自分が自分である証明なんて、確かに誰にもできねーや
「またお前ッスか!? 何なんスか一体!?」
「何なんスかじゃないわよ! そっちこそ何なのよ!? ハーレム? とっかえひっかえ!? アンタオーレリアちゃんはセルフィママのこと、何だと思ってんのよ!?」
モブローを睨み付け、リナが怒鳴った。だがモブローは驚きはしたものの一切ダメージは負っていない様子で……おそらくはHPの影響だろう……そのままリナに言い返す。
「何って、このゲームのヒロインキャラッス。自分とラブラブチュッチュするための存在ッス!」
「はぁ!? 無理矢理女の子に惚れさせといて、何がラブラブチュッチュよ!? 恥ずかしいと思わないの!?」
「えぇ……?」
更に息巻くリナに、しかし今度はモブローが困惑の表情を浮かべた。軽く首を傾げ、俺の方を見て、奥でアリサ達と話すオーレリアやセルフィの方を見て……そして最後にリナの方に向き直る。
「自分達の関係の何処が『無理矢理』なんスか? 普通にフラグを立てて、あとは仲良くやってるッスけど?」
「それは……っ!? それは、アンタがそういう能力を持ってるからで……」
「? 能力って言われてもピンとこないッスけど、攻略情報を生かしてヒロインをゲットしてるのは、そっちのシュヤクさんも同じなんじゃないスか? でも楓さん……いや、モブリナさんはシュヤクさんと仲いいんスよね?」
「シュヤクはアンタとは違うわよ! そりゃ出会いのきっかけとかはゲームのシナリオに沿ってるんだろうけど、でもそのあとちゃんとアリサ様やロネットたんやクロちゃんと接して、いい関係を築いてるんだから!」
「なら自分だってそうッス! 確かに今は会ったばっかりッスけど、これからじっくり関係を深めていくッス! そしてゆくゆくは二人に星ビキニと貝殻ビキニを着せるッス!」
「そこは旧スクと白スクだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「え、今日イチの怒りポイントそこなの!?」
ダンジョン中に響き渡るような大声をあげたリナに、俺は色んな意味でビックリして声を出してしまう。だがリナの猛りはまだまだ止まらないらしい。
「肌の露出が多けりゃエロいと思ってるのがガキだって言ってんのよ! 白と黒のローブの下から現れる、旧スクと白スク! 発展途上のボディラインを愛でながらオーレリアちゃんに冷たい視線を投げかけられるも良し、恥ずかしがるセルフィママに優しく怒られるも良し! これ以上のご褒美があるとでも思ってんのか、このニワカがぁ!」
「そっちこそわかってないッス! オーレリアのつるぺたボディと可愛いおヘソを堪能するには星ビキニが最適ッス! それにスク水じゃせっかくのセルフィの巨乳、その下乳部分の丸みがよくわからないッス! 水着に乳袋はないんスよ!?」
「それがいいんじゃないの! あんなの全裸と変わらないわ! 見えないことで生じるエロ可愛さこそ至高なのよ!」
「自分は直接的にエロい方がいいッス! チラよりモロ! トラブルよりダークネス! パンツじゃないから恥ずかしくないんス!」
「「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ……」」
(えぇ、何これ……?)
さっきまでとは全く違う方向性でにらみ合う二人に、俺はどうしていいのかわからない。困り果ててふと後ろを振り返ると、ちょうどそっちから皆がこっちに近づいてくるのが見えた。
「貴様達は、一体何をやっているんだ……?」
「知らないフリして置いて帰ろうかと、二秒くらい迷ったニャ」
「個性や性癖を否定するつもりはないですけど、それはこの場で言い争うようなことではないかと……」
「いやいやいや、俺とこいつらを一緒にするなよ!? 俺は違うって!」
「何よ! アタシだってこんな変態とは違うわよ!」
呆れた声をかけてくるアリサ達に、俺とリナは必死に言い訳する。くそっ、何で俺まで変態扱いされてんだよ!?
