誘導と暴走
「サナっさん、また変なもの仕入れてる」
平日の夕方、仕事帰りの未来が呆れたように指さしたのはバックルームの隅に置かれた人型ロボットだった。少し前に携帯電話会社が結構な値段で販売していたものだ。
「いや、これはその……umma4に接続したら面白いんじゃないかと思って」
「ふーん……でも、過去で動かしたら確実に騒ぎになるから気をつけてね」
軽口を叩きながら、未来は買ってきた缶コーヒーを充に手渡す。それが二人の間のすっかりお決まりのやり取りになっていた。
「重ね合わせ仮説」が示されてから、二人の間には以前よりも深く、そして少しだけ切ない空気が流れている。未来が最近「震災前に跳べば母に会えるか」といった話題を口にしていないのも、充の葛藤を察したからだ。
◇ ◇ ◇
そんな静かな日常は umma4のコンソールに決定的な文言が浮かび上がった瞬間終わりを告げた。
Observation completed :
99% |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||. (1 left)
「サナっさん、これ……」
「ああ、多分、タイムスリップはあと1回ってことだろうな」
メッセージを見た二人の間に、重い沈黙が流れた。
「……ねえ、サナっさん」
「うん?」
視線をumma4のコンソールに固定しながらも、震える声で口を開く未来。
「A6は、タイムスリップ中の私達には干渉できないのよね?」
A6は自らタイムスリップできない。その代わりumma4に現地調査をさせている。
そして、タイムスリップ中のumma4にA6が干渉した形跡はないのだ。
A6はタイムスリップ中の充たちにも干渉できない可能性は極めて高い。
つまり、充たちが何か極端な行動を取ってもA6にはそれを止める手立てもおそらく無いのだ。
充は未来の発言の真意を理解し、目を見開いて未来を見据えた。
が、未来はそれに首を振って答える。
「これでも解ってるつもりよ。今現在母が死んでいるということは、私がどう過去に干渉したところで結果は同じだって」
未来は状況を理解している―― その正確さと深さに充は言葉を失った。
彼女は単にタイムスリップの要点を理解しているだけでなく、過去に跳んだ先での自分たちの行為が持つ決定論的な意味や、歴史に与え得る影響までをも冷静に受け止めていたのだ。
互いの目を見つめ合う二人。
言葉はなかったが、その視線の中にこれまで語られることのなかったそれぞれの想いが交錯していた。
やがて未来が小さく息を吐き、充に微笑みかける。その笑顔はどこか悲しげだ。
「まあ、A6がそんなに都合の良いところに跳ばしてくれたらの話だけどね……」
これまでのタイムスリップで、震災直前の1994年には一度跳んでいる。
そして、二度同じ年に跳んだことはこれまでに一度もない。
1995年の震災直前に跳べるかどうかはかなり分の悪い賭けだ。
しかし、ここで充は未来の決意を受け止めるように深く頷いた。
「できるってことは、やっていいって事だって何かの本で読んだな」
彼自身は心の奥底で、これまでA6に翻弄されるだけの自分たちの状況にずっと憤りを感じていたのだ。
「よし、じゃあ次のタイムスリップ先を誘導してみる」
「できるの?」
「わからん。やってみる」
充は軽く腕まくりをすると、RAGのデータベースから1994年から1995年あたりのデータを意図的に消去し始めた。A6がumma4の持つデータに基づいてタイムスリップ先を決定しているのなら、その期間の情報を欠落させることでA6がその時代を再度観測させようとする可能性が高まるはずだ。
念のため「粟竹コレクション」も、別のストレージに退避させた。
A6の関心を欠損した年代に集中させるためだ。
「そういえば、来月で今年も終わりか......早いもんだな」
充が壁にかかったカレンダーを見ながら呟く。
「恐怖の年末進行が始まるわ。サナっさんは気楽でいいわね」
「むう……ジャンク屋にだって繁忙期くらいあるんだぞ」
未来がカレンダーに目をやった、その瞬間だった。
ぐにゃり、と視界が歪むいつもの世界が塗り替えられる感覚。店内の空気が一瞬で入れ替わり、外の騒音が質を変える。
「来た」
充が短く呟く。未来も心得たもので、すぐに窓の外に目をやった。
街を行く人々の服装は厚手のコート。ショーウィンドウにはクリスマスセールの文字が踊っている。
「12月だな」
テレビをつけるとニュース番組が「次世代ゲーム機戦争」について特集を組んで報道していた。大手電機メーカーの作ったゲーム機と、ゲーム会社の作った新型ゲーム機との一騎打ちという構図だ。
「よし、うまくいった。1994年だ」
充が呟いたその言葉に未来の表情が凍りついた。血の気が引き、その手は震えている。
「未来.....?」
充が声をかけるより早く未来は動いた。弾かれたようにカウンターを飛び出すと、壁にかけてあった車のキーを掴み、車庫へと続くドアに手をかける。
「ごめん!サナっさん!私やっぱり行ってくる!」
未来は車庫に停めてあった充のスポーツカーの運転席に滑り込むと、震える手でエンジンをかけた。低い哮を上げて目覚める3.0リッター直列6気筒ターボエンジン。
「待てよ、おい!」
充の制止も耳に入らない。シャッターは先程ロボットを運び込むのに開いたままだ。
未来は充の顔を一度も見ることなく、アクセルを踏み込んだ。甲高いスキール音を残し、車はあっという間に秋葉原の雑踏に消えていく。
南へ、首都高速の方角へ。




