話 餞《はなむけ》の奉射
第01節 文化祭〔6/7〕
◇◆◇ 雄二 ◆◇◆
さて、文化祭二日目です。
けど、ボクらにとっては重要なゲストが、ボクらの学校にやってくるのです。
明日、新しい里親とともにこの町を離れる、高橋早苗ちゃん。
早苗ちゃんにとって、この町であったことは早めに忘れてしまった方がいいのでしょう。でも、だからと言って。
エリスのこととか、その他にも、この町にだって楽しい思い出はあったはず。嬉しいことだってあったはず。それを全部、捨ててほしくはありません。
だから、今日くらい。
思いっきり楽しんでもらうことにしたんです。
ちなみに、守秘義務違反ではありますが。早苗ちゃんが、今回の事件の被害者の一人であることを、生徒会長にだけは伝えてあります。この町を離れる前に、その最後に、嫌な思い出を作ってほしくないから。だから、公私混同ですけれど、格別な配慮を、とお願いしたんです。
エリスと早苗ちゃん、そしてアドリーヌがそれぞれの保護者とともにやってきて。様々な展示や模擬店を見て回ります。
もっとも、足を踏み入れた校庭が、既に髙月さんの城と化しているんですけど(笑)。今日は、織物屋さんは休業で、料理人さんの助っ人として校庭狭しと駆け回り。どの店の料理でも髙月さんの味がするという、不思議な光景が見られました。
ボクらのクラスも、喫茶店を予定していました。けど、女子のウェイトレス服はかなり丈が短く。ちょっとのはずみでパンツが見えるレベルでした。その為、急遽方針変更。衣装提供:『みなミナ工房』、礼法指導:『古式礼法松村流師範代』の、和風喫茶に様変わり。ちなみに柏木くんが紋付袴(三つ紋)で亭主の風格を見せていました。
そして、茶碗(和食器)で紅茶やコーヒーを淹れるという、一風変わった試みは、意外に評判が良かったようです。
ちょっとルートを外れて、屋上へ。
通常屋上は立ち入り禁止ですが、文化祭の期間に限り、解放されます。そこには自動販売機が設置され、ベンチが置かれ、或いはマットが敷かれ。模擬店で買った物を皆でそこで食べたりもしているのです。
ところが、今年は雰囲気が異常。ネコたちが思い思いに日向ぼっこ(というには肌寒く、雲も多いですが)をし、カラスたちがそれに連られてうとうとと。或いは興味を持って手を伸ばした女生徒の掌に自分の頭を擦り付け、その感触にうっとりと目を閉じるカラスまで。そしてそこには、時々大鷹が舞い降りて。
完全に、「動物触れ合いスペース」になっています。
まぁある猫好き女子は、昨夜寝落ちして今朝目を醒ましたら7匹のネコたちが毛布代わりに彼女に被さっていた、などというヘヴンな状況だったそうですし、ネコたちが校舎内を闊歩していても、今更なのかもしれませんが。
早苗ちゃんも、その膝に猫を乗せ、またおっかなびっくりカラスたちに手を伸ばし。すると大鷹が舞い降りてその翼で早苗ちゃんを包むように。その頭を撫でるように、そして彼女を勇気付けるように。
と、ソニアが。
「ねぇ、早苗ちゃん。ちょっと、ボレアスの背中に乗ってみませんか?」
「え?」
「勿論、空を飛んだりはしませんよ。
私もね、早苗ちゃんくらいの頃に、知り合いの鷹匠さんが飼っている鷹の背に乗せてもらったことがありました。数歩、地面を跳ねただけだったはずなのに、空を飛んでいる気分になれたんです」
「……いい、のかな?」
と、ボレアスは早苗ちゃんの前に回って背を向けて、翼を低く広げておんぶを待つ姿勢になりました。
「いい、ってさ」
と、飯塚くんが、早苗ちゃんの背を押します。
恐る恐るその背に跨り、ボレアスがゆっくり起き上がり。
ボレアスの脚は、今は鳥の脚に見えますが、本来は獅子の四肢。その魔力が凝縮しているのですから、その耐荷重量は(骨がスカスカの)鳥の比ではありません。どっちかっていうと、その背骨の方が荷重に負ける危険があるほどです。だから、子供一人背負って地面を跳ねる程度なら、どうということはないのです。
屋上にいる、多くの生徒たちと、カラスと猫たちが見守る中、早苗ちゃんを背に乗せたボレアスは、屋上をゆっくり一周、跳ねながら回りました。
鷹の背に乗って(一瞬だけど)空を駆ける。通常なら、まず体験することが出来ません。だから、この瞬間。文字通りこの瞬間だけは、早苗ちゃんはあらゆることを忘れて、その事実に興奮していたんです。
当然、育ってしまってもう体格的に(「体重的に」と言うと、殺されます)ボレアスの背に跨れない、その他多くの女子高生たちは、そんな早苗ちゃんを見て、羨ましそうにしていました。それもまた、早苗ちゃんのいい思い出。
◇◆◇ ◆◇◆
そして午後になって。弓道部の演武を見学に行きました。
雫は、既に弓道部を退部していますが、今回は(むしろ雫が部長や顧問に対して)無理を言って参加させてもらったのです。
弓道は、自分を見つめる武道。だからこそ、競技することも披露することも、その本質から外れます。
でも、なら、何故。その武を披露する?
