029 盗賊ギルドのリーダーの特殊な能力が恐ろしいです
一時間が経過し、私は盗賊の一人に呼び出され再び手錠と目隠しを付けられた。
そしてそのまま暗闇の中で洞窟内をゆっくりと歩いていく。
耳を澄ますと何か虫の足音や動物の羽音が洞窟内に響き渡っているのが分かる。
「くく……気付いたか? 逃げようなんて考えない方が身のためだぜ。俺らと一緒だからお前は襲われずに済むんだからな」
「……」
下っ端の盗賊の言葉には何も答えず、私はただ黙々と歩いていく。
恐らく盗賊らはセフィアが持っていたようなモンスター除けのアイテムをあらかじめ用意しているのだろう。
つまり盗賊のアジトは『モンスターが徘徊するどこかの洞窟』ということになる。
ハインドラルから馬車でそう遠くない場所にある洞窟となると、ある程度は場所が絞られてきそうだ。
「着いたぜ。頭に気に入られたきゃ、目一杯色気でも使うんだな。くくく……」
男の笑い声に嫌悪感を感じたが、今はそれを胸の奥に閉まっておく。
今はただここから脱出する方法か、もしくはシャーリーさんに連絡をとる方法を無い頭を絞って考えなければならない。
「失礼します! 使役者の女を連れてきました!」
『入れ』
扉の奥から先ほどの盗賊のリーダーの声が聞こえ、直後に扉が開く音が聞こえた。
背中を押され部屋の中に入れられた私は目隠しを外されたが手錠はそのまま付けたままにするようだ。
「では、失礼します。何かあればすぐにお呼び下さい」
私を連れてきた男はそのまま扉を閉め、外から鍵を掛けた。
部屋の中に視線を移すと、そこは別の扉も窓もない殺風景な部屋だった。
どうやら出入口は一つしかないようだ。
外から鍵を掛けられたということは、ここから逃げ出すことは容易ではないことが簡単に想像できる。
「座れ。いつまでそうして立っているつもりだ?」
「……」
無表情のままそう言う男――確か名前は『ガルミネ』だったか。
私は言われるまま男が座っている椅子の前にあるソファに腰を降ろし、男を見上げて口を開く。
「……手錠は外してくれないの? これじゃ動き辛くて敵わないわ」
「そうか。良いだろう。そのテーブルに置いてある鍵を使え」
ガルミネの言葉通り、ソファの前に置かれた大きなテーブルの真ん中に鍵が一つだけ置いてあるのが見える。
私はガルミネに視線を逸らさないまま、鍵を手に取り手錠を解いた。
――この余裕の表情。
この男は女である私を完全に舐めているのか。それとも――。
「ふっ、随分警戒しているんだな」
「当然でしょう? 貴方の名前――『ガルミネ』って聞いてようやく思い出したわ。『ガルミネ・ドレィシーク』。リュークタウンの出身で元皇国十二勇士の一人であるにもかかわらず、仲間殺しの罪で祖国を逃亡しレべリア共和国に亡命した賞金首。……確か懸賞金は五千万HDを超えていたと思うけれど」
私がそう答えるとガルミネは一瞬だけ驚いたような表情を見せた。
そしてすぐに笑い声を上げて私にこう答える。
「ふふ、フハハハ! これは驚いた! 懸賞金が掛けられたのはもう十年以上も前だというのに、お前みたいな小娘にまで知られているとはな……!」
「……」
ガルミネはしばらく笑い、息を吐いた後に再び無表情に戻っていく。
この男の本心が一体どこにあるのか分からないが、私がリュークタウンの出身であることは伏せておいた方が良いだろう。
――この男の目的は一体何なのだろう。
私を辱める気があるわけでも無さそうだし、これといって敵意を感じるわけでもない。
「一応言っておくが、俺は仲間を殺してなどいない。ありもしない罪を着せられ、国を追われただけの哀れな男だ」
「……そんな嘘を鵜呑みにするとでも思っているの? 現に今は盗賊ギルドを立ち上げて頭なんて呼ばれているじゃない」
「ふふ、まあ信じる信じないはお前の自由だ。人殺しはしていないが、人を売り捌く仕事はしているからな。だが売る人間もいれば買う人間もいるのがこの世界だ。そして、奴らを買っているのが誰なのかも、多少はお前も知っているんだろう?」
「……それは……」
そこで私は口を噤んでしまう。
確かに奴隷を買う人間がいるからこそ、この非人道的な売買が成立しているのだ。
だがこの男の行いは卑劣であり、司法によって裁かれるべき人間であるのも確かだろう。
「俺らが売る行使者は、人間ではなく魔族や獣人族のような野蛮な種族だけだ。戦場に立つことのない金持ちの使役者の中には熟練度など気にせず、『物』として奴らを扱うのが当たり前だという者も多い。それにより得た報酬の半分はレべリア共和国に税として納められ、かの国に住まう貧しい人々の生活を支えている。人々は生きるために獣を殺し、飼育し、それを食す。強き者が弱き者を支配する典型的な構造だ。それと俺達盗賊ギルドがやっていることと、一体何が違う?」
抑揚のない声でガルミネは私の目を見つめたままそう話す。
その言葉を聞くたびに私の心はざわつき、落ち着かなくなってしまう。
このままだと奴のペースに巻き込まれ、いずれ私は洗脳されてしまうかもしれない。
つまり、ガルミネの目的は――。
「答えられないだろう? だが、それで良い。――俺がお前をここに呼んだ理由は、二つ」
椅子から立ち上がったガルミネは私の側に近付き、そして私の顎に手を掛けて強制的に上を向かせた。
その瞳の中に映る私は、ただ狼狽えているだけの小娘だった。
「俺の女になれ。そしてこの盗賊ギルドの一員になれ」
――ドクン。
その言葉を伝えられた瞬間、私の心臓が高鳴った。
駄目だ。これ以上、こいつの話を聞いたら――。
『うわ、お前! どうやって逃げ出してきた!』
『ニャニャン!!』
扉の外から男の叫び声が聞こえ、はっと意識を取り戻す。
ガルミネは私の顎から手を放し、ため息交じりに外に向かって声を上げた。
「どうした? 捕虜が逃げ出したか?」
『い、いえ……。そんな失態は決して――うわっ!?』
ゴン、という衝撃が洞窟内に響き渡り、そして見張りの男の声が聞こえなくなった。
首を傾げたガルミネは自身の持つ鍵を取り出して扉を開こうとした、その瞬間――。
「ニャアァァ!!!」
「!」
物凄い速さで扉の隙間から部屋に侵入してきた動物。
いや、この子は――。
「早く逃げるのニャ!」
「え? あ、う、うん……!」
毛を逆立て、私とガルミネの間に立った獣人族の娘――ミーシャ。
その言葉に突き動かされた私は扉から外に出ようとする。
「ほう? お前、まさか――」
ガルミネがそう言った瞬間、また私の心はざわついた。
今の言葉は私に向かって言ったわけではなさそうだが、それでも奴の言葉には抗えない『なにか』があるみたいだ。
せっかく扉を開いてもらったが、この男から逃げられる気がしない。
このままじゃこの子もいずれ捕らえられ、男らに罰を受ける羽目になってしまう――。
「何をしているのニャ!? もう、仕方ないニャ!!」
「あ、え? うわ――」
棒立ちのままの私を無理やり抱え上げたミーシャはそのまま部屋を飛び出して行く。
しかしガルミネはそのまま動かず、ただ逃げ去る私を部屋の中から見ているだけだ。
――『絶対にお前は俺の元に戻って来る』。
その目はまるでそう答えているかのようだった。




