丁度いいバランスになったじゃねーか
「来たぞシュヤク!」
「おう、任せろ!」
盾を構えるアリサの言葉に、俺は背中に背負ったアホみたいにでかい金属製の金槌……バトルハンマーと呼ばれる武器を下ろす。その瞬間「装備している」という判定が消えるからかずっしりと手に重みがかかり、振り回すどころか持ち上げることすら困難なのだが……
「行くぜ石ころ野郎! えいっ!」
脳内コントローラーのボタンをポチッと押せば、俺の体は勝手に動いて攻撃を始める。下手すりゃ俺の体重と同じくらい重いであろうそれは綺麗な弧を描き、ハンマーの片側の尖った部分がレッサーストーンゴーレムの体に突き刺さった。
ベキッ!
「ゴゴゴゴゴ……ッ!」
うーん、いい手応え。だが一撃では決められなかった。怒ったゴーレムがその腕を振り回すも……フフフ、甘いな。何故なら俺のターンはまだ終わってないからだ!
「やあっ! たぁっ!」
バキッ! ガコン! ガラガラガラ……
「ゴォォォォ……」
通常攻撃三連コンボをくらい、ゴーレムは見事ただの石塊に成り果てた。その残骸が煙になって消えるのを見届けると、俺は改めてハンマーを背中に背負い直し、仲間達に向き直った。
「イエーイ、やったぜ!」
「見事だシュヤク」
「やったじゃない!」
近くにいたアリサとリナにハイタッチをすると、少し遅れてクロエとロネットもやってくる。
「そんな重いの、よく振り回せるニャー。クロじゃ持ち上げることもできないニャ」
「ちょっと高かったですけど、買って大正解でしたね」
「へへへ、まあな」
俺がこんな武器を調達できた理由……それは「ダンジョン内から学園内に直接移動できるショートカット」の存在を思い出したからだ。確認しに戻ってみたら、ちゃんと入り口付近に青白い光の渦ができており、それを通れば一瞬で王都に戻れたのである。
となれば後は簡単だ。ミモザの店に行って事情を話し、お勧めされたのがこのバトルハンマーというわけだな。
もっとも、一三〇センチくらいある金属の塊であるバトルハンマーは、見た目そのままにとんでもない重さだった。とてもこんなの持ち歩けないと思ったんだが、ふと「装備する」ことを意識したところ、スイッと体が自然に動いて武器を背中に背負ってしまい、同時に重さが気にならなくなったのだ。
いや、まさか自分にこんな能力があったとは……これなら重さの関係で絶対無理だと思ってたフルプレートアーマーとかも装備できるかも知れん。装備重量の概念を導入しなかったことに感謝だな。
「いやはや、本当に凄いですねぇ」
と、俺が仲間達と言葉を交わしていると、今度はヘンダーソンさんが声をかけてくる。ゴーレムが余裕で倒せることがわかり、安全を確保できそうだったので、一緒についてきてもらうことにしたのだ。
「どうやら私は、相当に皆さんのことを見くびっていたようですね。まさか王都の学生さんがこれほど強いとは! びっくりしちゃいましたよ」
「ありがとうございます。まあでも、ここまで有利なのは武器の相性がいいからですから」
「ガズさん……ですか? ダンジョン内にフラリと現れて武器を売ってくれるとは。不思議な方がいるものですねぇ」
「デスヨネー!」
ヘンダーソンさんの言葉を、俺は張り付いたような笑顔を浮かべて誤魔化す。流石にショートカットポータルのことは言えねーからな。あのタイミングで会わなかったなら二人が会うことはないんだろうが……ま、問題になったらそれはそのとき考えよう。未来の俺、頼んだぜ!
