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クソデカ感情で生きる兄は平和な世界でも弟に甘すぎる  作者: 北崎七瀬


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13/13

お土産と葛藤、そして

 今日は待ちに待った、ユウトが修学旅行から帰宅する日だ。

 というか、スマホでその位置情報を見たところ、すでに自宅に着いている。くそう、一刻も早く弟の元に帰りたい。しかし会社の定時まではあと一時間近くあって、レオはぐぬぬと歯噛みしていた。


「レオさん、この間ぶり。ずいぶん荒んだ顔してるな」


 そんな絶賛イライラ中のレオのところにやって来たのは、リョウだった。どうやら修学旅行の解散から直接向かってきたらしく、大きな荷物を抱えている。彼は紙袋から大きめの菓子折を出すと、「みんなで食べて」と近くにいた三神に渡した。


 社長の息子として、社内への土産か。律儀なことだと眺めていると、次にリョウは別の可愛らしい包みを取り出した。


「これはレオさんへのお土産」

「……俺に?」

「俺と、あの三人から」


 あの三人、と聞いただけで、レオはそれが誰かを察する。ユウトをいじめていた忌々しい奴らだ。正直次に会ったら、弟に気付かれぬようにぶっ潰したいと思っている。


「いらん。そんな土産一つで許される罪ではない」

「まあそう言わずに。あいつら、だいぶ反省してるんだ。俺から見てももうユウトをいじめる感じじゃないよ」

「すでにいじめた分は帳消しにならんぞ」

「ユウト本人は全く気にしてないけど」

「俺は気にする!」


 そりゃあユウトは天使だから気にしないだろうが、レオは超根に持つタイプだ。弟に害をなした奴のことは特に。

 そうしてはねのけたレオに、リョウは苦笑をした。


「気持ちは分かるけどさ、とりあえず俺に免じて一旦持ち帰ってくれよ。俺の土産でもあるんだし。んで家で開けてみて、それでも許せないからいらないって言うなら返してくれていいから」

「……お前、何で奴らの肩を持つんだ」

「ユウトがすでにあいつらのこと友達認定してるし、親友の兄貴が障害事件起こすのも嫌だからな」


 傷害事件を起こしたところで見付からないように上手くやるが、まあリョウが言うのはそういうことじゃないんだろう。

 レオはチッと大きく舌打ちをして、しかし渋々とそれを受け取った。あまり頑なに拒否してユウトに話を持って行かれると、この流れで怒られるのはレオの方になるからだ。


「……仕方ねえな。だがすぐに突っ返すことになるぞ。俺は奴らを絶対許さんからな」

「じゃあ逆にレオさんがそれを完全に受け取ったら、あいつらの謝罪を受け入れたと思っていいよな」

「……まあ、いいだろう。どうせ受け取る気がないものだし」

「よし、言質は取ったぜ?」


 レオが頷くと、リョウはしたり顔でにんまりと笑った。

 

 

 

 

 

「あ、レオ兄さん! お帰りなさい!」

「ただいま、ユウト……! お前もお帰り!」


 ようやくの帰宅、脇目も振らず玄関からリビングに駆け込んで、出迎えてくれたユウトに兄は抱きついた。そのまま思い切り弟を吸う。ああ、これこれ。癒やしの匂いだ。萎れていた心が満たされる。


