アイツ一体何者だったんだろうな?
「へいへい、シュヤクくーん! 元気してるぅ?」
「……まあ、それなりにな」
時はわずかに流れ、六月。いつもより少し早めに学園の中庭に呼び出された俺は、呼び出した張本人であるリナにウザ絡みされていた。
「何よ、いつにも増してしょぼくれてるわねー」
「うっせーよ! 大体お前のせいじゃねーか! 寮の食事が無料じゃなかったら、今頃その辺の草でも食ってるところだぞ」
あの日、俺が迂闊な事を口走ってしまったせいで、俺の懐は極寒を超えて氷河期にまで達していた。一瞬の油断が命取り……その言葉を魂で実感させられた悲劇である。
「アンタが変な見栄張るからでしょ? それに今日からまたメインダンジョンに入るようになるんだし、そうしたらお金なんてすぐ稼げるじゃない」
「そりゃそうだけど……」
俺の金がなかったのは、割の悪い序盤のサブクエストを回していたり、テスト期間でダンジョンに入らなかったからであり、入るようになれば資金繰りはすぐに改善する。
そしてそれがわかっているからこそ、目の前の阿呆は悪ノリしやがったのだ。全く以てたちが悪い。いつかギャフンと言わせるのは確定として……
「まあいいや。んで? 情報は集まったのか?」
「もっちろん! このアタシを誰だと思ってるのよ?」
「よくてただの一般人だけど? てか、マジでどうやって情報集めたんだ?」
この数日、リナは先日出会った謎の男……モブローのことを調べていたらしい。本来こういうのはロネットやクロエなんかが適任なんだが、事情が事情だけに頼むこともできなかったからな。
そして俺には、全然知らない奴の情報なんてどうやって集めたらいいのかわからない。なので素直に驚くと、リナが得意げな笑みを浮かべて言う。
「最近サブクエをこなしまくってたのがよかったわね。アタシが知ってるだけじゃなく、向こうもアタシを知ってる人が増えたから、話を聞くのは割と簡単だったわよ。
あとは地道な聞き込みね。ここはプロエタの世界なんだから、それっぽいキャラがいつ何処にいるかなんて全部把握してるもの!」
「うわ、ガチ勢怖い」
「……今、何か言葉と違う意味の意志を感じたんだけど?」
「気のせいだって。それで?」
「まずだけど、モブローは普通にうちの生徒だったわ。アタシ達と同じ一五歳ね」
「そうなのか? いやでも、あんな目立つ奴がいたら流石に気づくと思うんだが?」
「そうね。だからそこが最初のポイント。どうやら元のモブロー君は、平凡というかありきたりというか、とにかく目立たない……それこそ『その他大勢』な存在だったみたい。
でもそんな彼が、つい最近別人みたいに変わったの。そういう現象、心当たりがあるでしょ?」
「……つまり、モブローはつい最近目覚めた、ってことか?」
俺の言葉に、リナが真剣な表情で頷く。なるほど、俺だってある日突然シュヤクという少年の中に「田中 明」として目覚めたのだから、同じようにモブローの中に誰かが目覚めたというのは納得出来る話だ。
そしてそれがつい最近というのなら、今まで気づかなかったのも頷ける。よほど目立つ何かがなければ、普通自分と直接関わらない相手のことなんて知らねーしな。
だが……
「いや、待てよ。そんな最近目覚めたばっかりなのに、もうヒロイン二人を攻略したのか? どうやって?」
「そこが疑問なのよね。アタシも幾つか仮説を考えてみたんだけど……」
首を傾げる俺に、リナもまた不思議そうな顔つきで空を見上げながら言葉を続ける。
「まず最初に思いついたのは、元のモブロー君が最初からあの二人と知り合いで、仲が良かったってこと。でも聞き込みの結果、モブローが二人を連れ歩くようになったのはつい最近だって言うから、言っておいて何だけどこの線はないと思う。
で、次に思いつくのは正規ルートでの接触だけど……あれって基本的にはメインシナリオの進行に伴ったイベントで出会うでしょ? それは流石に主人公以外には無理だと思うのよ。オーレリアちゃんはともかく、セルフィママの方は時期もあってないし」
「ふむ、そうだな」
主人公とヒロイン達が出会うのは、あくまでも運命に導かれた結果だ。ロネットに出会うにはあの場に居合わせなければいけないし、別に新入生で俺が一番強かったわけでもないのに、アリサは俺に声をかけてきた。
クロエに至っては純粋な事故に巻き込まれた結果なので、俺以外の誰かが同じ出会い方をできるかと言われると、まあ無理だろう。
