証拠がないのに疑い続けるのは難しい
今回も前半は三人称です。ご注意ください。
次の日もその次の日も、ロネットはモブロー達と一緒にダンジョンに潜った。使い放題の攻撃アイテムの爽快感がロネットの心を沸かし、いつも帰り際にくれるクッキーがロネットの心を溶かす。
そんな夢のように楽しい時に浸り続けるロネットだったが……四日目。ロネットの胸には小さな罪悪感が芽生えていた。
「それじゃ、今日も元気にダンジョンアタックッス!」
「おー」
「頑張ります……」
いつもなら元気いっぱいに返事をするロネットだったが、今日は声が沈んでる。その原因は勿論、自分が疑うような行為をずっと続けていることだ。
(モブローさんは毎日こんなによくしてくれているのに、私は彼を疑い続けていていいんでしょうか? というか、そもそも疑う意味などあるのでしょうか?)
ここに来て、ロネットの疑惑の方向が変わった。心に浮かぶ信頼と疑念の矢印がクルリと回り、今まで当たり前だったものに疑問を抱くようになる。
(シュヤクさんやモブリナさんは確かに色々な事を知っているようですけど、それでも人間なのですから、間違えたり勘違いすることだってあって当然です。
つまりあの二人は、モブローさんのことを誤解していたのでは? なら私が真にやるべきことはモブローさんを疑うことではなく、モブローさんの良さを伝えることなんじゃないでしょうか?)
これぞまさに、ゲームの力。理由があって好きになるという当然の流れを逆転し、好きになるという結果から好きな理由を捻り出す思考の改変。
だが、それにロネットは気づけない。「自分が考えて出した答え」であるが故に、押しつけられた、歪められたという思考が生まれない。「何故そんな考え方に至ったのか」という前提の思考をねじ伏せられてしまえば、たとえ偉大な賢者であろうと真実に辿り着くことはできないのだ。
(よし! なら私がモブローさんの力で大活躍してみせることで、シュヤクさん達にもモブローさんを認めてもらいましょう! 少し寂しくはありますけど、次はこの役をクロエさんやアリサさんにお譲りするのもアリですね。あのお二人なら、きっとすぐにモブローさんの良さに気づけるでしょうし)
「ロネット? さっきからずっと黙ってるッスけど、どうしたんスか?」
「あ、いえ、何でもありません! さあモブローさん、今日もガンガン魔物を倒して、ダンジョンを探索していきましょう!」
「おおー、ロネットがやる気。これは私も頑張らないと」
「たった三つでデレるとか、流石最上位のプレゼントッス! ならそろそろ、ロネットにも自分の次の魅力を教えるべきッスかね?」
調子に乗ったモブローの手が、そっとロネットの尻に伸びる。だがロネットはそれをピシャリと叩き、ニッコリとモブローに微笑みかけた。
「あら、モブローさん。そういうおイタはいけませんよ?」
「はうっ!? やっぱり原作が一般向けだから、一線は越えられないようになってるんスかね? まあでも、時間はまだまだたっぷりあるッス! 絶対諦めないッスよ!」
「……モブロー、本当に馬鹿。時と場所を選ぶなら、ちゃんと考えるのに……」
「え? オーレリア、何か言ったッスか?」
「何も言ってない」
「え? 今の聞こえなかったんですか?」
「? 何がッスか?」
「……………………」
「いえ、どうやら私の気のせいだったようです。ごめんなさい……」
自分には割とはっきり聞こえたオーレリアの呟きを、モブローが何故か聞き逃す。それを不思議に思うロネットだったが、オーレリアにジッと見つめられては余計な事は口にできない。
それもまた、ゲームの力。設定通りに世界を動かそうとする力は、設定から逸脱しようとする流れを引き戻す力でもある。それはモブローにはどうすることもできない、この世界の基本設定の一つであった。
「ふぅ……ほら、モブロー。魔物が来てる」
「おっと、そうみたいッスね。それじゃロネット……」
「はい!」
差し出された攻撃アイテムを心からの笑顔で受け取り、ロネットが放り投げる。こうしていられるのもあとたった二日。心残りのないようにと、ロネットはより一層気合いを入れて戦い続け……そうして迎えた、約束の日。
「それじゃシュヤクさん、約束通りロネットは返すッス」
「おう。それじゃこっちもセルフィを返すよ。今日までありがとうな、セルフィ」
「こちらこそ、皆さんとのダンジョン探索はとても実のあるものでしたわ」
礼を言う俺に、セルフィが丁寧な一礼をしてからそう答える。この五日一緒に過ごした結果としてわかったのは、セルフィが「普通の人」であることだった。