「さて、それじゃどんどん先に行きましょうか。クロエー?」
「罠は外しといたニャ! でも全部じゃないから、おっちゃんは念のために通路の真ん中辺を歩くニャ」
「わかりました。お手数掛けますが、宜しくお願いします」
ヘンダーソンさんがそう言ってペコリと頭を下げ、その後は再び移動を開始していく。どうやらこのダンジョンには本気でレッサーストーンゴーレムしか出ないらしく、どいつもこいつも通常攻撃三発で沈んでくれるので、逆に楽勝だ。
「最初の苦戦が嘘のようだな。武器一つでここまで変わるのか」
「ま、明らかに特攻武器ってのもあるけどな。それに流石にあのツルハシほどじゃねーし」
「あれは凄かったニャー。もう一回くらい使ってみたいニャー」
「そうだな。だが今思えば、あれは少々過剰だったのではと感じる。あんなものに慣れてしまったら、普通に戦えなくなりそうだ」
「確かに……」
多分イベント武器だからだろうけど、あそこまで過剰な火力に慣れてしまったら、普通の戦闘はかなり違和感を感じるようになっていたことだろう。何ならゲームジャンルが無双系に変わるくらいの威力だったからなぁ。
そう考えればお試し一回で終わったのは、むしろよかったかも知れん。過ぎたるは猶及ばざるが如し。俺には……俺達にはこのバトルハンマーくらいが丁度いいってことだろう。
「ねえヘンダーソンさん。ヘンダーソンさんって、ここで遺跡の調査をしたいのよね?」
「ええ、そうですよ。それがどうかしましたか?」
「どうっていうか、ダンジョン化しちゃったら元の遺跡って消えちゃうんじゃない? それなのに調査ってできるの?」
「お、それは俺もちょっと興味あるな」
アリサやクロエとの会話に区切りがついたところで、背後のリナとヘンダーソンさんの会話が耳に入った。内容が気になったので数歩足を止めて隣に並ぶと、ヘンダーソンさんが答えてくれる。
「確かにダンジョン化した時点で、元の遺跡はなくなってしまいます。ですがダンジョンに飲み込まれた際、その場所の特徴をダンジョンが記憶し、ある程度再現することがあるんですよ。ここなんかはまさにそれですね」
「へー、特徴。確かにこの壁とか、ちょっと特徴的だよな」
視線を横に向ければ、そこにあるのは苔生した石壁。だが意識してみると、壁の所々に模様のようなものがあることに気づける。メインダンジョンの壁とかは本当にただの石を積み上げたやつだから、それなりの違いだ。
まあゲーム的には壁のテクスチャが一種類だと流石にショボいから、幾つかパターンがあるだけなんだろうが、そこは現実化の影響が出てる、のか? 詳細はわかんねーけど、野暮は言うまい。
「そうなんですよ! これ、古代ロデリア文明の特徴的な模様なんです! ロデリア文明は高度に発展していた形跡がありながら遺跡の数がとても少なく、また発見される遺跡は大抵が大きく破損しているため、このように完全な形で模様が残ってることなんてないんです! それがまさかここまで綺麗に再現されているとは……これだけでもここに来た甲斐があったというものですよ。
まあダンジョン化による補正もあると思うので、これが元の模様そのままだと鵜呑みにするわけにはいきませんが、それでも貴重な資料には違いありません。例えばほら、そこにある模様は鳥をイメージしているものなんですが……」
まるで子供のように目をキラキラさせながら、ヘンダーソンさんが色々と説明してくれた。知り合いのライターが書いたゲームの世界の歴史、そこにすら記載されていない古代文明の話はなかなか面白かったし、ダンジョン雑学的なものも混じっていて、割と興味深く話に聞き入ってしまう。
「――というわけで、ダンジョン化に際して元の場所の影響力が多大に残っている場合、その文明の遺物すら再現されることがあるんです! どういう仕組みかは全くわからないんですが、実際三〇〇年程前に稀代の天才魔導具師と呼ばれた作者の新作、あるいは未発表作としか思えない魔導具が発見されたことがあって……」
「盛り上がっているところすまないが、新しいお客さんだぞ」
「了解。すみませんヘンダーソンさん、お話の途中ですけど、ちょっと行ってきます」
「いえいえ、こちらこそ無駄に長話をしてしまって……後は大人しく周囲の観察をさせていただきますから、どうぞダンジョン攻略に集中してください」
恐縮するヘンダーソンさんにお願いされつつ、俺は再び早歩きで前列に合流する。すると程なくして通路の奥から、クロエに引き連れられたレッサーストーンゴーレムが姿を現した。
「通路を塞いでたから、引っ張ってきたニャ! この辺なら罠も解除済みだから、自由に動いて平気ニャ!」
「わかった。シュヤク、頼むぞ?」
「任せとけ!」
背中の「装備」をゴトリと下ろし、バトルハンマーを持つ手に力を入れる。さ、話の続きを聞くためにも、まずは仕事を終わらせますかね。





