心機一転の出発! なのでその設定は忘れてもらえないですかね?
そうして数日の休養を経た、五月一日。俺達は満を持して、メインダンジョンたる「久遠の約束」の前にやってきていた。学園の中心に立つ神殿風の出入り口を見ると、このダンジョンこそが主であり、学園が後付けで作られたというのがよくわかる。
「これが『久遠の約束』か……こうして見ると、何とも感慨深いな」
「あれ? アリサ様でもそう思うんですか? レベ……それだけ強かったなら、領地でいくつかダンジョンを攻略してるんじゃ?」
「当たり前だろう! この『久遠の約束』は、この学園の生徒しか入れないのだ。特殊な条件のあるダンジョンは幾つもあるが、中でもここは別格だからな」
「そうだニャ。強い奴に独占されたりしないからお宝も手に入りやすいし、何より一〇階層ごとに外へのショートカットがあるなんて、このダンジョンだけニャ!」
「ここを探索したくてこの学園に入りたいと思う人も沢山いるようですよ? まあ入学許可証は王家の発行なので、入りたいと思って入れるような場所でもないようですけど」
「ほーん? そうなのか……」
アリサ達が語ってくれた常識に、俺は感心して頷く。なるほど、学生しか入れないダンジョン……ゲーム的な理屈でならわかるけど、現実の方ではどういう理由でそうなってるんだろうな?
(アンタも知ってるでしょうけど、このダンジョンの最奥には、魔神を復活させる神器が封印されてるの。で、アタシが読んだ設定資料集には、その封印を維持するために多種多様な魔力が必要だから、常に人が集まり、かつ入れ替わり続ける『学生専用』って縛りがあるって書いてあったわよ)
俺がチラリと視線を向けると、リナが小声でそう説明してくれた。だがそのなお用に、俺は思わず首を傾げる。
(え、それじゃこのダンジョン、踏破したら駄目なんじゃね?)
(本来なら駄目ね。だからゲームクリアの条件は神器を狙って襲ってくる魔王を撃退することであって、ダンジョンの踏破じゃないでしょ?
まあそれがないと「絶望の逆塔」に入れないから、やり込みするなら踏破必須だけど)
(あー、そういえばそんな感じだった気がするな)
なるほど、もしクリアするならきっちり最後まで責任を持てってことか。長い目で見れば邪神も倒しちゃった方がいいんだろうが、まあそれはそこまで辿り着けたら改めて考えればいいだろう。
と、俺とリナが顔を寄せてコソコソ話していると、それを見たアリサが声をかけてきた。
「おい貴様、何をこそこそと話しているのだ?」
「あ、すみません。大したことじゃないんですけど……」
「ごめんなさいアリサ様。シュヤクがどうしても『今すぐ女の体臭を胸いっぱいに吸い込まないと死ぬ』って言うんで」
「おまっ!?」
「む、そうなのか……私のも嗅ぐか?」
「き、気持ちだけもらっておきます……」
引きつった笑みでアリサにそう答えてから、俺はギロリとリナを睨む。だがリナはンベッと舌を出してそっぽを向いてしまった。ぐぅぅ、この設定マジで引き継ぐつもりなのか……
「ヘンタイ趣味はそのくらいにしとくニャ! それより早くダンジョンに入るニャ!」
「そうですね。あとモブリナさん、いくら気安い仲だとはいえ、女性が気軽に体臭を嗅がせるのはどうかと……」
「ちょっとロネット! それだとアタシまで変態みたいじゃない! 違う! 違うからね!」
「うぇるかーむ! 一緒に墜ちようぜぇ、リナちゃーん」
「何その顔、嫌よ! 変態はアンタだけで十分なの! アタシはノーマル! 可愛い女の子が大好きなだけの、至って普通の女の子なんだから!」
「ほぅ? ならロネットやアリサ様やクロエの臭いは嗅ぎたくないと?」
「それは……ちょっと嗅ぎたいけど……」
「五人中二人が体臭フェチか……今更だが、このパーティは大丈夫なんだろうか?」
「クロはどうでもいいニャ。でも臭いのが気になるのはちょっとわかるニャ」
「やっぱり体臭ポーションを開発させるべきでしょうか……?」
「「だーかーらー!」」
今日もいつもの賑やかさで、俺達はダンジョンに入っていく。するとそこに広がってたのは、初心者ダンジョンと同じくオーソドックスな石の通路であった。
