現実とか虚構とか、細かいことは気にするなって
「あー、食い過ぎた……」
その日の夜。ベッドに横になった俺は、膨らんだ腹をさすりながら天井を見上げていた。その理由の半分は、スイーツの食べ過ぎである。
だって……なあ? あの流れだと俺だけ先に帰るとかってわけにはいかないじゃん? それに俺は、別に甘い物が嫌いってこともない。なので普通にケーキとコーヒーを頼んだわけだが……何と言うかこう、女性陣が凄かった。前世では二八歳という、そろそろオッサンに片足を突っ込むかな? という年代だった俺からすると、見てるだけで胸焼けしそうな感じだ。
ただまあ、それだけなら別にいい。ロネットお勧めの店は客も店員も女の子ばっかりで、そもそも俺の連れも全員女性という、良く言えばハーレム、現実的には地獄絵図な感じの環境も、社畜時代の特技で心を無にすればどうってことない。
なので問題はその後だ。リナのやつが「アタシ色々食べたいから、残ったのはアンタが食べて」などという暴挙に出たのだ。二口三口食べては残りを俺に、とやられ続けた結果、俺はトータルでケーキ四個分くらい食った気がする。
普通そういうのは女同士でシェアするんじゃねーの? と突っ込みたかったが、アリサは普通に一人でモリモリ食べてたし、クロエは魚の頭が生えたケーキ……ゲーム中では料理に失敗するとできるやつ……を食べてたのでそっと顔を逸らすしかなかったし、ロネットはどんな素材を使ってるのかとか、原価率はどのくらいとか真剣に考えていたので邪魔はできない。つまり犠牲になれるのは俺しかいなかったのだ。
ダメ押しとして、それだけ食べたなら夕食は控えればよかったんだが、甘い物しか食ってないので、腹はきつくても気持ちが満足していない。なので夜は普通に生姜焼きを食ってしまい……その結果がこれである。
「五年分くらいケーキ食った気がするな……当分はいらねーや」
それでも若い体なので、きっと朝までぐっすり眠れば健康な体に戻るのだろう。いや、若いとか関係なく、寝て起きるだけでなくした眼球すら再生されるんだから、食い過ぎなんて残るはずがない。
あれ? それひょっとすると、ストロングなアイツを浴びるほど飲んでも、次の日に二日酔いが残ったりしないってことか? うーん、実装されていないのが悔やまれる……まあ前世と違って、飲まなきゃやってられないことなんて今のところはねーけども。
「……………………眠れん」
そんなことをつらつらと考えていても、眠気が一向に襲ってこない。腹がきついのもその原因の一つではあるだろうが、一番大きいのはやはり昼間の出来事だろう。
「……あいつら、みんな人間だったなぁ」
アリサがグロソに語った内容は、ゲームの台詞とは大分違う。つまりあれは言わされた……シナリオライターが書いたキャラクターの台詞ではなく、アリサという個人が、一五年の人生で得た経験なのだろう。
そしてそれは、グロソだって同じだ。捨て台詞を吐いて逃げ去るわけでもなく話を聞き続け、最後には何かを想って叫んでいた。それが何なのかは俺にはわからねーし、わかるはずもねーが……それでもそこには、グロソなりの想いが溢れていたのだろう。
どっちも人間だ。あれをゲームのキャラクターだと割り切るのは、俺には絶対できない。だが同時に、そんな人間ですらゲームのキャラという軛から完全に逃れることはできないのだろうとも思う。実際アリサがグロソの挑戦を受けたのは、そういう「不思議な強制力」の影響があったらしいと本人が言っていたしな。
「……この世界って、何なんだろうな?」
俺が制作に関わった、「プロミスオブエタニティ」というゲームの世界。だがそれは、果たしてゲームっぽい現実の世界なのか、それとも現実っぽいゲームの世界なのか?
あるいは現実だと思っていた前世の世界こそがこの世界の神だか悪魔だかによって創り出された仮想世界で、俺達こそがこの世界のことをゲームとして制作するように操られていたのではないか?
わからない。確実な前提が存在しないので、何もかもが推測にしかならない。だってそうだろ? ゲームのキャラが人間のように思い、考え、動くなら、逆もまた真……人間もまたそういう存在ではないとどうして言える?
