昭和63年のメディアラボ(前編)
「さあて、ご開帳」
真田充はカウンターの奥で届いたばかりの荷物を開けていた。
中身はベータのビデオデッキが数台。民生領域ではVHSとのフォーマット戦争に敗れたと言われていたが、技術的に1歩も2歩も先に行っていたのはベータのほうだ。生テープの値段が普及率に反比例して高額になってしまい、秋葉原で買うよりも五反田の歩道橋の近くで買ったほうが安かったとか悲しい逸話もあるあるなのだが。
「ベルトなんかのゴム部品はちゃんと交換されてるか。ま、まだ売れるだろ」
今や誰も使わない赤白黄色のRCAコード。それにさらに付随するミニプラグみたいなコードやコントロールケーブルみたいなものもある。リモコンは小さなタブレットほどで、細かいボタンがびっしりだ。
「……これは一度、あのへんの人たちに見てもらわんと分からんな」
ジャンク屋を長年やっていると、常連たちが何を好んで買っているか、何に詳しいかもよく分かってくる。だがビデオ機器は詳しい人が減りつつあるのが充の懸念材料だ。
昔は映画が地上波で放映された時に録画をし、CMをフレーム単位で抜いたりするために高額なビデオデッキを複数買うマニアもいたという。しかし現在はソフトが格段に安い。苦労してCMを抜かなくても数百円で昔の映画なら見れてしまう。
今では丹精込めてCMを抜かれ永久保存版シールを貼られた映画よりも、適当に録画したバラエティや当時のCMのように再放送不可能なコンテンツの方が人気があるのだから皮肉な話。
「それにしても1台30万円もした高級機が今じゃネットオークションで1万円かあ。栄枯盛衰なむなむ」
充がビデオデッキを買い込んだのには理由がある。言わずと知れた、過去に行った際の情報収集のためだ。前回TVチューナーがついたPCをumma4に接続したら、やはりというかumma4はニュース番組を多く学習用データとして取り込んでいたのである。だったら、受信装置は多い方が良い。
「親から言われもしないのに勉強するような子に育てた覚えはないのになあ」
♬ぴぽぴぽぴんぽーん
「何?サナっさん隠し子いるの?」
「らっしゃい。ホント最近よく来るね、沢村さん」
「まあね。来るといろいろと特典はあるし。ていうかそのTVマンみたいな呼び方やめて」
未来の顔が少し不機嫌になる。まあ、演技なのだろうと充は気にもしない。
「はいはい。でもなんだか今日はいつもと違うね?」
「それはきっと、このバッグのせいね」
じゃん!と未来が見せたのはイタリアのブランドバッグだ。小さくて真っ黒なショルダーバッグだが、それが妙に未来の肩に映えている。
「おう、なんか凄いじゃん。高いんだろそういうの?」
「税務署が追いかけてこない、ヤバい金がちょいとありましてね」
そうなのだ。本来競馬で儲けた金額も大きくなれば所得として届けなければならない。充や未来が競馬で稼いだ金は日本国内で発生した所得なので本来なら申告義務がある。だが、申告せずに2025年に逃亡したとしても、脱税としては既に時効になっているし、そもそも充や未来がその金をどうやって得たのかを税務署は証明できない。なんとなれば、充も未来も生まれていない時代なので居住者でも納税義務者でもなく、課税根拠はないのだ。
「まあ、あまり派手な生活をすると税務署が金の出どころを教えてくれって言ってこないとも限らん。俺を巻き込まないでくれよ」
「前向きに検討するわ。それより umma4 の調子はどうなの?」
「ああ、まあ、チョボチョボと分かってきたよ」
NASに間借りさせている友人たちのデータの中で、特にumma4が興味を示しているのは日本の高等教育機関や研究機関が保有しているものを複製し、構造化してまとめてある、通称「粟竹コレクション」だ。杉原と同じく充の友人である粟竹博士が集めたもので、日本各地に保管されている文物に加え、自ら国営放送の取材に同行して得たシルクロード関連の映像データも置かれている。
日本と隣国との仲が良かった短い期間にスルっと行ってきただけあって、「現地の声と顔」が大量に含まれているのが特徴だ。
umma4 、いやおそらくはA6はそのあたりのデータに異常な関心を示しているのだろう。
「ちょっと待ってて。その辺見ててよ」
「言われなくてもそうするわよ」
ふと充は粟竹博士のことを思い出し店の電話に手を伸ばした。彼は四国の大学で教鞭を執っているはずだ。粟竹があちこちに頭を下げて集めたあのデータが今、学会や国際関係上どのような立ち位置になっているのか?
