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今更「ゲーム主人公転生」かよ!?  作者: 日之浦 拓


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それは設定なんかじゃなく、紛れもない人生だった

「これで階段三つ目か。でもボスフロアじゃねーってことは……」


「やっぱり、敵だけが強くなってるみたいね」


「……チッ」


 ランダムダンジョン化した「久遠の約束」を探索し始めて……どのくらいだろうか? 一度緊急用の保存食を食って小休憩し、それから探索を続けてまた腹が減ってきているので、最低でも八時間くらいは経過してると思われる。


 この上の階にいる魔物は、通常ならば九階層に出てくる魔物だった。なので上手くすればここで終わるかと期待していたのだが、どうやらこの世界の運営(かみ)様は、俺達が楽をするのが嫌いらしい。「簡単にクリアされたら悔しいじゃないですか」とか思ってるんだろうか? うーん、ぶん殴りたい。


「どうするシュヤク? また少し休むか?」


「そう、ですね……じゃあ三〇分の小休憩で」


 アリサの提案に、俺はそう言って階段に腰を下ろす。こうして階段に留まる限りは、魔物に襲われることもないと判明したからだ。


 ちなみに、「なら一人だけ斥候に出して魔物を引きつけ、階段付近で戦えば楽勝なのでは?」という思いつきは実行していない。何かそういうイカサマをすると、手ひどいしっぺ返しを食らいそうなのだ。そもそも今の状況がイレギュラーなわけだしな。


「ふーっ……ごめん、少し寝る」


「おう、寝ろ寝ろ。魔力の回復は重要だしな」


「なら、私も少し……」


「シュヤクが匂いを嗅がないように、クロが見張っとくから大丈夫ニャ」


「嗅がねーって! ったく……」


 狭い段差に尻を収め、俺とは反対側の壁にもたれかかって目を閉じるロネットとリナの姿を見つめつつ、クロエの発言に心から反論しておく。まったく、リナのせいでどんどん変態に仕立て上げられている気がするぜ……


「なあ、シュヤク」


「何ですか? 嗅がないですよ?」


 と、そこで俺の隣に、アリサが腰を下ろして声をかけてきた。ムッとした様子で言う俺に、アリサが苦笑してから言葉を続ける。


「ハハハ、嗅ぎたいなら嗅いでもいいぞ」


「だから――」


「……我々は、生きてダンジョンから出られると思うか?」


「っ……」


 少しだけ疲れた声色で言うアリサに、俺は言葉を詰まらせてしまった。だがすぐに調子を取り戻すと、あえて軽い口調で告げる。


「そりゃ出られますよ。そもそもここまでに出てきた魔物は、みんな俺達より弱かったじゃないですか」


「確かにそうだが……しかし一階層ごとの魔物の強化具合を見ると、そろそろそれも追いつかれる……いや、逆転するんじゃないか?」


「それは……」


 さっきまでいた階層の魔物は、一三レベルくらいの魔物だった。となるとこの階段を降りた先にいるのは、一四から一五レベルの魔物である可能性が十分にある。


 勿論ここまでの戦闘で俺達のレベルもあがっているはずだが……それでも心身に蓄積された疲労を鑑みると、アリサの言う「立場の逆転」は間近だというのが、俺にだってわかっている。


 そんな俺の様子に、アリサは小さく微笑みながら話を続けた。


「おっと、勘違いするな。別に進むと決めた貴様の判断を責めているわけではない。あれは全員の同意であったし、何よりあれは貴様に責任を押しつけるためのものではなく……貴様に背を押してもらいたいと思った、私の弱さがさせたことだからな」


「弱いって、そんなこと……」


「いいのだ。わかっている。私は他人が思うほど強い女ではない。確かに貴族の娘として生まれ、恵まれた環境で教育と訓練を施され、それなりの装備も渡されている。


 だがそれだけだ。同じ状況、環境であれば、私くらいの強さには誰だってなれるだろう」


「いやいや、そんなことないですよ! アリサ様が努力したからこそ、今の実力があるんじゃないですか!」


 表情を曇らせるアリサに、俺は心からそう告げる。


「同じ環境なら同じ結果が誰でも出せるなんて、それこそあり得ないですよ。そりゃ今のアリサ様と同じか、もっと強くなる奴だっているでしょうけど……でも大半は恵まれすぎた(・・・・・・)環境に甘えて、もっと自堕落になってるんじゃないですかね?」


「そうか? 私はそこまで自分に厳しいつもりはないのだが……」


「ははは、ご冗談を。自分に厳しくないような人が、鎧と盾を持って仲間のために前線に立ったりできませんよ。ましてや伯爵令嬢なら、そもそも戦うことを選ぶのが……あーいや、これって差別発言とかになるんですかね? すみません」


「気にするな。私が一般的な令嬢の生き方と違う道を選んでいることは、私自身が一番よくわかっているからな。お父様にも『もっと娘らしい生き方をしないのか?』と、何度も言われたものだ」


「そ、そうっすか……」


 どうやらこの世界には、現代日本のポリコレ思想はないようだ。まあ貴族制度なんてバリバリの特権階級なわけで、平等とはほど遠い存在だしな。


「…………私は子供の頃からお転婆……ん、んんっ! 活発な娘でな。よく屋敷を抜け出しては、街に遊びに行くような子供だったらしい。私自身はそう多くを覚えているわけではないのだが、確かに通りの店で果物や串焼きをもらっては、ご機嫌でそれをぱくついていたそうだ」


