閑話:裏に潜む者達
今回は三人称です。
そうしてシュヤク達がクエストクリアに湧いているのと同じ頃。彼らの前に立ち塞がった小悪党たるジェイク達は、特にそれを気にすることなく町中を歩いていた。
「はーっ、面倒くせぇ! 何で俺がこんなことを……」
「そりゃジェイクが派手に薬草燃やしちまったからだろ? 安いったってあんだけの量、売ればそこそこ金になったのによぉ」
「ジェイクはその場のノリでああいうことするからなぁ」
「うるせーよ! テメェ等だってノリノリだったじゃねーか! クソがっ!」
連れの二人の言葉に、ジェイクが軽く苛立ちながら足下の石を思い切り蹴っ飛ばす。
とはいえ、それはシュヤク達に対する苛立ちというより、単に大損をしたことに対する理不尽な憤りだ。実際もし今シュヤク達が目の前に現れ、ケリーの母を助けられたことを喜びあっていたとしても、ジェイクはもう何とも思わないだろう。
薬草を駄目にしたことも、人を殺しかけたことも、ジェイク達にとっては取るに足らないことなのだ。自分達に見えないところでなら、誰がどうなっていようと関係ない。それが彼らの生き方であった。
「そうイライラすんなって。ならさっさと終わらせて、酒でも飲もうぜ?」
「そうだぜ。もうそろそろだろ?」
「ああ。確か……あー、ここか?」
貧民街とまでは言わずとも、ややうらぶれた通りに突如として出現した、巨大な邸宅。その門に手をかけると、ジェイクは誰に声をかけるでもなくそのまま家の中に入っていく。
それは普通ならあり得ない。流石に依頼で来ているのだから、家主に声くらいはかける。
だが何故か、ジェイク達は誰もそれを気にしなかった。まるで自宅であるかのように両開きの玄関扉を開けて建物内部に入り込むと、そこは外観とは打って変わって、何もない暗黒の空間であった。
「うわ、暗っ!? 何だよ、灯りくらいつけとけよ!」
「いや、これ暗いってレベルか? 本当に何にも見えねーじゃん。おいジェイク、さっさと荷物を置いて帰ろうぜ」
「そう、だな。確かに何だかヤバそうな臭いがするし…………?」
預かっていた荷物をポンと床の上に放り出すと、ジェイクはそのまま建物を出ようとした。だがその体は突如ピクリとも動かなくなり、眼前の暗闇から滲み出るように、目深にローブを被った謎の人物が現れる。
「キーッヒッヒッヒ! お疲れさん」
「だ、誰だ!? くそっ、体が動かねぇ!?」
「何だこのババァ……この声、ババァだよな?」
「んなことどうでもいいだろ! おいババァ、俺達に何しやがった!?」
「キーッヒッヒッヒ! 何をされたかわからないのかい? 本当に?」
「……チッ。俺達『プラウドウルフ』を舐めたらどうなるか、徹底的に教え込んでやる! お前ら、さっさと気合い入れて動け! このババァをぶっ殺すぞ!」
「そんな事言ったって……」
「ジェイクだって動けてねーじゃねーか!」
声を荒げるジェイク達だが、誰も体の拘束を解くことはできていない。そんな三人のあがきに、謎の人物はまたもガラスをひっかいたような不快な笑い声をあげる。
「キーッヒッヒッヒ! あんまりからかって、データモデルが損傷しても困るからねぇ。そろそろ一旦回収させてもらうよ?」
「回収? 荷物ならそこに持ってき――」
「在るべき姿を捨て、今一度揺り籠に眠れ……『Decompile』」
「っ…………」
瞬間、ジェイク達の体が曲線を失っていく。急速に解像度が荒くなるのに合わせてその体が縮んでいき、最終的には厚ささえほぼ失い、遙か昔のゲームキャラのようにカクカクした見た目の、手のひらサイズの板切れに成り果ててしまった。
『おれはジェイク! プラウドウルフのリーダーだ!
おれはジェイク! プラウドウルフのリーダーだ!