数コール後懐かしい声が聞こえてきた。
「粟竹ですが」
「粟竹博士のお電話でいらっしゃいますか?私、真田と申します」
「充か!どうしたんだ急に。妙に丁寧で気持ち悪いぞ」
「いやどうもこうもないよ。博士のデータコレクションと映像コレクション、これだいぶ長い間預かってるけどどうするんだ?」
「ああ、それな。悪い、もうちょっと預かっておいてくれ。引き上げるにしても先立つものがさあ」
「お前も杉原と同じかこの野郎」
減らず口の応酬とは裏腹に、充は粟竹の元気な声を聞いて安堵していた。
「そんなことのために電話をかけてきたわけじゃないだろう?どうした急に?」
「ああ、実はな」
充は、自分のカスタム拡張したAIが粟竹コレクションを学習データとして使い始めてしまった、どうもそちらの方向への学習意欲が高いらしい、といった内容をいくらかはぐらかしながら説明した。
「そうか。まあ、お前の個人的なAIなら学習でもなんでもしてくれ。外に出す時には俺の名前は使わないでくれよ?シルクロードの道中の国には説明無しで入境拒否やら身柄拘束やらをする国が複数あるからな。それと、特に映像は絶対に失わないでくれ。分かってると思うが過去の映像は失われたらそれっきりだからな」
充は吹き出しそうになった。先ほど自分でもビデオデッキを見て同じことを考えていたのだ。
そう、消してしまった映像は泣いても笑っても手元には帰ってこない。
「……お前は、お前のコレクションがどこかの国にとって都合が悪いってことが分かってるんだな?」
「まあな。だから最近はもう東アジア研究から手を引いてるよ。今はオーストラリアの歴史なんかを研究してるぞ。そうだ。真田も一緒にフィールドワークに行かないか?主に金づる(スポンサー)として」
それなりに長い付き合いだ。充は粟竹が無理をしてカラ元気を出しているのだということは想像がついた。
「判った。フィールドワークには行けないけど、何か変わったことがあったら相談してくれ」
「ん?変わったことは起こる予定もないけど。こっちは相変わらずだよ。大学の講義して研究室でデータ整理してたまに学会に行って。平穏そのものだね」
「何よりだ」
A6の正体も目的も皆目分からないが、自分のせいで粟竹に迷惑がかかっては不味いと充は考えている。充自身はタイムスリップ先でそれなりにエンジョイできているし、なんなら綺麗な女性も同伴して競馬でウハウハなわけだが、粟竹博士にはそんな役得はないのだ。
「そういやあ、京大の知り合いで常住ってやつが神田明神に詳しいやついないかって聞かれたんだけど、お前を紹介していい?」
「別にいいが、近所に住んでて神田祭りで神輿担いでるだけだぞ」
「まあ、俺が知る中で神田明神に一番近いところに住んでる博士課程経験者はお前なんだよ。連絡行くと思うわ。よろしくな」
電話を切り受話器を置く。充は受話器を置いたまま、小さく息をついた。粟竹が元気そうで何よりだ。
充は粟竹との会話の内容を反芻した。粟竹の声は本当に何も知らないといった様子だった。となれば、粟竹コレクションのデータがA6とumma4の争点になっているのは充だけが知る事実だ。その隔絶が今は粟竹の平穏を守っている。
(このまま、A6が収まってくれりゃいいんだけどな)
充は深い溜め息を一つついて、天井を仰いだ。