普通に会話も成り立つし、回復、あるいは補助系の魔法による援護も素晴らしい。リナがあえて……あるいは本心から……モブローの下心丸出しな部分を指摘したりしても、ちょっと困ったような顔をするだけで盲目的に怒ったりはしないくらいには慈愛に満ちた人物だ。
それに加えて二人の出会いの話を聞き、最大のつっこみどころであろう三万エターの喜捨の話なんかもしたんだが、「金額の問題ではなく、そこに込められた気持ちに感銘を受けたのです」とうっとりした顔で言われてしまえば、それ以上追求などできるはずもない。
そう、金額に矛盾点があるだけで、教会に喜捨してくれた人の善意にほだされるという流れそのものは、不自然とまでは言えないのだ。俺達は別にセルフィやモブローと敵対してるわけじゃねーから、しつこく食い下がるなんてできねーしな。
ということで結局セルフィに関しては「多少の影響はあるものの、洗脳じみた方法で精神を操られている感じではない」という、少し話せばわかる程度のことしか判明しなかった。
ま、その結果自体は悪いものではないんだし、まあそれならそれで、あとはロネットに問題がなければ、今後も必要に応じてパーティメンバーの交換や一時雇用ができるような関係になっていければいいんだろうが……
「ふふ、ここで会うのはお久しぶりですね」
「ロネット、おかえりニャー!」
「立派に勤めを果たして、よくぞ戻った!」
セルフィと入れ替わるようにこちらにやってきたロネットに、クロエとアリサが早速声をかける。最後まで名残惜しそうにセルフィを見ていたリナも、一歩後れてロネットの方に寄っていった。
「おかえりロネット! 大丈夫だった? 何もされてない?」
「あはは、モブリナさんは寮に帰ったあと、毎日お話してたじゃないですか。勿論私は私ですよ。他の何かに変えられたりしてません」
「むぅ、確かに……変なところとか触られなかった?」
「平気ですよ。その時はちゃんと手を叩いてあげましたから」
「つまり触ろうとしてたってことね!? 許すまじモブロー! あの世でアタシに詫び続けろっ!!!」
「ロネット本人ならともかく、何でお前に詫びるんだよ……」
怒髪天を突く勢いで叫ぶリナに、俺はいつもの流れで呆れ声を浴びせておく。リナは大体こうなので放置しておくとして。
「無事でよかったぜ、ロネット。結果大丈夫だったみてーだけど、辛い思いさせて悪かったな」
「気にしないでください、シュヤクさん。本当に何もなかった……いえ、むしろ色々といい経験を積ませてもらいましたから」
「そうなのか? どんなことしたんだ?」
「モブローさんがどこからともなく攻撃アイテムを取り出して、私に使わせてくれたんです。モブローさん、凄く沢山そういうのを持ってるんですよ!
あ、あとモブローさん、魔物の攻撃を受けてもかすり傷一つ負わないんですよ! まあ『HPが削れたッス!』と言われて私のポーションを使いましたけど……あれはどういう意味があったんですかね?」
「お、おぅ……どうなんだろうな?」
小首を傾げるロネットに、俺はやはりモブローの力がロネットに及んでいることを確信する。異空間に大量の物資を保管して持ち運べるインベントリは、ロネットのみならず商人なら喉から手が出るほど欲しい能力だろうし、一定量の攻撃を完全無効化するHPシステムなんて、戦いを生業とする者なら夢のような力だ。
だがそのどちらに対しても、ロネットには深く追求する様子がない。それは明らかな思考誘導だが、俺達が学園や町中でサブクエストを受けられるのもおおよそ同じ誤魔化しによって成り立っているはずなので、そこを責めるのは我が身に返ってきそうだからなぁ。
「それでですね。一緒に戦っていてわかったのは、オーレリアさんもそうですけど、何よりモブローさんが凄いということです! あの力を活用できれば、私達はもっともっとダンジョンの奥深くに潜ることができると思うんですよ!
なので私としては、アリサさんやクロエさんも、一度はモブローさんと一緒に戦ってみるのがいいかと思うんです」
「へ? いや、それは流石に時期尚早じゃねーか?」
「でも、何もしなければ何もわからないでしょう? 私の時と同じように、シュヤクさんやモブリナさんがお二人の様子を細かく見れば、おかしな事は起こらないとわかるでしょうし……それに……」
「それに?」
「まだ誰も辿り着いていない場所に、私達が一番乗りするんです! そうしたらそこの魔物から得られるドロップアイテムや宝箱の中身で、どれだけの利益が出るか……今から楽しみで仕方ありません!」
「……はは、そっか」
まるで最高の悪戯を思いついた子供のように瞳を輝かせる様子は、確かに俺の知るロネットそのものだった。
うーん、これなら平気か? あとでリナと相談するとしても、パーティメンバーの交換による戦力拡充は、前向きに検討してもいいかもな。