「お土産のお菓子買ってきたから、ご飯の後に一緒に食べようね。レオ兄さんの好きそうなおかきも買ってきたんだ」

「そうか、それは楽しみだな」


 ユウトの土産さえあれば、他の土産など必要ない。リョウから受け取ったあれも適当に包装を解いて、確認したていで中身も見ずに叩き返す心づもりだ。

 そんな弟以外に関心のない兄の腕の中から、弟が「そうだ」と何かを思い出したように抜け出してポケットを漁った。


「レオ兄さんとペアの色違いのキーホルダー買ってきたんだ。鞄に付けても可愛いかなと思って」

「何っ、兄弟でペアか……! よし、すぐ付けよう!」

「じゃあ僕が付けてあげ……うん?」


 レオの鞄に手を伸ばしたユウトが、不意に動きを止める。見ればその視線は、鞄の中から覗いていた可愛い包みに向いていた。

 リョウといじめっ子どもから渡された土産だが、それがどうしたというのだろう。ユウトはひとまずキーホルダーを付けると、ちらとレオを見上げた。


「……これ、もしかしてリョウくんからのお土産?」

「そうだが……知ってたのか?」

「まあ、選んでる場所に僕もいたからね。……リョウくんより背が高くて、鍛えてて目付きが悪いって……なぁんだ、そういうことかぁ。僕はてっきり……」


 はふぅ、とユウトが気が抜けたような溜息を吐く。

 しかしすぐに気を取り直して、レオを見上げて首を捻った。


「レオ兄さん、何でリョウくんから個別でお土産もらってるの? 会社にお菓子を買っていったのは知ってるけど」

「知らん。俺も要求した覚えはないからな」


 ……おそらく買収目的でガジェットを買い与えたお返しだが、それをユウトに知られるわけにはいかないからしらを切る。それに、土産を要求した覚えがないのは事実だ。荒屋父子が律儀なのが悪い。


「リョウくんのお父さんから、急な出張で京都に行ったのにとんぼ返りだったレオ兄さんへの埋め合わせとか……?」

「さあな。何にしても、土産をもらうようなことは身に覚えがないから、このまま突っ返す予定だ」

「あ、そうなの?」


 そうだ、こんな土産ひとつで弟をいじめた奴らを許すわけにはいかない。ユウトにも受け取り拒否を宣言して、レオはそれを鞄の底に押し込んだ。


「まあ、レオ兄さんへのお土産と言っても、実質違うしね」

「……ん? お前、中身も知ってるのか?」

「うん、だって試着させられたし」

「試着……?」


 いや、ちょっと待て。やたら可愛い包みだとは思っていたが、少し凝った土産菓子や名産品の類いではないということか。

 そう気付いたレオのスマホに、計ったようにメールの着信が来た。リョウからだ。そのメールにはタイトルも本文もなく、ただ写真が添付されている。それを開いて現れたのは……。


 うさ耳フードのパーカーを着たユウトだった。それも、真後ろから撮った一枚のみ。


「何で正面からの写真を送らねえんだこの野郎――――――!!!!」

「うわっ、どうしたの、レオ兄さん!?」


 届いたメールに目を通した途端に叫んだ兄に、弟が目を瞬く。

 くそ、この可愛いお顔にうさ耳パーカーなんて絶対見たいに決まってるだろう。それを後ろ姿のみとは生殺しだ。いや、後ろ姿だけでも指先だけ出てる袖とかこの丸っこい尻尾とかもこもこの質感とかユウトに似合いすぎで可愛すぎなのだが。


 ……なるほど、理解した。鞄の底にある土産はこのうさ耳フード付きパーカーか。

 正面から見たければ、包みを解いて商品タグも外して着せてから見ろということだろう。なんたる策士だリョウめ、恐ろしい奴。


 スマホの写真をガン見しながら葛藤にぷるぷるしていると、それをユウトが覗き込んで来た。


「あれっ、リョウくんお土産の中身をレオ兄さんに教えて来たんだ。開ける前に何か分かるようにかな」


 いや、違う。これは中身を開けさせるために送ってきたのだ。だがその手には乗らんぞ。奴らを許してなるものか。


「そういえばこれ選んでる時、後藤くんたちも合流しててさ。何か知らないけどすごい写真撮られたんだよね」

「ぐああ!!!! 何であのクソ野郎どもがユウトの可愛い姿を写真に収めて、俺が正面から見ることすらできんのだクソが――――――!!!!」

「あっ、ちょっともうっ、レオ兄さん! 僕の友達をクソとか言わないでよ!」

「と、友達……!? 奴らを友達だと……!?」

「そう、後藤くんも山本くんも飯田くんも友達になったの!」


 確かにリョウも、ユウトが奴らを友達認定していると言っていた。本当にこの弟は奴らを許し、何も気にしていないのだ。

 ……ならば己ももう謝罪を……というか、うさ耳パーカーを受け入れてもいいのではないだろうか……?