おれはジェイク! プラウドウルフのリーダーだ!』
「キーッヒッヒッヒ! わかったから黙っときな」
懐から黒い箱を取り出すと、中に敷かれた真っ赤なビロードのクッションの上にそっとジェイク達だったものを置き、謎の老婆が蓋を閉める。すると瞬時に周囲の景色が切り替わり、ごく普通の貴族家の一室になった。
「ナーンだ、もう回収してしまったのカーネ?」
切り替わった室内に置かれたテーブルと、そこに着く一人の紳士。如何にも貴族といった華美な服に身を包み、丁寧に整えられピンと尖った口ひげを揺らしながら優雅にティーカップを傾ける男の言葉に、老婆は近くにあった椅子に腰を下ろしながら答える。
「キーッヒッヒッヒ! これ以上遊ばせておいても、進展がなさそうだったからねぇ。こっちの使えるリソースは有限なんだ、なら有効活用しなくちゃだろぅ?」
「フーム、それはその通りダーネ。そのようなゴミデータもしっかり使いこなしてこそエレガントというものダーヨ」
「ゲッハッハ! デルトラは相変わらず洒落た言い回しをするなぁ! オデにはそういう面倒なのはわかんねーや!」
「フッ、わからナーイ? ガズがわかろうとしてないだけダーロウ?」
テーブル脇に据え付けられた椅子は三脚。最後の一つに座る、全身に岩肌のような傷跡を纏う大男に、デルトラと呼ばれた紳士が笑って告げる。すると大男は「ちげぇねぇや!」と大笑いしながらカップを口元に寄せ、その高価な食器ごとバリバリと噛み砕いてしまった。
「それでアルマリア、成果はどうだったのカーネ?」
「キーッヒッヒッヒ、よくないねぇ……アタシの想定した流れだと、あの小僧はなんやかんやあって猫娘と二人でハルエス山脈にある『赤の荒野』に行くはずだったんだよ。
で、そこで色々と追い詰められた結果、再び神の力を得るか、あるいは猫娘を見捨てるかの二択になるはずだったんだけど……」
「なんでぇ、上手くいかなかったのか?」
口に残った食器の破片をプッと吹き出しながら問うガズに、老婆はローブの奥で苦々しげに顔をしかめる。
「まさか世界の外側に捨てられたはずの理を引っ張り出してくるとはねぇ。流石のアタシも、そこまでは視えはしないんだよ」
「ゲハハハ、そりゃ凄い! とするとそいつらは、お前の『百眼』を出し抜ける奴らだってことか」
「……ガズ、アンタアタシを舐めてんのかいぃ?」
バッと、老婆が目深に被っていたフードを捲る。そこから現れた人の頭には、しかし至る所に「目」がついている。
百眼のアルマリア。その二つ名は比喩ではなく、全身にある一〇〇の目は、この世の全てを俯瞰で見通す力がある。だが大小無数の目にギョロリと睨まれても、ガズと呼ばれた大男が怯む様子はない。
「おうおう、オデは思った通りのことを言っただけだぜ? それともこのオデと勝負するつもりか?」
ゴツゴツした岩のような巨体を揺らし、むしろ楽しそうにその両腕が開かれる。しかしその手が本領を発揮するより前に、デルトラがヒゲを撫でつけながら口を開く。
「そこまでにするダーヨ。我等同志で争っても、仕方がなイーヨ」
「……まあ、そうだな」
「キヒッ。そりゃそうだねぇ」
「宜しい。では次の一手ダーガ……」
「次はオデにやらせろよ! ちょっと思いついたことがあるんだ」
「ケヒッ!? アンタは初手で失敗しただろう? アンタの仕込んだあの女は、何の役にも立ってないじゃないかぇ!」
「ゲハハハ、物作りってのはすぐ結果が出るもんばっかじゃないんだぜ! デルトラ、もう一個モブをくれ」
「大量にアールとは言え、都合のいいデータはそこまで多くはないのダーヨ? ちゃんと考えて使ってくれたマーエ」
「わかってるって!」
デルトラが虚空から取り出した黒い箱を、ガズはその大きな手でひったくるように受け取る。それを宙に放り投げると、両手でバチンと左右から挟み込み、揉むような仕草で中身を吟味していく。
「へぇ、いい設定じゃねーか。こりゃ造り甲斐がありそうだ……開け、『Console』!」
瞬間、ガズの前に黒い窓が開く。見る者が見れば、それがパソコンの画面に酷似しているとわかっただろう。
とはいえ、ゲーム内の存在であるガズに、それを知る術はない。だがそれでいい。たとえ何も知らずとも、使えるならば十分なのだ。
「神代の文字を打ち刻みて、我が意の全てを世界に通す! 『Reprogram』!」
ガズの周囲に浮かび上がる、一〇〇の仮想キーボード。それら一つ一つに一〇本の指が付随し、目にもとまらぬ速さで神の言葉が刻まれていく。これぞ千指のガズのみが扱える、世界変造の奇跡。
「呼び出した魂をベースに上書きして、コイツとコイツを追加、それにコイツもオマケだぁ!ゲハハ、オデ好みの可愛い子ちゃんにしてやるぜぇ!」
「程ほどにしてくれたマーエよ? 我等の目的は、あくまでも――」
「わかってるって! 経過観察は頼むぜ、アルマリア?」
「キーッヒッヒッヒ! 任せときな」
「今度こそ成功させるでアール」
全ては望む世界のために。神より零れた三つの意志は、世界の裏側でひっそりと蠢き続けていた。





