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●Battle.11 認めざるを得ないというもの ↓

 背中をトットに見守られながら、明梨はレバーを握っていた。


 ディスプレイ上を、明梨の操る『魔法少女コック』が踊り回る。対して、対戦相手の八橋は『七星の騎士ライド』。このゲームでは二人存在する主人公の内一人であり、派手さはないが攻守バランスの取れたタイプで、相手キャラクターに合わせて器用に戦えるのがポイントだ。


 流石に、知識が多い。


 明梨は戦いながら、そのように感じていた。地面を滑る明梨の『コック』が、八橋の『ライド』の攻撃が届かない位置で左右に動き、攻めるタイミングを撹乱する。


 だが八橋はまるで動かず、虎視眈々と明梨の隙を探っていた。


「…………こいつは、参ったな」


 小さく呟いて、明梨は苦笑した。


 地上に居れば飛び道具、空中に居れば対空技が飛んで来る。一秒で全てが変わるこのゲームで、見るポイントが非常に的確だ。まともに戦えば、明梨の『コック』は隙が多く、火力も無いキャラクター。普通にプレイするだけでは、その火力差を引っ繰り返すのは無理難題だった。


 明梨の『コック』は、空中に飛び上がった。


「ふおおおおお…………!!」


 トットが興奮した様子で、画面に見入っている。


 明梨の『コック』が空中で一瞬停止し、八橋の『ライド』の攻撃を避ける。その躱された対空技の後隙に、明梨は攻撃を刺し込んだ。


「こうかっ…………!?」


 戦いながら、明梨は八橋の弱点を見出していた。


 撹乱しながらも動き続けた明梨の『コック』は、必殺技を撃つためのゲージがかなり溜まっている。この『SOH』というゲームでは、キャラクターは攻撃を放ち、攻撃をガードする度に『マインドゲージ』と呼ばれる数値が増えて行き、強力な必殺技を放つ事が可能になる。


 八橋は動きに一切の無駄が無い分、その『マインドゲージ』が溜まり難い。そこが唯一のウィークポイントになる。


 画面が暗転し、明梨の『コック』は無事、難しい連携技を最後まで達成した。


 対戦は終了し、明梨の画面上に、『YOU WIN』の文字が浮かぶ。


 明梨はレバーとボタンを離し、ふう、と溜息をついた。


「おおー…………!! 勝ちました!!」


 トットが感動し、興奮のままに拍手していた。


「…………いや、不死川さん、やっぱり強いですね」


 反対側の対戦台から八橋が現れ、明梨に苦笑した。


「何言ってんだよ。殆ど、俺の手の内バレてんじゃん」


「でも勝てない訳ですから。正直、『コック』相手に負ける日が来ると思ってなかったです」


 八橋は残念そうにしているが、とんでもない、と明梨は思った。


 まだ、八橋が『コック』に慣れていないだけだ。格闘ゲームのキャラクターには、人気差がある。『魔法少女コック』のような扱いが難しい上に伸び代の少ないキャラクターというのは、総じて人気が無いものだ。


 人気が無いという事は、使用率が低い、ということ。裏を返せば、相手からしてみれば不明な点が多すぎる、という現象が生まれている。


 格闘ゲームは、性能やセオリーを知っただけでは勝てない。戦い方の癖や見抜かなければならないポイント等は数多くあり、『分かっていても出来ない』という現象も往々にして生まれる。それらは、実際に対戦してみなければ会得できないものだ。