「ほう? ここが『久遠の約束』か……こうして見る分には『石の初月』と特に変わりはないな?」
「出てくる魔物もゴブリンとのことですから、本当に向こうの続きという感じですね」
「だな。まあでも新しいダンジョンには違いないんだし、油断せずいこうぜ。クロエは先頭で魔物と罠を警戒してくれ。リナはマッピングを頼んだ」
「クロにお任せニャ! サバ缶分は働くニャ!」
「まっかせて! 手書きマッピングは(前世のゲームで)経験済みよ!」
腰に着けた鞄からドヤ顔で紙を取り出したリナを確認し、俺達はダンジョンを進んでいく。ちなみにマッピングは俺とリナ、ロネットが交代でやることになっている。
この辺なら地図もあるみたいなんだが、少し奥に行くと市販も貸し出しもされてないからな。今のうちにマッピングに慣れておかないと深層に着いた時に困るので、練習も兼ねた作業である。
「えっと、ここがこっちで……あれ? これだと縮尺が合わない?」
「モブリナさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よロネット! このアタシにかかれば、このくらい……」
「おい、あんまり無茶すんなよ? 俺やロネットが続き描くんだからな?」
「わかってるわよ! うっさいわね!」
「奥から魔物が来るニャー。ゴブリンが三匹ニャ」
「わかった。クロエは下がれ、私が片付ける」
俺達がワチャワチャしていると、通路の奥から魔物がやってくる。だがアリサにかかれば、ノーマルのゴブリンなんて相手じゃない。
「フンッ!」
「グギャッ!?」
軽い気合いと共に剣を振れば、あっという間に三匹とも光に変わってしまう。するとそのうち一匹が、腰に巻いていた汚い布きれをその場に残した。
「む? ゴブリンのドロップアイテムか」
「『汚れた腰巻き』ですね。一応持って帰れば五エターになりますけど……」
「アタシ触るのも嫌だわ。ほらシュヤク、くっさいわよ? あげるから喜んで拾って嗅ぎなさい」
「ふざけろ激臭女! そんなの俺もいらねーよ……てか、なあロネット。何でそんな汚い布きれが買い取り対象になるんだ? 俺ならタダでもいらねーけど」
「ちょっと、誰が激臭女よ!? やめてよ、アタシ臭くないわよ!?」
「沸騰したお湯のなかに一〇〇枚くらいを纏めていれてグルグルかき混ぜると、布が崩れて溶け込み、魔力水が作れるんです。鉄や銅のような基本素材の鍛冶で冷却水として使うと、少しだけ品質があがるんですよ」
「へー。何にでも使い道ってのはあるもんなんだなぁ」
「ねえ聞いてる!? アタシ臭くないでしょ!? 臭くないわよね……?」
不安げな表情で自分の匂いを嗅いでいるリナをそのままに、俺達は更に奥に進む。ああ、勿論ボロ布は放置した。ダンジョンに放置されたものは、人間が触れていないと一時間ほどで消えてしまうらしいからな。
それはつまりダンジョンに放り込めば、現代地球では世界中の人々を悩ませていたゴミ問題が解決してしまう。おかげで中世ファンタジー風な世界なのに、ここでは道にゴミが落ちていたりもしないし、専用の配管を使うことで下水問題が解決され、トイレも清潔だ。
それだと世界から資源がどんどん減っていくんじゃないかと思うんだが、ダンジョンから持ち帰れる物もあるし、それでバランスは取れてる……のか? まあこの世界が成り立ってるんだから、きっと大丈夫なんだろう。そもそも魔法で水とか出せるしな……閑話休題。
「ねえロネット! アタシ臭くないわよね?」
「え、ええ。モブリナさんは特別臭くはないと思いますよ」
「そうだニャ。リナは比較的臭くないニャ」
「それちょっとは臭いってこと!?」
「お前まだ言ってんのかよ!? いい加減に……っ!?」
なおも騒ぎ続けるリナに流石に注意しようとしたところで、不意に俺は前方から気配を感じ、足を止める。それに釣られて皆も足を止めると、角の向こうから魔物ではない存在が姿を現す。
それはゲームなら絶対になかったエンカウント。そこにいたのは……
「だから……ん?」
武器を手に持ち、鎧を身につけた、俺達と同じ人間の討魔士パーティであった。





