なるほど、キャライベント……え、今!?
「誰だ? 始めて見る顔だが……?」
「え、嘘!? まさか一年生!?」
「はぁ? 冗談だろ!? 何でもう一年がこんなところにいるんだよ!」
地味な革鎧とスタンダードな長剣を腰に佩いた、「これぞモブ!」と言いたくなる落ち着いた雰囲気の男と、白いシャツの上から黒いハーフコートを羽織り、如何にも魔法が使えそうな節くれ立った杖を手に持ち、膝上一〇センチのスカートから惜しげもなく太ももを晒す女と、シーフっぽい軽装と腰の左右に鞘に入ったダガーを佩いた、明らかに柄の悪い男の三人パーティ。そんな人達との邂逅にこちらで最初に口を開いたのはアリスであった。
「ふむ? その口ぶりからすると、お前達は先輩なのか?」
「お前!? テメェ、先輩に向かって舐めた口聞いてんじゃねーぞ!」
「あー、すみませんすみません! アリサ様、ほら、この人達先輩ですから!」
「む、それもそうだな。失礼した、先輩方」
「チッ……」
「まあまあグロソ、抑えろって。俺は二年のラクスル。こっちは仲間のモリーとグロソだ。君達は?」
「あ、はい。俺達は――」
先輩達の自己紹介を受け、俺達もそれぞれ名乗る。だがそれを聞いたグロソ先輩が、露骨に顔をしかめて悪態を吐いた。
「何だ、期待の大型新人かと思ったら、お貴族様の道楽パーティかよ」
「……何だと?」
「おいグロソ、何言ってんだよ!?」
「ごめんなさいお嬢様。こいつ口も態度も悪いけど……あと成績も悪いし、性格もそんな良くはないけど…………」
「……それ、ただの嫌な奴じゃないの?」
「で、でもあれよ! 雨に濡れた子犬に餌をあげたりするのよ!」
「テメェ、モリー! 何でそれ知ってんだよ! 違うぞ! あれは単なる気まぐれで、普段はあんなの蹴っ飛ばしてるんだからな!」
「「「あー」」」
焦った調子で言うグロソに、俺達は何とも言えない生暖かい視線を向ける。子犬に餌をやった程度で悪人が善人になるわけないのに、何故か「根はいい奴」という印象が強く残るあれだ。
「チッ、クソが……」
「まあお前がどんな人物であろうと、私にはどうでもいいことだ。それより我々を道楽パーティと呼ぶのはどういう了見だ?」
不貞腐れるグロソに、アリサがストレートに問う。するとグロソは忌々しげな目を向けながらもその口を開いて語る。
「あぁ? そのまんまの意味だろーが。一年が『石の初月』を抜けるにゃ、早くても三ヶ月……下手すりゃ半年くらいかかる奴だっているんだ。それが一ヶ月? 金積んで強い教師に引率を頼んで、ダンジョンをお散歩してきたとしか思えねーんだよ」
「三ヶ月? 我等が五日で抜けたダンジョンの攻略に、三ヶ月もかかるものなのか?」
「はぁ!?」
別に煽る意図などないのだろう。純粋な疑問で首を傾げたアリサに、グロソ先輩が猛烈に顔を歪めて返す。
「五日!? 一ヶ月じゃなく五日だと!? 吹かすのも大概にしろよ!」
「吹かす……ああ、嘘という意味か? そんな意味のない嘘など言わん。我々が五日で『石の初月』を踏破したことは、学園が証明してくれる。パーティを組む前に授業で入った分を入れても、一〇日はかかっていないはずだ」
「……あー、そうかよ。流石はお貴族様だ。そこまで徹底するのかよ」
「? どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。単に踏破を手伝わせるだけじゃなく、記録の改ざんまでやってるのか。
あー、凄い凄い! なら次は『久遠の約束』の最短踏破記録もあんたのものになるのか? ははは、箔付けに絶対破られない記録が欲しいってんなら、五分とかにしときゃいいんじゃねーの?」
「…………それは我等が不正をしていると言いたいのか?」
「さっきからそう言ってるだろ? ああ、貴族様の耳には自分に都合のいい言葉しか聞こえないですよね? 俺達みたいな下々民の言うことなんか気にしないで、これからも頑張ってください」
スッと目を細めるアリサに、グロソがニヤニヤと笑みを浮かべて言う。するとその態度を見かねたように、他の二人がグロソに声をかけた。