ちなみにオーレリアの出会い方はこの前のテストの結果によって……というものだが、聖女セルフィとの出会い方は、今月行われるちょっとした演習みたいなので事故が起こり、怪我人が出てしまったところをセルフィが治す……という感じのイベントとなる。
つまり、正規の手段だと俺ですらまだセルフィには出会えない。おまけに突発事故なので、モブローがそれを再現してセルフィと出会い仲間にするのはよほど周到な仕込みか、それこそ神の奇跡でもなければ不可能だろう。
「だから最後、多分モブローはあの二人の『隠し条件』を達成したんだと思う……んだけど……」
リナの言葉の勢いが、徐々に弱くなっていく。その顔に浮かんでいるのは更なる困惑だ。
「オーレリアちゃんの方はね、わかるのよ。あの謎かけを解くにはゲーム後半の知識が必要だけど、このゲームが好きで一度でもクリアしてるなら、解くのはそう難しくないもの。
でもセルフィママの方は……」
「何だっけ? 確か教会に多額の喜捨をするんだったよな?」
以前にリナから聞いた内容を思い出し、俺が言う。セルフィをイベント前に仲間にする条件は、確かそんなだったはずだ。
神に仕える聖職者が金で仲間になるのかよ! と突っ込みたい気持ちもなくはないが、金というのは大事だ。人は確かにパンだけじゃ生きられねーのかも知れねーが、そもそもパンがなければ悩むことすらできずに直接死ぬわけだからな。
なのでそれはそれとして、問題はその金額である。
「三万エターって、くっそ安いよな? その程度の条件でいいのに、あいつが初めて満たしたのか?」
そう、ゲームであれば最序盤の三万エターはかなりの大金だ。極めて効率よくレベルをあげ、そのうえで退屈な狩りに長時間を費やし、ようやく届く金額である。
が、ゲームと現実とでは物価が大きく違う。少なくとも学園に通えるような生徒であれば、無駄遣いせず五、六日堅実にダンジョンに潜れば十分に稼げる額だ。
なので、敬虔な信徒であればその程度の喜捨は珍しくもなんともない。モブローがセルフィを仲間にできるなら「主人公が喜捨した場合のみ」ではないことになるので、それならそれでもっと前に、他の誰かが達成してセルフィを仲間にしていないのがとても不自然になってしまう。
「だからそれがわからないのよ。必要な喜捨の額が現実に合わせて爆増してるならセルフィママが誰の仲間にもなってなかった理由になるけど、それだとじゃあモブローはどうやってそんな大金を用意したのかって話になるし……」
「ふーむ……」
その言葉に、俺は腕組みをして考え込む。最初から知り合いでもない、俺みたいに運命が導いてくれるわけでもない、だがゲーム知識で隠し条件を満たすのも難しい……
「……一つだけ」
と、そこでリナが小さく呟き、俺の方を見てくる。その瞳に揺らぐのは、とても不安そうな光だ。
「一つだけ、心当たりがあるの」
「何だ?」
「ほら、最初にレッドドラゴンを倒した後、アンタがおかしくなってた時があったでしょ?」
「うっ……ああ、覚えてるけど、それがどうかしたのか?」
正直あの時のことは、あまり思い出したくない。だが目を反らして逃げていいほど軽い問題でもないので、俺は内心で苦い顔をしながらリナの言葉を待つ。
「あの時ね……変だったの。ミモザちゃんが、アンタの剣を二〇エターで買い取ろうとしたのよ」
「あー、そんなことあったな。今考えるとヒデーぼったくりだけど」
「そう、それがおかしいのよ! だってアンタのそれ、同じようなのが新品で五万エターくらいでしょ? いくら中古って言っても、ちゃんと手入れがされてまだまだ使える品を、あのミモザちゃんが二〇エターで買い取るなんて言う?」
「それは……確かに妙だな?」
もし相手が流れの商人とかなら、馬鹿を騙してぼったくってやろうと考えることもなくはないだろう。だがミモザはこの王都で自分の店を持つ鍛冶師だ。それが王立グランシール学園の生徒という身元の確かな相手を騙し、小銭を稼ぐようなケチな商売をするか?
あの時はまともじゃなかったので何も不思議に思わなかったが、今こうして冷静に考えると、失う信頼に対して得られるものがあまりにショボ過ぎて、どう考えても割に合わない。
「でね、アタシ思ったの。その剣の売値って、ゲームなら二〇エターでしょ? だから……」
そこで一旦言葉を切ると、リナが大きく深呼吸し、意を決したようにして言う。
「あのモブローって奴、あの時とアンタと同じなんじゃない? あの時のアンタと同じで、対峙する相手に『ゲームの常識』を押しつけてるんじゃないかなって」
「な……っ!?」
聞かされた衝撃の疑惑。その言葉に、俺は驚愕の声をあげて息を詰まらせた。