「もう、モブロー様ったら! 男の子ですから少しくらいえっちなのは仕方ないですけど、あんまり公にしてはメッ! ですよ?」
「うひょー! セルフィの『メッ!』をもらっちゃったッス!」
「モブロー、変態すぎ」
「オーレリアの冷たい視線まで!? これはもう五〇〇〇円くらいまでなら課金したいッス!」
そんな俺の側では、モブローもまた連れに色々言われ、気持ち悪い感じに体をくねらせている。その様子から見るに、モブローとオーレリア、セルフィの関係性は……悪いものには見えない。
「……なあ、リナ? あいつらは――」
「二人共、騙されてるのよ!」
と、そこでリナがオーレリアとセルフィに向かって言い放つ。その余りに必死な様子に皆が黙って一歩引くと、その隙間を埋めるように、リナが更に激しく言い立てた。
「モブローには、二人の意識を操ったり、常識を上書きする力があるの! だからオーレリアちゃんもセルフィママも、そいつに都合のいいように意識を変えられてるの!」
「…………だから何?」
「えっ!?」
答えたのはオーレリア。その意外な発言に、リナが驚きの声をあげる。
「確かに洗脳や従属の魔法はある。自分がそういうものの影響を受けていないなんて、誰にも証明できない」
「ちょっ!? オーレリア、自分はそんなこと――」
「モブロー、少し黙ってて。貴方……モブリナだっけ?」
「そ、そうよ」
心外そうな顔をするモブローを制し、オーレリアがリナに向かって語り続ける。
「今言った通り、自分の正気なんて誰にも証明できない。そもそも術が解けて正気に戻るのと別の意識を上書きされるのの違いは何?
一切の違和感を感じられないほどの精神操作を受けているなら、それはもう自分の意識と同じ。何も問題ない」
「そんなの……っ!? でも、だって……っ」
「あの、モブリナさん? 確かにモブロー様には少し変わったところがあるというか、困った部分が多いのは事実ですけど……でも私もオーレリアさんも、決して無理矢理モブロー様と一緒にいるわけではないんですよ?
心配していただけるのは嬉しいですけど、自分の大切な仲間をそのように言われるのは、私自身の気持ちを否定されるようで、ちょっと悲しいです」
「ち、ちがっ!? アタシはそんなつもりは…………ただ、二人に…………本当に、幸せになって欲しくて…………」
「余計なお世話。私は今、助けてもらうような不幸じゃない」
「私もです。モブロー様に出会ってからまだ間もないですけれど、教会を飛び出してからの日々はとても刺激的で、毎日楽しいんです」
「……………………」
あるいは冷たく、あるいは笑顔で。ヒロイン二人に告げられた言葉に、リナが俯いてガックリと肩を落とす。するとそんなリナを見て、モブローが小さくため息を吐いてから言葉を投げた。
「あー、やっとわかったッス。あんた、要するに羨ましいんスね?」
「……羨ましい? アタシが?」
「そうッス! 自分やシュヤクさんと違って、モブリナさんは自分だけのヒロインを手に入れられなかったから、それを羨ましがって妬んでるだけッス! そういうのよくないッスよ?」
「っ!? ……………………」
その言葉に、リナがギュッと拳を握りしめる。今にも殴りかかりそうでハラハラしたが、ほんの数秒でブルブル震える拳から力が抜けた。
「確かにMMOとかだったら、ヒロインキャラはプレイヤーごとにいるッスもんねー。でもここじゃ早い者勝ちみたいッスし、自分の二人は諦めて欲しいッス!
それじゃシュヤクさん、ヒロインキャラの交換に関しては、また後で連絡して欲しいッス!」
「いや、パーティメンバーの……まあいいや。わかった、じゃあ後で」
「それじゃ自分達は行くッス!」
「……さよなら」
「失礼致します」
モブローがシュタッと手を上げ、オーレリアがぼそりと呟き、セルフィが丁寧に一礼して一行がその場を去っていく。俺は微妙な空気のなか、その背を黙って見送ることしかできなかった。





