019 いきなりのボス戦に腰が抜けそうです
「ち、ちょっと……! 何なのよ! こっち来ないでってば……!!」
滝まで到着した私達は暗がりの中、崖の上に視線を凝らします。
そこには一本の大きな木が斜めに生えており、その太い木の幹に跨ったまま少女が悲鳴を上げていました。
魔道服に身を包んだ彼女は、若干サイズが大きめな魔術師の帽子を押さえ何かに怯えているみたいです。
『ユウリ……! あの木の上です!』
「上……? げっ!!」
崖の上の木の、更に上空に視線を凝らすと、そこに馬鹿でかい怪鳥が暗闇に目を光らせて飛んでいるのが見えました。
うわぁ……。あれたぶん鵜飼怪鳥の親玉とかなんじゃないかしら。
完全に目の前にいる卵泥棒に殺意を抱いている御様子ですね。
「誰かいるの!? 良かったぁ~! 早くこの鳥を追っ払って――げげっ!?」
安堵の溜息を吐いた少女だったけど、私の顔を見た瞬間にさっと顔を隠しました。
いやいやいや。もうバレてるから。泥棒中二病少女よ。
『ギョエェ! ギョエギョエェ!』
『ユウリ! ここは一旦彼女を捕えるのは後回しにして、あの鵜飼怪鳥を……!』
「うん。まあ仕方ないよね。……でもあの子、確か魔除けの藁人形を持ってるって言ってなかったけ。なんで怪鳥に襲われてるんだろう……」
『はい。可能性は二つ考えられますわ。一つは魔除けの藁人形の効果時間が切れてしまったこと。効果時間が切れてしまえば緊急時に藁人間を召喚することも不可能となってしまいますわ。もう一つは、あの巨大な鵜飼怪鳥には魔除けの効果が現れない可能性です。各地に無数に存在する冒険目的地には、稀にボスモンスターが存在することが派遣傭兵団により報告されておりますから、その線のほうが濃いかもしれませんね』
「ち、ちょっとぉ! そこのおばさん! ブツブツ言ってないで、さっさと助けてよ!!」
「……おば、さん?」
ほらきた。かっちーん来たよこれ。
三十路前の女性に最も言っちゃいけない言葉をさらりと言ったよこの中二病少女。
はいもうこれお尻ペンペン百叩きの刑が確定。
もう泣いても喚いても絶対に、ぜーったいに許さないんだから。
『ゆ、ユウリ……?』
「あーもう分かってるって! 先にあの怪鳥をぶっ飛ばしてから、ね? ……でも勢い余って拳が滑ってあの子を殴っちゃったとしても、それはそれで不慮の事故というか、あの子の【LUC】の数値が低かったんだなー残念だったなーくらいの解釈をしてもらえれば、人権団体に未成年に対する虐待みたいな捉え方をされなくて済む可能性も無きにしも非ずで――」
「聞こえてる聞こえてる!! ごめん、ホント!! あんたの財布はちゃんと返すから、あの鳥をどうにかして!! お願いだから!!」
『ギョギョギョエエェェ!!!』
「ひいぃぃぃ!?」
少女を目掛けて急降下してきた怪鳥。
私はそれと同じタイミングで崖の端に出っ張っていた岩を蹴り、上空に飛び上がります。
『ユウリ! 魔剣ディアブロスを怪鳥に向かって投げてください!』
「おっけー!」
シャーリーさんに言われたとおり、跳躍したままの勢いで腰に差した魔剣を抜き、目一杯の力を込めて怪鳥に投げつけます。
『ギョギョ!?』
見事に怪鳥の左翼に剣が刺さり、奴は軌道を変えて再び急上昇していきます。
その間に私は巨木の幹にそのまま飛び乗り、中二病少女を抱えて河原に向かって飛んで救出成功。
「す、すごっ……。あんた、その装備は一体……?」
無事に救出された中二病少女は震える声で私を見てそう言います。
今すぐお尻ペンペンをしたいところなのは山々なんだけど、今はそれどころじゃないから自重します。
『ユウリ。怪鳥のステータス情報を開示してください』
「はいはーい」
私は左手を自身の胸に当て、上空で奇声を上げ続けている怪鳥を凝視します。
一瞬だけ視野が暗くなった後、すぐに対象のステータス情報が浮かび上がってきました。
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【Rare】 SSR 【Name】 鵜飼怪鳥☆ 【AB】 天 【SL】 100/100
【MS】 鳥類型 【NDA】 棘のある翼、鋭利なクチバシ、毒針 【RDA】 彫金魚
