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漂流ジャンクショップ  作者: にゃんきち


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21/53

昭和59年の駄菓子屋の危機(後編)

いろいろお騒がせしました。


翌日、真田無線には再び軽快なサンダルの音が鳴り響いた。


♬ぴんぽんぴんぽーん


「らっしゃい」


「来たよ。例のハーネスの仕様書って、これで合ってるかね?」


女性がバッグの中から取り出したのは、オレンジ筐体のハーネスとコネクタの仕様書だ。

充は一目見るなり頷いた。


「これなら変換コネクタ使えそうですね。週末までに調整して持っていきますよ」


「助かるよ。ちょっと新しめのゲームなら、多目にもらっても文句出ないしねぇ」


女性はニンマリと笑って充の顔を見上げる。


「そうですね。それと、今日はもう一つご提案があるんですよ」


「ああ、昨日言ってたやつだね。聞こうじゃないの」


未来みくが小さな丸椅子を差し出すと女性はそこにどっかりと座った。


「これなんですがね」


充が奥から持ってきたのは一辺が30cmほどの立方体の箱だ。2つある。


「瞬間湯沸かしポット『リファール』。要は電気ポットです。すごく早く湯が沸くんでカップラーメンなんかにぴったりですよ」


「へえ、瞬間て、そんなに早く沸くもんなのかい?」


「1分で沸かせます。やかんや鍋で沸かすよりもずっと早い。我慢できない現代っ子にはこれが一番ですよ」


充は奥のバックルームへ行き、小さなやかんに水を汲んできた。ポットのふたを開けて、中にそっと注ぎ込む。


「いま水がこれくらい……これでカップラーメン2個分くらいでしょう?」


「ああ、それくらいだね」


電気ポットのコードを延長タップに差し込み、カチリとスイッチを押す。

ほどなく内部からかすかな音がしはじめ、そしてゴボゴボと賑やかな音に。

湯気が蓋のすき間から立ちのぼって来ると女性の顔にわずかな驚きが浮かんだ。


「ほんとにすぐなんだね……へえ、こりゃすごいわ」


「でしょう? 電力食うんでアンペアは確認しといて欲しいところです。お客さんが来てから沸かしても、これなら待たせることがほぼありません。お客さんが財布を出した時にスイッチを入れたら、蓋をめくった頃には湯気が立ってますよ」