「へー、そうなんですか」


「……意外だと言わないのか?」


「へ!? あ、あー! イガイダナー! アリサ様ならそりゃあもうおしとやかなお嬢様だと思ってたのになー!」


「フフッ、そうだな。意外なことに、私は街遊びが……冒険とも言えぬような冒険が大好きな子供だったのだ。お父様は頭を悩ませていたようだが、それでも子供のすることだからと許容していただいていた。当時は気づかなかったが、しっかりと護衛もつけられていたようだしな。


 だがある日、些細な事故が起きた。町人が抱えていた花束にたまたま小さな蜂が生きたまま紛れており、飛び出したそれがたまたま通りかかった馬車の馬を刺した。


 それに驚いた馬が暴走し、馬車もろとも私の方に突っ込んでくる。驚いた私は、当時仲が良く、その日も一緒に遊んでいた友人の女の子を突き飛ばした。物語のなかでは、そうすればその子が馬車の軌道から外れ、助かると知っていたからだ。


 だが、五歳の少女の力で突き飛ばしたところで、同い年の女の子をそれほど遠くに飛ばせるはずもない。結果その子はただ転んだだけになり、私と少女は共に暴走馬車にひかれそうになる。


 その状況を見て、護衛が動いた。護衛は二人。そのうち一人は私を抱えてその場を飛び退き、もう一人は身を挺して馬車を止めた。そう、二人共が私だけを助けたのだ」


「えっと…………その、お友達の女の子は…………?」


 それは本来、ずっと先で語られるはずの独白。故に聞かずとも俺はその答えを知っている。


 しかしそれでも、俺は……いや、俺が問わねばならない。覚悟を決めた俺の問いかけに、やはりアリサは力なく首を横に振った。


「死んだ。馬に踏まれ馬車にひかれ、見るも無惨な姿と成り果てた。混乱し泣き叫ぶ私は、護衛に怒鳴った。どうしてあの子を助けてくれなかったのか、二人いるならどちらかが彼女を助けてくれればよかっただろうと。


 だが護衛の者は言った。我々は貴方の護衛なのだと。全力で貴方を守るのが仕事なのだ、とな。


 今ならばわかる。我が儘を言ったのは私だ。私のために血を流す護衛に『どうして護衛対象でない少女を助けなかったのか』と怒鳴るなど、理不尽の極みだ。


 だが幼い私は、どうしてと泣き叫ぶことしかできなかった。泣いて泣いて泣き疲れて……気づけば屋敷のベッドの上に寝ていた。


 それから、私は街に出なくなった。禁止されたわけではないが、どんな顔をして街に出ればいいかわからなくなってしまったのだ。そして代わりに、私は本を読むようになった。貴族とはどういうものか、どうして私が守られたのか。本はその知識を私に与えてくれた。


 そうして得た結論は、命は平等ではないということ。何十万の命に、私が支えられているということ。ならば私は特別扱いされる者として、それに相応しい価値を示さなければならない。


 強く、より強く。どんな困難からも皆を守れる存在になりたくて、私は戦いの道を選んだ。いつかまた金も権威も通じない脅威に遭遇した時、今度こそ何も犠牲にせず、全てを救う為に」


「アリサ様…………」


「と言っても、その道はまだまだ遠くてな。あの程度の挑発に乗って皆を危険に巻き込んでしまったばかりか、その最中ですら自分に自信が持ちきれず、『私が絶対守る』と言えなくて、貴様に決断を委ねてしまった。


 これでわかっただろう? 私は弱いし、自分に厳しくなどもない。ただあの日守られたことに相応しい自分であろうと必死に努力し、その目標に届かない未熟者というだけのことだ」


「そうですね。確かにアリサ様は、あんまり強くなかったみたいです」


 自嘲を浮かべるアリサに、俺はそう告げる。ジッと俺を見てくるその瞳を、俺はまっすぐに見つめ返す。


「でも、それでいいんじゃないですか? だって俺達、まだ一五歳じゃないですか。こんなガキが『自分は強くなった!』なんて言ったら、そっちの方がよっぽど駄目でしょ。


 まだまだ未熟で、まだまだ弱くて……でもだからこそ、俺達は毎日成長し続けられる。変に自信を持ってそこで満足しちゃうより、死ぬまで不満を持ち続けて、先に進む努力を続ける方が、結果的には強くなるんじゃないですか?


 キラキラした自己肯定ができるなら、そっちこそ誰だって偉そうに胸が張れるんですよ。劣等感に首まで浸かって、それでも諦めきれずに空に手を伸ばす……そういう泥臭い生き方、格好いいと思いますよ」


「…………まさか、そんな慰め方をされるとはな。正直もっとこう、『君は間違っていない』とか、『足りない分は自分が補います』みたいなことを言われると思ったのだが」


「そりゃ申し訳ないです。でもまあ、俺はこういう奴なんで」


 キョトンとするアリサに、俺はニッと笑って返す。ああそうとも、これは主人公の答えじゃない。だがこれが俺という人間の精一杯の言葉だ。


 それを正面から受け止めてくれたアリサは、やがて小さく微笑み、壁に頭をもたれかからせながら目を閉じる。


「貴様に相談してよかった。ありがとう、シュヤク」


「どういたしまして」


 不器用な一般人の言葉に感謝を告げ、安らかな顔でつかの間の休息に沈むアリサに、俺もまた目を閉じてしばしの静寂に身を任せた。

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