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●Battle.XX 星のカンナギィ〜格ゲー王への道〜

 その日、神凪爽子は相棒のクリーチャーであるハヤテと、ゲームセンターまで来ていた。


 高田馬場は相変わらず所狭しと建物が並んでおり、歩き難い。だが、神凪爽子を始めとする格闘ゲーマーには、高田馬場に来る理由があった。


 ハヤテは近くの建物を物色すると、ふむ、と下顎を指で撫でた。


「爽子よ。……ここが、噂の『ミカド』か」


 ゲームセンター・ミカド。


 高田馬場ミカドとも呼ばれるこの場所には、一般の場所では早々見られる事の無い、凄腕の格闘ゲーマーが集まっている。爽子は多少誇らしげな顔をして、胸を張ってハヤテに答えた。


「そうよ。――――私の『ホーム』よ」


 格闘ゲーマーは、自身が最もよく訪れるゲームセンターの事を『ホームゲーセン』と呼び、親しむ慣習がある。強豪の揃っているゲームセンターで『ホーム』を名乗るという事は、そのゲームセンターの強豪と互角近くに張り合う事が出来るという意味であり、ネームバリューにもなる。


 だからだろう、爽子は鼻を鳴らして、殊更に得意気だった。


「うむ? ……『ホーム』は新宿ではなかったのか?」


 そこにハヤテは、冷静沈着なツッコミを入れていた。


「い、良いじゃない別に!! ……ほら、入るわよ!!」


 実際、爽子は高田馬場にあまり良い思い出がない。


 互いに強くなろうという意思のあるプレイヤーは、相互に鍛えられていく傾向にある。そういった上昇志向の強いプレイヤーが集まって戦う事で、ゲームセンターには大抵、店舗毎のレベルが存在している。


 新宿のゲームセンターでは猛威を振るっていた爽子だが、この高田馬場では道端の案山子と大して変わりない程度のレベルだ。弱くはないが、強くはないのである。


 当然優勝するつもりで大会に出場して、見事に一回戦敗退した時の悔しさと言ったら。


 ……だが、爽子はハヤテを連れて行くに当たり、高田馬場ミカドを選択した。


 理由は明確だ。


 強がりたかったのである。


「今日はハヤテに、本物の格闘ゲームを教えるわ」


「うむ。新参者ですまないが、宜しく頼むぞ。爽子よ」


 既に、格闘ゲームの台には人が集まっていた。ゲームセンター自体が殺風景になりつつある今日この頃、珍しい光景だ。


 その内の一つを爽子はハヤテに見せ、ハヤテを対戦台に座らせた。当然、向かいに人は居ない。


「これが、私の一番得意な格ゲー。『SOH』よ」


「SOH?」


「シナプス・オブ・ヘミスフィア。『半球のシナプス』って意味よ。ちょっと格好良いでしょ」


 爽子が説明すると、ハヤテは首を傾げた。


「シナプスと云うのは、神経細胞間や筋繊維、神経細胞と他種細胞間に形成される、シグナル伝達などの神経活動に関わる接合部位とその構造の事だ。よく意味が理解できないのだが」


「知らないわよ!! 何でそんな所ばっか詳しいのっていうか別にそこ本題じゃないから!! これは『SOH』っていう格ゲー!! それでいいでしょ!?」


「お、おお…………」


 顔を真赤にして怒鳴る爽子に、ハヤテは多少引き気味に答えた。


「ほら、コイン入れるわよ。ゲームについて説明するから」


「そうだな、頼む」


 爽子は咳払いをして、ハヤテに格闘ゲームの台を示した。背もたれのない正方形の椅子に座ると、丁度自分の左手に当たる位置に、先端に球の付いたレバー。右手に当たる位置には、円形の六つのボタンがある。


 円形のボタンは三列二行に配置されていて、その内の幾つかはゲーム内で使用されない為か、蓋がされていた。


「まず、レバーはキャラクターを動かすためのヤツね。ボタンは攻撃するためのヤツ」


「なるほど」


 ゲームをスタートさせ、爽子は自らの最も得意なキャラクター『忍者三蔵』を選んだ。トレーニングモードを選択すると、ゲーム本編が遊べない代わりに一定時間の練習が可能になる。


「ほら、レバー動かしてみて」


「把握した」


 ハヤテはレバーの先端に付いている球を真上に引っ張った。ミシ、という嫌な音がして、慌てて爽子がそれを止める。


「ちょっ!! ちょっとちょっと!! ストップ!!」


「な、なんだ!? どうした!?」


「バカじゃないのあんた!! 何で引っ張るの!? 頭悪いの!?」


「いや、ジャンプさせようかと思ってだな……」


「その場合は上に倒すの!! レバーはどこかに向かって倒して使うの!! 力入れないでよ!?」


「わ、分かった。分かった」


 ハヤテがレバーを倒すと、内部で小さなスイッチが押される音がして、『忍者三蔵』が歩く。ハヤテはそれを見て、小さな感動を得ていた。


「動いたぞ!! そうか、こういう事なんだな!?」


「そうよ。全く、世話の焼ける…………」


「これで完璧だな」


「いや、全然完璧じゃないから。まだ攻撃できないでしょ、それじゃ」


 ハヤテは少し驚いたような顔をしていた。爽子はその様子を、沈黙して眺めていた。


 その場に静寂が訪れた。


「…………で、ボタンがあってね。左から、弱、中、強攻撃ね。これを使い分けて戦うの」


 爽子の説明を聞くと、ハヤテは少し訝しげな顔をして、画面に映るキャラクターを見詰めた。


「弱攻撃、だと? ……なんと、趣味の悪い……何故始めから全力で挑まない。俺の流儀に反する」


「ジャプとかあるでしょ!? ジャプとストレートみたいな!! そんなやつよ!!」


「ならば、弱攻撃ではなく『牽制』と名付けるべきではないのか。わざわざ弱い攻撃を打って来るとは、と相手も苛々するだろう」


「うるさい黙れ!! 良いからこれは弱攻撃!! 押せ!!」


「な、何故怒っているのだ?」


「そら怒るわ!!」


 言われた通り、ハヤテは渋々ボタンを押下した。画面の向こう側では、忍者三蔵が素早く拳を振るっている。


 ハヤテはふむ、と頷いて、しかし機嫌が悪そうに言った。


「名前の通り、弱々しい攻撃だな。全く、癪に障る」


「そういうもんなのよ。……で、レバーとボタンを組み合わせると必殺技が撃てるわ。例えば……波動拳コマンドと、パンチを押してみて」


「波動拳?」


「あー、えっと……236コマンドとパンチ」


「何だそれは暗号か?」


「下、斜め右下、右、パンチを押せ」


「今度はどうして怒っているんだ?」




 ハヤテの格ゲー王への道は、途方もなく長いようである。


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