 対して、明梨は八橋が使うキャラクターの事を、よく知っている。これは、大きな差だ。


 ――――もし、『魔法少女コック』の戦い方を、八橋がよく知っていたら。


 このような結果には、ならなかっただろう。


「ムキイィィィィ!! どうして勝てないのよ!!」


 メアリィが八橋に肩車されながらも、八橋の髪の毛を引っ張っていた。


「仕方ないよ、『くろメガネ』よりも『いわし』の方が強かったんだから」


「この私のプレイヤーが、そこのネコウサギのプレイヤーよりも弱い、なんて事はあってはいけないのよ!! オノドゥエルアァァァ!!」


「怖いよ!!」


 メアリィの言葉に、明梨は苦笑した。…………全く、いつも負けず嫌いな娘である。


「すごいなー。私とメアリィさんだったら、間違いなく私が負けてますね」


「当たり前よ!! 比べるのも痴がましいわ!!」


 その気合を、もう少しトットにも分けてやってくれないだろうか。そんな事を、明梨は考えていた。


「そろそろ行くか?」


「そうですね」


 そう言って、明梨は席を立った。今日は珍しくプレイヤーが少ないようで、休日にも関わらずゲームセンターは閑散としていた。遅れて、八橋も帰り支度を始める。


 昼過ぎの秋葉原には、まだまだ人が多い。だが、特に金も無い二人が取れる行動は、そう多くは無かった。


 八橋にしても、まだ高校生だ。無理はさせられないだろう。話を聞けば、まだ八橋は高校二年生らしい。ゲームの世界だから自分よりも若年層が多い事は明梨もよく知っていたが、どうにも複雑な気分になった。


「そういえば、『SOH』もアニメ化するらしいですね」


 ゲームセンターを出ると、八橋がそう言った。伸びをしていた明梨は八橋の言葉に反応して、振り返った。


「ん? …………ああ、そうみたいだな」


 あまり興味は湧かないが、と明梨は言外に付け加えていたが。


「…………まあ、ラジオ化、動画配信、と来れば、次はアニメだろうな」


「ですよね。いち『SOH』プレイヤーとして、胸が高鳴りますね!!」


「…………そうだな」


「あー、僕も自分の考えたゲームを世の中に出してみたいなあ」


 明梨は苦笑して、目を輝かせる八橋を見ていた。


 別に、そういった類のものにまるで興味が無い訳ではない。明梨とて、某大手の専門学校――……御代々々アニメーション学院の生徒なのだ。国内最大級を誇るこの学校には生徒がとても多く、卒業してから現場で活躍する人間も数多いと噂される。


 遅かれ早かれ、いつかゲーマーは、ゲームクリエイトをするのか、プレイヤーとして生きて行くのか、その二択を迫られる時が来る。そうなった時に、明梨もやはり、クリエイトをする方向へと傾いた。


「そういえば最近は、インターネットで小説とかイラストをアップする人も増えてるんですよね。僕もやってみようかな」


「良いんじゃないか? 何でもやってみると良いよ」


 明梨は自分に嘘を吐いて、八橋の背中を押した。


 努力をすれば。一生懸命になれば。いつか、世の中に作品を出せる時が来ると考えている者達がいる。だが実際の所、どのような方法であれ、世の中に作品を開示できる人間というのは、ごく少数なのだ。


 出すことが難しいのではない。認知されるのが難しいのである。


 この世界に『ファンタジー』が無いと分かった時、同時に明梨はその現実を否応無しに理解する事となった。結局、世界を動かすような力を持っている人間というのは、元々の影響力が強いのであって、そう『成れる』訳ではないものだと思った。


 自分は物語の主人公のように剣を振る事も叶わなければ、魔法を使う事もできない。


 それと『全く同じ』ように、世界を唸らせるような作品を作る事もまた、自分には出来ないのだ。


「あ、ほら。あそこでも、『SOH』のイベントやってるみたいですよ」


 だが、自分がそのように判断したからと言って、人にまでそれを押し付けるものではない。明梨は複雑な心境でありながら、未来に想いを馳せる八橋を否定することは無かった。


 代わりに、自分には到達不可能な場所に、苦笑する事しか出来なかったのだった。


 不意に、八橋は立ち止まった。何事かと明梨は思ったが――……どうやら、先程八橋が『SOH』のイベント、と称していたものが気になるようだった。


 自然と明梨の視線も、それに向く。


「それでは、新作『SOH』の内容について――……簡単な説明を、お願い出来ますでしょうか?」


 その姿は、明梨も知っている。




「――――比山ひやまさんだ」




 流れるような長髪。ゲームクリエイターにして『SOH』の生みの親であり、またゲーム内のキャラクターボイスを担当した事がきっかけで、現在は俳優活動もしているという。


 比山才華さいか。昨今衰退に向かっていたゲームセンター事情に一石を投じ、新たなゲームの時代を作った張本人だ。


 八橋は興奮した様子で、インタビューに見入っていた。


「そうですね。新作では、他のゲームでも取り入れられていた一発逆転の手段として、全てのキャラクターに『カウンターディフェンス』というシステムを取り入れる事になっています」