【HP】 498/498 【SP】 128/128 【MP】 35/35
【ATK】 115/115 【DEF】 140/140 【MAT】 87/87 【MDE】 55/55
【DEX】 42/42 【AGI】 90/90 【HIT】 76/76 【LUC】 23/23
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「うげ……! ランクがSSR!?」
『……やはりこの渓谷エリアのボスのようですね。名称の横にある星のマークがその証です』
「HPも500近くあるし……。攻撃も防御も、それ以外の数値も全部私達より遥かに上……。か、勝てるのこれ?」
さっきまでの勢いが消え去り、私は早くも逃げたいモードに変わります。
勝てない相手と戦って誰も幸せになんかならないし、出来るだけ痛い思いをせずに人生を謳歌するのが私のモットーだし……。
……ていうか、逃がしてくれるんだろうか。この激高した怪鳥が……。
「な、何をビビってるのよ……! さっさとあの怪鳥をやっちゃってよ!」
「いや普通に怖いだろアレ! ていうかお前が指図するんじゃないっつの!」
ギャーギャー騒ぐ中二病少女はそれでも足が震えて上手く立てないみたいです。
いやいやいや。そういうの見ちゃうと私の足も震えてきちゃうからやめてください……。
『落ち着いてください二人とも。セフィアさんは行使者ですから、私の声は聞こえておりますね?』
「え? あ、うん。聞こえてるけど……」
『あの怪鳥はすでにターゲットをユウリに変更しております。貴女はあそこにある岩陰に隠れて、敵の視界に入らないようにしてください。それと、魔除けの藁人形の効果はまだ続いておりますか?』
「うん。まだ効果は持続しているはず」
『ならば岩陰に隠れた直後に、藁人間を召喚してください。怪鳥のターゲットがユウリに変更になったことで召喚が可能となったはずです』
「わ、分かった……!」
シャーリーさんの指示を聞き、どうにか震える足で立ち上がった中二病少女。
もう完全にへっぴり腰になってるけど、岩陰まで歩く分には問題無さそうです。
『ユウリ。相手はSSR級のボスモンスターです。しかし全く勝ち目が無いわけではありません。ユウリは敵の属性を確認しましたか?』
「うん。天属性だよね。……ってことは?」
『そうです。先ほど魔剣を投げて頂いたのは、神剣を手元に残しておきたかったからですわ。神剣ゼクスブレイバーは天属性キラーを付与した武器――。現時点での我々の攻撃力は50ですが、相手が天属性である場合はその五倍――攻撃力が250に上昇致します』
「マジで……!? ええと、相手の防御力が……140! いけるじゃん! ダメージ与えられる……!!」
まさかの勝機に希望が蘇ってきました……!
まだオルビススライムとしか戦ったことが無い新米冒険者なのに、いきなりSSR級のボスに勝てるかもしれない……?
『ですが、それでも相手の強さのほうが格上であることに変わりはありません。一撃でも攻撃を喰らえば即死級のダメージを受けてしまうでしょう。……そこであれを利用します』
シャーリーさんの言葉と当時に、岩陰に隠れた中二病少女が藁人間を召喚しました。
河原に放り投げた藁人形がグングンと成長し、私の身長の三倍はあろうかという巨人が出現します。
「……そうか! あの藁人間を盾に使って、その隙に怪鳥を攻撃するってことか!」
『はい。藁人間は攻撃行動はほぼ行わない代わりに、敵モンスターのヘイトを一身に集める効果があります。今、彼女が藁人間を召喚したことにより、さらにターゲットがユウリから藁人間に変更したことでしょう。あとは怪鳥が上空から滑空し、藁人間を攻撃するタイミングを見計らって反撃すれば――』
「おおっし!! そういうことなら任せて!! 得意分野!!」
誰かの影に隠れておいて、相手が油断してるときに、叩く!
これはめちゃくちゃ気持ちええやつやんか……!
『……ユウリ』
「……あ、はい。ごめんなさい。ちょっと邪な考えを……」
シャーリーさんに脳内を読まれ、私は小さい声で謝ります。
――てなわけで。
とりあえず怪鳥が藁人間に攻撃を仕掛ける瞬間をじっと待つことにしました。