「現実の世界からゲームの世界に転生したんじゃなく、架空の世界から現実に第四の壁を破って転生した……ははは、ありそうすぎて笑えねーぜ」
昔遊んだ有名なゲームにそんな設定があったことを思い出し、俺は思わず乾いた笑い声をあげる。そうか、自分が人間じゃないかも知れないって気づいた主人公は、こんな気持ちだったのか……
「…………ま、だからどうってわけでもねーけどな」
きっと本当の主人公なら、ここで色々悩むんだろう。アイデンティティの確立がどうとか、人の心とは、魂とは……なんて感じでウダウダと理屈をこね回し、最後はヒロインキャラと「これだけお互いを想い合う心があるなら、それこそ人間の証だ!」みたいな締め方をするんだと思う。
だが、俺はそんなことに悩まない。鍛え上げられた社畜メンタルは、今更そんなことを気にするほど繊細ではない。別にここが現実だろうが異世界だろうが構わねーし、俺の本体がゼロとイチの組み合わせだろうが水槽に浮かぶ脳髄だろうが、俺が俺であることに変わりはないからだ。
「あー、そういえばそんな映画もあったよな?」
現実だと思っていたのが仮想世界だった、というオチのある超有名映画を思い出し、俺は思わず苦笑する。真実を知ると精神崩壊してしまうような奴もいるなか、それを知ってなお「仮想世界なら自分の自由にできるよな? ならそっちで権力者にしてくれ」と願い、楽しいドリームライフを送るモブキャラがいた。
多分、俺はそいつと同じ感じなんだろう。現実とか空想とか、自分でどうにかできるわけじゃねーなら、その真相は割とどうでもいい。仮にこの思考すら誰かの書いたシナリオだろうと、俺がそれに気づかず「自分で考えたことだ」と心底思えているなら、それで十分なのだ。
だって神の視点とか、俺には持ちようがないわけだしな。そんなことに悩むくらいなら、次の冒険をどうするか考える方がよっぽど建設的だろう。
「うーん、レベルがクソ上がっただろうから、このままの流れでメインダンジョンの二〇階まで攻略しちゃうか? でも今回の感じだと、それは流石に悪目立ちが過ぎる気も……ならしばらくはサブクエに力を入れるか?」
『……彼女達はどうなの?』
悩む俺の頭に、ふとそんな声が響いた気がする。何だ今の? 俺は今、何を気にしたんだ?
彼女達……アリサとかクロエとかロネットとかのことか? どう……まさか惚れたとか? いやいや、それはない。そりゃ大事な仲間だとは思ってるし、好きか嫌いかで言うなら好きだろうけど、恋人にしたいとかハーレムを作りたいとかはこれっぽっちも思わん。
というか、ぶっちゃけ今ぐらいの関係性がベストだ。女性であることを意識はするが、もし突然の異変で明日からあいつらが全員男になったとしても、俺の対応が変わることはない……まあ流石に同性のアリサに本気で言い寄られたらちょっと悩むが、その程度だ。
あと他に何かあるか? ぬぅぅぅぅ…………???
『彼女達は、君と同じ?』
「……………………駄目だ、マジでわからん」
どれだけ考えても、俺は俺が何を気にしてるのかがわからなかった。え、これヤバくない? そう言えば俺がヤバい状態だったときも、変な声が聞こえたことがあったような……怖い怖い、そっちの方が怖いんだけど!?
「寝よう。うん、寝て起きたら大体全部何とかなってるし、もう寝よう」
実は自分がゲームキャラみたいなもんじゃないかという疑問より、頭の中で時々変な声が聞こえる事の方が怖い。違う、違うぞ。この世界にはゴースト系の魔物とかいるし、呪いとか幽霊とか存在してるはずだけど、俺みたいに日頃の行いがいい人間に、そんなのが取り憑いたりしてるはずがない。
今程度のストレスでイマジナリーフレンドができるなら社畜時代は友達が一億人くらいいたはずだし、二重人格……まだプログラムをインストした影響が残ってるとか? 自分の目をえぐるのはマジでもう無理なので、勘弁してください。
「寝る! 寝るぞ! 気合いを入れて爆睡だ!」
ということで、俺はあえて声を出して宣言すると、布団を被ってギュッと目を閉じる。学生寮は漫画や小説だと大体相部屋だが、ゲームだとルームメイトを描写するのが面倒……ゲフンゲフン、グランシール学園はとても生徒に優しいので個室となっており、室内には静寂が満ちている。
ゆったりとした呼吸音が耳を揺らし、確かな心音が瞼の裏を揺らす。そこでふと答えらしきものが浮かんだが……まさかな。
元がゲームキャラだろうと、アリサもクロエもロネットも、俺やリナと変わらない人間だ。そんな当たり前の事に、今更疑問なんて感じるはずがない。やっぱり何もかも気のせいだな。そういうことにしておこう。
「……………………」
気づかず意識が薄くなり、世界が眠りに落ちていく。広がった暗闇は、どこか優しく温かかった。