「『カウンターディフェンス』?」


「はい。これは、ボタンを押した出始めの瞬間だけ、相手の攻撃を受け止めることができる、というものです。成功すれば、続けて入力可能なコマンド技からコンボに移行する事が可能になります。ただ、後隙が大きいので空振ると大変ですが」


 明梨も、映像ではなく見るのはこれが初めてだ。特に注視していた訳でも無かったので、分からなかったが――……想像していたよりも、かなり若い。明梨と同年代だろうか。または、少し上か。


「それはまた、ハイリスクハイリターンなシステムですね!!」


「ええ。基本的には、出した方がリターンの合わないシステムです。但し、これを使う事でゲームの流れが代わり、単調な戦い方だけでは相手を封殺できないようにもなります」


 流暢に喋る様は、大人と何ら変わりない。いや、普通の大人よりも大人びて見える要素さえあった。自分に自信があると言うのか、どこか安定していて、落ち着いている。


 カメラの前だと言うのに、大したものだった。


「なるほど、これまでよりも戦略性に富んだゲームになりそうですね。キャラクターの方はどうですか?」


「新たなキャラクターを二名、追加する事になっています。同時に、全てのキャラクターの性能を見直し、従来の使用感はそのままに、よりゲームを楽しめるような調整を施す予定です」


「前作では、『魔法少女コック』などの弱キャラが目立つ、と言われていたと思いますが――……それも変更され、強キャラになる可能性がある、という事でしょうか?」


 その言葉に、比山は少し苦笑して言った。


「そうですね、他の弱キャラについては調整しますが……『コック』に関しては、そのままで行くべきか、と」


「あれ? そうなんですか?」


「『弱キャラ』を愛する人達が一定数居ることもまた、事実ですから。例えば、ある空中で発動する必殺技を地面に向かって撃つと、高速で滑るとか――……発見した人が居るそうで」


 明梨の事だ。


「当然、そこは理解して作ってはいたのですが、戦術に組み込む事までは想定していなかったもので。そういう方のやり込みを無駄にしてしまうのは、良くないと」


「なるほど。伸び代を与える、という事でもありますね」


「そうですね。…………まあ個人的には、そこまでやるなら他のキャラクターを使えば良いのに、とも思いますが……速いキャラクターは沢山居ますからね、何も『コック』でなくても」


 比山はそう言って、苦笑した。インタビュアーと二人、笑い合う。


 明梨はそこまで見て、そのインタビューに背を向けた。


「小野寺、俺は帰るよ。お前は?」


「あ、そうですか? 僕はもう少し、見て行こうかなあ……」


「じゃあ、またな。今日は会えて良かったよ。また、今度」


「はい、またよろしくお願いします!!」


 明梨は八橋に手を振って、別れた。


 もう、インタビューは『コック』の話題からは離れたようだった。明梨は比山の言葉を聞いて、どうにもやるせない気持ちになってしまった。


 自分が『コック』を使うのは、『コック』を使う事に意味を持たせたいからだ。


 だが、冷静に考えれば、『魔法少女コック』を敢えて使って戦う理由など、どこにもない。それは、明梨がトットを引き連れて戦う事と全く同じであり、また、明梨自身への問い掛けでもあった。


 何をやるに当たっても、『不死川明梨』である必要は、どこにもない。


「明梨さん…………? 大丈夫ですか…………?」


 トットがそう言うが、明梨はトットに笑みを向けて、誤魔化す事しかできなかった。


 それを言ってしまったら、終わりではないか。明梨は、そう思っていた。敢えてこのキャラクターで無くても良いのなら。合理的に考えるなら、自分はどこにも居なくなってしまう。


 そんなにも、悲しい事は――――…………。


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