それは、見てほしいから。その業を通じて、語りたいことがあるから。伝えたいことがあるから。
だから、雫は。その他多くの誰かの為ではなく、ただ早苗ちゃんの為だけに、今回弓を引くのです。
その弓は、リリセリアの三年間を戦い抜いたカーボンファイバーの弓ではなく。
雫が子供の頃に、裏の竹林から伐り出され、その人生の側に常にあった真竹製の長弓。
その矢は、雫が信頼する矢師さんが手ずから仕立てた真一文字の箆に、大鷹の石打羽根を矢羽根とし。
鏃は、鏑。矢筈は、LED曳光筈。
薄緑の光沢を帯びる弓道着は、『みなミナ工房』で〝蚕の繭から繰り出した〟完全オーダーメイドの逸品。
その弽と胸当ては、リリセリアで仕留めた魔鹿の皮を自分たちで鞣したもの。
演目は、『奉射十連』。
一射に高度な集中と精神力が求められる弓道は、連射のような下法は行いません。戦国時代の名残として、甲矢と乙矢(矢羽根の向きがそれぞれ逆)の二本を持つ形で的場に立ちますが、競技では一射ごとに競技者を変え、インターバルを置きます。
が、奉射十連。精神も伎倆も、最高の水準を維持したままそれを途切れさせないことが求められるのです。
雫が見据えるは、満月の霞的。
放つ矢は、10本。その全てを、早苗ちゃんに捧げる為に。
雲が多く、直射日光の当たらない、少し薄暗い的場で。
完璧な射法八節を見せた雫の手から放たれた矢は、
甲高い鏑の音とLEDの光を曳き。
継矢をするようなみっともない真似はせず、外側に六本、正六角形を。その内側に三本、正三角形を。そして最後の一本は、正鵠を。それぞれ矢羽根が掠らない距離を隔てて、霞的に射立てたのでした。
10本、射終わるまで。誰も声を発せず、物音を立てられず。
弓道を志す人なら、この後30年50年掛けてでも追いつきたいと願うに値するその背中を見せ。
たった一人の女児の、その人生の餞として、その奉射を終えたのでした。
(2,792文字:2019/11/20初稿 2020/10/01投稿予約 2020/11/13 03:00掲載 2020/11/13誤字修正)
【注:「私もね、早苗ちゃんくらいの頃に、知り合いの鷹匠さんが飼っている鷹の背に乗せてもらったことがありました」。ソニアさんの言うこのエピソードは、『転生者は魔法学者!?』第八章第36話(n7789da/360/)にあります。但し、鷹匠さんじゃなく国王さんだし、飼っている鷹じゃなく使い魔の魔鷹でしたが。また「数歩、地面を跳ねただけ」と言っていますが、周りの子らが羨むほど、結構な時間乗っかっていました。ちなみにノトスくんは、ソニアさんだけじゃなく。この二十年間、子供たちと(ソニアのときと同様に)遊んでいます。その全員が有翼騎士を志す、とは限りませんが】
・ 彼らのクラスの出し物、「和風喫茶」の衣装は、絹製ではありません。そして『みなミナ工房』の作品は「オールシルク」が売りですから、『みなミナ』のブランドを冠することは出来ません。
・ 松村雫さんの弓道着。「蚕の繭から繰り出した」というのは間違いありませんが、正確には「〝森〟に自生する、天蚕の魔蟲種」の繭から糸を繰り出しました。天蚕それ自体、最高級のシルク(正しくは「ワイルドシルク」)ですが、色んな意味で比較にならないみたいです。一般販売したら、1,600万円で「安い!」って言われるレベルの作品になりました。ちなみに、糸を取り出した後の天蚕は食用。生食、直火焼き、佃煮など、多くの調理方法があるようです。
ちなみに、「天蚕」は「天蚕」とも言い、「テグス」の語源です。
なお『倉庫』内では、時間加速庫に蚕棚を作り、家蚕の大量生産体制に入っている模様。はい、一般の養蚕農家が一年かける作業を、三十分で終わらせることが出来ます。
・ 矢羽根として使われている「石打羽根」は、尾羽の両端にある羽根で、数も少なく丈夫です。……ただでさえ取引禁止の大鷹の石打羽根で作った矢。一本いくらになるのでしょう?(答:取引禁止だから値段が付きません。厳密には、普通のオオタカの羽根なら出所表示があれば使用も取引も可能)それを10本。弓道部員、ガクブルw ちなみにボレアスは「オオタカ」ですが、そのサイズはオオワシよりも大きな〝変異種〟(笑)です。レッドリスト以前の話で、特定種として登録したいと動物学者から打診されるレベル。つまりその羽根は、売却しようとしたら一発でお縄です。
・ 「的を射る」と「的を得る」。三省堂国語辞典ではどちらも間違いではない、と解説されているそうです。その根拠は、「正鵠(=的)を得る」という表現があるから。けれど、「正鵠」は「的の中心」を意味し、「星」とも言います。「星を得る」(=得点する)は語法として間違いではありません。が、「正鵠」=「的」であっても、「的」≠「正鵠」ですから、「的を得る」という表現は必ずしも正しいとは言えないでしょう。
・ 生徒会長「あのネコとカラスは何~!?」
武田雄二「ネコはうちの仔魔豹らの配下ですね。カラスは〝幸運の鷹〟と呼ばれる大鷹の配下のようです。地上と空から、パトロールをしてくれています。昨日も不法侵入しようとしていたマスコミを、カラスたちが撃退してくれましたし、昨夜は不純異性交遊を始めようとしていた生徒たちの間にネコたちが割って入ってくれたようです」
会長「……うちの学校、どこに向かっているの?」
雄二「ボクも、真剣にそれが疑問です」