 ……いやいや、いかん! 兄として、これまでの奴らの悪行を許すわけには……。


 そうして再び葛藤するレオの手元に、二通目のリョウからのメールが届いた。今度はタイトルも添付画像もなく、一文のみ。


『あいつらがお詫びとして、もこもこのニーハイソックスを追加で同梱してたぞ』


「あああああああああ!!!!」


 叫びつつ、レオは光の速さで鞄の底から包みを取り出し、バリーンと包みを真っ二つに裂いた。そうして出てきたパーカーとニーハイの商品タグも速攻で引き千切る。


「こんなん、許さねえわけにはいかねえだろうがクソがあああああ!!!!」


 レオは目を丸くするユウトに構わずうさ耳パーカーを着せ、ニーハイソックスも装着させた。弟はちょうど部屋着のショートパンツを穿いていたから、完璧な仕上がりだ。ふわもこの白とベビーピンク、マジで似合う。

 それを一目した兄は、その場に膝をついた。


「くっ……可愛いの攻撃力が高すぎて限界突破している……!」

「ねえレオ兄さん、包みを破ってタグも切っちゃったら、返すことできないんじゃないの?」

「分かっているが耐えられなかった! だが俺はあいつらに負けたんじゃない! ユウトの可愛さに負けたんだ!」

「何? どういうこと? ねえ、ちょっと落ち着いて」

「つまり奴らはユウトのおかげで命拾いを……くそっ、抱き心地最高すぎか――――――!!」


 荒ぶる兄を宥めようと、膝をつくレオの頭をきゅっと抱きしめてもふもふする弟が、可愛すぎて癒やしすぎて最高すぎる。

 だめだ、仕方がない、もう観念しよう。ユウトは天使なので己の怒りは昇華されてしまったのだ。(訳:もううさ耳パーカーとニーハイを返す気にならん)

 レオもユウトに抱きつき、もふもふを堪能する。そうして癒やされ、結局兄は後藤たちを粛清対象から外すことになったのだった。

 

 

 

 

 

 それから三年。

 ユウトは高校三年生になった。日本の戸籍上は十八歳だ。

 相変わらず兄弟仲はすこぶる良好で、レオはこの平和な世界に感謝しながら仕事にいそしんでいる。


 この歳になっても、ユウトはちんまりと可愛い。おかげで絡まれやすいのが少々心配だが、学校が中高一貫だったため今もリョウが目を配ってくれるし、さらには後藤たちもリョウがいない時のユウトを気に掛けて登下校を見守ってくれるようになっていた。これはレオとしても嬉しい誤算。あの時粛清しないでうさ耳パーカーを受け取ったのは、やはり英断だったのだ。偉い、俺。


 そんな平和な日本で満喫する今度の長期休暇は、弟との沖縄旅行の予定だ。そのためなら日帰り出張、現場のはしごも何のその。レオはバリバリと働いていた。


(旅行に行ったら、ユウトにはたくさん綺麗な景色を見せてやりたいな)


 まだまだ層の薄いあの子の記憶は、楽しいことや美しいもので満たしてやりたいのだ。その記憶を奪った罪悪感は、五年経った今も未だレオの心の奥でくすぶっている。その一環でいじめっ子も許せなかったのだが、まあそれはもう不問だ。

 これからはもっともっと、兄弟で楽しい思い出を作っていけばいい。


 そう考えて、レオはいつものようにスマホを取り出してユウトの位置情報を確認した。これはレオの精神安定剤みたいなものだ。弟の存在を確認するだけで、兄は気持ちが落ち着く。

 己の世界にユウトさえいれば、レオは生きていけるのだ。




 しかし。

 そんな位置情報のマーカーを拠り所としていた兄のスマホから、その時突然弟の存在は消えてしまったことで、レオの世界は一変した。



完結いたしました。お読みくださった皆様ありがとうございます。

この後、話は異世界最強兄の冒頭へ続きます。そちらも楽しんでいただけると幸いです。

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