「グロソ、お前本当にいい加減にしろよ! 何で貴族のお嬢様に喧嘩売ってんだよ!?」
「そうよ、私達を巻き込まないで! あの、違いますからね? 私達、そんなこと全然思ってないですから!」
「何だよお前ら、裏切るのかよ!? お前らだって本当はそう思ってんだろ!? だって五日だぞ!? 一ヶ月だって大概だったのに、わざわざ五日で踏破したって言いやがったんだぞ!?」
慌てる仲間達に、振り返ったグロソが訴えかけた。すると二人の先輩方も、何とも言えない表情を浮かべる。
「そりゃまあ、普通じゃないとは思うけど……でもそんなこと言ったって意味ないだろ?」
「この子達がどんな手段で『石の初月』をクリアしてたとしても、私達には関係ないじゃない! 何? 目に付く相手全部に喧嘩売らないと死んじゃう病気なの!?」
「そうじゃねーけど……でも悔しいだろ! 俺達が必死に頑張ってやっと辿り着いた場所に、貴族だからって理由で簡単に登ってくるなんて……」
「ハァ……わかった。つまり私達が実力でここにいて、お前達……失礼、先輩方よりも強いということを証明すればいいのだな?」
仲間内で話し続ける先輩方に、痺れを切らしたようにアリサが言う。するとそれまで言い争っていた三人が、何とも言えない表情をアリサに向けた。
「アリサ・ガーランドさん……だよね? それは流石に言い過ぎじゃないかな?」
「私達、これでも一年先輩なのよ? 二年と三年ならまだしも、入学したばっかりの一年生に負けるとは思ってないんだけど?」
「身内にごますりばっかりされて、本当の実力もわかんなくなっちまったのか? 謝るなら今のうちだぜ?」
何ともテンプレ的な挑発をしてくる先輩方。そんな緊張したやりとりを前に、俺はそっとリナに近づいて小声で話しかける。
(なあリナ、これってひょっとして……?)
(うん。多分アリサ様のイベントよね……)
微妙に確信の持てなかった問いに、リナが同意してくれる。アリサのキャライベント「貴族の矜持」……それはコネと権力で学園に入学したと揶揄する上級生をアリサが実力で黙らせるという、まあよくある感じのイベントだ。
一応勝利と敗北の二ルートあるが、普通にプレイしているとまず負けることはないし、負けてもアリサの好感度がガクッと下がるだけなので、序盤がちょっと辛くなるくらいのデメリットしかないのだが……
(でもあれ、発生は六階だろ? それが何で一階でなんだよ?)
(そんな事アタシに言われたってわかんないわよ。でも実際起きてるわけだし……前倒し? アタシ達のレベルが高すぎるからとか?)
(むぅ……)
そう、このイベントの発生は、メインダンジョンの六階到達後のはずだった。何故ならこの先輩達は普通に一二レベルくらいあるからだ。六階到達時のパーティの平均レベルがそれくらいか、それよりやや低いくらいなので、敵から逃げまくってとりあえずダンジョンのマップを埋める、なんてプレイ方針だと厳しいことになる。
が、今の俺達は平均一五レベルなので、先輩方よりも強い。ここから更に戦闘を重ねて六階層に辿り着く頃には、もうこの先輩達では相手にもならなくなっているだろう。
なら前倒しってのもあり得る、のか? わからん。だがまあ……
「いいだろう。ならば勝負だ! お前達に模擬戦を――」
「おっと、審判を買収されちゃたまんねーから、それは断るぜ」
「……ならばどうする? どんな勝負が望みだ?」
「決まってんだろ! ここに立つ実力があるっていうなら、それを示せばいい。どっちが先に一〇階層のボスを倒すか、それで勝負だ!」
「なるほど、わかりやすいな。その勝負、アリサ・ガーランドが確かに受けたぞ!」
誰のどんな思惑が働いているのかはわからねーが、イベントの拒否はできないようだ。こうして俺達は運命の流れに身を任せ、先輩方とのダンジョン踏破勝負を受けることになった。
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