女性は充の話を聞いて、声を上げて笑った。


「あっはっは。カップラーメンのフィルムは不器用な子ほど剥がすのに苦労するしね。でもいいのかい?こんな気の利いた道具、高いんじゃないの?」


「新品で、一台二千円ポッキリ。ここに二台あります。ただし、保証も修理もなし。うち、そういう店なんで」


未来みくが少し前に出て、女性が見つめるポットのスイッチを指差す。


「操作は見てもらった通り簡単。スイッチは1つだけだし、コンセントがあればどこでも使えますよ」


「これでコンビニと、少なくとも土曜日の昼にはいい勝負ができるんじゃないですか?」


充が畳みかけると、女性は軽く首を回し、やがて意を決した。


「よし、じゃあこれ、使ってみよう。コンビニに一泡吹かせてやれるんなら四千円なんざ安いもんだ。あとは仕上げを御覧ごろうじろ、だね」


「じゃ、これと、ゲーム基板が1枚、ASSOと変換ハーネスで10万円ね」


「ちょ……ちょいとお待ちよ!そんなにすんのかい?」


「最新型ですよ?結構儲かると思うんですが……じゃあこっちのゼキュースはどうです?こっちなら5万でいいスよ」


「年寄脅かすんじゃないよ、心臓止まっちまうだろ!何考えてんだい。あーでもこの際だ。10万の方もらっとくよ」


「じゃ、こっちのポットはサービスで。ASSOはまだ1ゲーム100円取れると思うよ」


手を振って去っていく女性の背中を二人はずっと見送った後、未来みくがぽつりと呟いた。


「はー……真田無線にジャンク目当てに買いに来るお客さん、昭和こっちでは初めて見たわ」


「いや、悩み事相談以外のお客さんだってウチ目当てに結構来てくれてるぞ。そうでなければ真田無線はとっくに無くなってるだろ。親父やその前の代からここにあるんだし。」


「てことは、親子三代ジャンク屋なわけ?」


「……どうなんだろうな。一応新品も扱ってはいるんだけど、駅前の店みたいに商売は上手じゃなかったみたいだ」


充が不貞腐れた顔で未来みくから顔をそらした。


「……商売が下手ってのは解る気がする。ま、今回はアレよ。サナっさんの目論見がうまくハマるといいね」


「まあな。あの人のしたたかさがあれば、何かしらうまくいくだろ」


*  *  *

──残暑厳しい秋葉原、九月上旬の昼下がり。

現代への帰還が叶わぬまま、数日が過ぎていた。


エアコンが効いた店内で、未来みくがスティックタイプのドリップコーヒーを二つ分、マグに落としていた。カップをひとつ、レジの奥にいる充に押しやる。


「サンキュー……あっついな、今日も」


「令和では海側に高層ビルをいっぱい立てて、海風をさえぎってたからって言われてるけど、昭和でも普通に残暑は厳しいわね」


「確かに……いや、いくらかマシだとは思うけど。テレビ見てても、暑くて人が死んだとかいうニュース聞かないし」


「……ネットがないとほんとにTV頼りになるのよね。それもこっちに来て驚くことの一つだわ」


充はモニターの端末を覗き込みながら、紙に印刷された注文伝票らしきものをめくった。


「そういやあ、あの婆さんの店、あの後ゲーム基板届けに覗きに行ってみたけどあのポット使ってたぞ。ラーメンの回転も少しよくなったって」


未来みくが嬉しそうな顔でコーヒーを啜る。


「そっか。地味に効いてたって感じ?」


「そう。ああいうのが一番しぶといんだよ。一日一杯でも売上が結構変わるしな」


未来みくは軽く頷いて、カウンター越しに外を見た。


「したたかだよね。あのおばあちゃん」


「それが商売ってやつさ」


静かな風が、店の奥の方からそっと吹き抜ける。

未来みくはコーヒーをひとくち啜り、湯気の向こうをぼんやりと見つめていた。


「そういえば、競馬行かなかったね」


「ああ。皇帝と言われるほどの馬が走った年だし、ぜひ見たかったけど、夏はG1レースがないんだよな」


「そんな強い馬だったんならレースがあっても倍率は低かったでしょうね」


「そうだな。多分馬券を買っても今までのようには儲からなかったと思う。その分、あの婆さんから儲けさせてもらったよ」


「何よ……商売上手なんじゃない」


未来みくは店にもともと置いてあった電気ポットを見た。湯気が外に出ないタイプだが、静かに、じんわりと、内部で水が動いている音が聞こえている。


「あ……」


湯沸かしランプが保温ランプに切り替わった時、世界の輪郭がわずかに揺らいだ。 店の中は変わらず同じなのに、空気の密度だけがほんの少し、現代へ戻っていた。


*  *  *


「……ただいま……」


二人が帰ってきたのは殺人的な暑さの2025年8月の終わり。

過去との行き来を何度も繰り返したせいか、もはや気を失うこともなく、頭が重くなることもない。

人間の適応能力の大きさに充は感謝せずにはいられなかった。

それは未来みくも同様だ。


「でもさ、不思議じゃない? ここ最近ずっと違う時代に行ってるのに、どの時代も一度も被ってない」


充は少し考えてから、苦笑いを浮かべる。


「確かに。狙ってできるもんじゃないのに綺麗にバラけてるよな」


「ね。昭和40年代、50年代……この間は昭和52年か。次はどこに行くんだろう?」


「年号の並びなら、そろそろ平成初期とかか?」


「うーん。バブルの時代ってちょっと派手すぎて苦手かも。真田無線、似合わなさそう」


的確な感想。充の顔に苦笑いが浮かぶ。


「じゃあ、逆に戦後すぐとか? 電気もままならない時代に、AIサーバーなんか持ち込んだら──」


「だめだめ、それは歴史改変の元よ」


ふたりは顔を見合わせ、ふっと笑う。


「ま、次にどこへ飛ぶかは、風まかせだ」


「……本当に風まかせなのかしら?」


「どういうこと?」


不意に表情を曇らせ腕を組んでみせた未来みくの姿に充の眉がピクリと動く。


「なんかこう……意思のようなものを感じない?上手く言えないんだけど」


「こちらから干渉できない意思はたとえ理解できたとしても重荷になるだけだぞ」


「あっ……」


そんなことはとうに充も気づいていたのだ、と未来みくは己の不明を恥じた。

どう考えても人間二人を過去に送り込むなど、人間業ではない。

人間でないものの意思を推し量っても、それが正解かどうかなど分からないのだ。


充が黙ってコーヒーに口をつけると、ドアの向こうに人影が見えた。


♬ぴんぽんぴんぽーん


「らっしゃい」


真田無線は、今日も平常運転を続けている。多分この先も。


未来みくはふと考えた。このところのタイムリープは必ず二人が揃った時に起きている。

――自分が真田無線ここに来なくても、充は過去に行けるのだろうか

* ASOいいですね。皆さんスターファイターでしたが私はASOとガンプの謎でした。

* 割と気をつけないとヒューズ飛びますよね。ご用心。

* カップラーメンって「沸き立てのお湯じゃないと美味しくない」って主張がよくありますけど、実際どうなんでしょうね?100℃じゃないとダメなんですか?98℃じゃダメなんですか?

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― 新着の感想 ―
本編の感想と関係なくて恐縮ですが、人類が増えすぎたので〜の作者様だったのですね。 あれは本当に面白かったです。
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