010 借金を返すためにコスプレをすることになりました(?)
「あっはっは!! こりゃたまげたわ、本当に……! こんなに腹がねじれるほど笑ったのは久しぶりだよ……!!」
職業紹介所の門を潜った瞬間、施設内に響き渡った豪快な笑い声。
仕事を求めて集まって来ている冒険者らは、何事かと興味津々の様子で私達に視線を向けています。
「あの泣く子も黙る皇国十二勇士最強の行使者、『シャーリーレイド・オルタナティヴ』が、女と結婚だって……? あんた百回も離婚して頭がおかしくなったんじゃないのかい? しかもこんなにひょろい使役者と……!」
そう言いお腹を抱えてひいひい言っている赤い長い髪がトレードマークの受付嬢。
この人がシャーリーさんの古い友人で、同じく皇国十二勇士の一人、『リーザ・セルフィード』さんらしいです。
パッと見、行使者というよりも使役者のほうが向いてるんじゃないかって思うくらいに長身でがたいが良すぎるから、ちょっと怖いんですけれど……。
「……リーザ。私のことはどう言おうと貴女の勝手ですが、ユウリのことを貶めるおつもりならば――」
「おっと。悪い悪い、そういうつもりで言ったんじゃないよ。あたいも口が悪いからね。そっちの――ユウリ、だっけ? あんたも気を悪くしたんなら、この通り、謝るさ」
「いいいいやいやいや! 頭上げてください、リーザさん……! 困ります……!!」
慌てて駆け寄った私はカウンター越しに彼女の肩に手を掛けて話します。
うわ、めっちゃ筋肉固い……。この人、合体しなくても一人で戦えるんじゃないの……?
「へえ……。随分と腰の低い使役者だねぇ、あんた。気に入ったよ。……で? わざわざあたいに結婚の報告に来たわけじゃないんだろう?」
頭を上げてくれたリーザさんはシャーリーさんに向き直り、さっそく話を切り出してくれました。
でもまだ周囲に他の冒険者たちが野次馬っぽく集まってるから、割の良い高額バイトを紹介してくれとは言い辛いです……。
「ええ、まあ。今日はレイングルックさんはいらっしゃらないのですか?」
「旦那かい? ああ。今日は議会から招集が掛かって、本土に向かっているよ。なんでも近々、皇国十二勇士のうち半数を集めて、大規模な反乱因子狩りを行うそうだからね」
「反乱因子狩り?」
リーザさんの口から聞きなれない言葉が出てきたので、私はつい聞き返してしまいました。
反乱因子なんて物騒な単語はこれまで三十年近く生きてきて、ほとんど聞いたことがなかったし……。
「……最近、勢力を増やしているという反権力組織ですね。首謀者が誰なのか未だ判明はしておりませんが、噂では皇国の要人に近しい者が関わっているとのことですが」
「ああ、その通りさ。だから議会も躍起になって首謀者探しを皇国十二勇士に依頼してきたわけさ。このことが世界に広まっちまったら厄介なことになりかねないからねぇ」
そう言い深く溜息を吐いたリーザさん。
そうこうしているうちに野次馬が散っていったので、話を本題に戻します。
「あ、あのぅ……。急な話で本当に申し訳ないんですが――」
カウンターににじり寄り、リーザさんの耳元で小さい声で事情を説明する私。
ここで良い仕事が貰えなかったら、本当にシャーリーさんに頭を下げてお金を貸してもらうくらいしか方法が思い浮かばない……。
でも、それだけは私のプライドが許さない!
ニートにだって譲れない想いとかあるんだから……!
「……へぇ? なるほどね。事情は良く分かったよ」
「どうでしょうか? 難しい相談であることは重々承知しています。ですが、ラロッカ村のみならず、皇国中のありとあらゆる業務依頼を管理・把握している貴方達夫婦でしたら、何かご紹介していただけるはずだと思ったのですが」
「あはは! 言うねぇ……。まあ、あるっちゃあ、あるんだけどね」
「あるんですか!?」
その言葉に喰いつく私。
もうこの際、手付金を期限までに稼げるんだったら、何でもやったる! どんな重労働でも!!
「だが普通の業務依頼じゃないからねぇ。あまり言いたくないけど、あんたら、まだそんなに愛を育んでいないだろう? そのレベルで魔獣や幻獣の捕獲や討伐は無理だから、希少業務依頼になるけど、いいかい?」
「もう何でも可です!! 是非、やらしてください!!」
「……まさか、その希少業務依頼は……」
「? シャーリーさん、何か知っているんですか?」
何故かシャーリーさんの顔が少しだけ強張っているように見えます。
うーん……。アレかな。違法臓器販売とかだったら嫌だけど……。
そんなんだったら身体を売った方がマシな気がするし……。
「その『まさか』さ。依頼主は『サーマリー・ゲヘレス伯爵』。隣町ハインドラルに住む大金持ちで、変わり者で知られている奴だ」
「え? 伯爵様? 大金持ち? それってすごく良いレアクエストなんじゃ――」
そう言いかけた私にリーザさんは募集広告の紙を見せてきます。
ええと、なになに……?
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皇国に住む美女・美少女の皆様! そうです、私がサーマリー・ゲヘレスです!
今回募集させていただくのはこちら!
『第三回、皇国に住む清楚で御淑やかな美女・美少女のコスプレコンテスト』でーす!
皆様のおかげで好評を博し、ついに第三回目の開催と相成りました!!
自薦他薦は問いません! 我こそはという美女・美少女の皆様!
是非ともご応募をお待ちしております!!
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「…………」
「報酬は前金で五万HD。コンテスト終了後に残りの五万HD。計十万HDが一日で稼げる仕事さ。まあ金持ちの余興なんだけれど、参加する者があまりにも少なくてねぇ」
「いやいやいや。なにこれ」
「……前回、前々回とも噂ではあまりにも悲惨なコンテストで、参加者のうち数名はあまりの恥ずかしさに祖国を亡命したとか、しないとか」
「そこまで!? いや、ていうか、これは無理でしょう。私三十路前だし、そもそも美女枠でも無いし――」
「そこは大丈夫さ。言っただろう? 『変わり者』だって。この伯爵の好みは誰にも理解されないらしいからね」
「あ、大丈夫なんだ。……大丈夫って何が?」
リーザさんの言葉の言い回しがちょっと気になったけど……。うーん……どうすんのこれ。
でも前金で五万で、参加するだけで残りの五万が貰えるんだよね……?
「……ちなみに、募集枠は一人でしょうか?」
「へ? まさか、シャーリーさん――」
「いや、二人分残ってるよ。二人なら、一日で二十万HDだね」
「ならばやりましょう。ユウリと一緒ならば、私はどんなことでも乗り切って見せますわ」
「いやいやいやいや!! 駄目だって、それは!!」
私は全力でシャーリーさんを止めました。
でも彼女の目は焦点が合っていません……。
戻って来て! シャーリーさん!!
「あはははは! じゃあ決まりだね。出発は午後の馬車便。送迎費はうちで持つから安心しな」
「ちょ、まだやるって決めたわけじゃ――」
「あんたも使役者だったら覚悟を決めな。嫁に恥を掻かせるもんじゃないよ」
「清楚なコスプレ……。御淑やかなコスプレ……。ユウリとこれからも愛を育むためには、必要なこと……」
「シャーリーさん!? 目を、目を覚まして……!! シャーリーさん!!!」
――というわけで。
何故か私はシャーリーさんと一緒に隣町ハインドラルまで行って、コスプレコンテストに参加する羽目になっちゃいました。
三十路前なのに……。なんの罰ゲームなんでしょうかこれは……。




