9:遊女にもランクはあるんだよな……
「いやいや、とんでもない事になったなぁ……」
「いいじゃないか、結果オーライだ」
「そう言う問題じゃないんだが……」
「とりあえず、今後の方針について軽く決めようか」
「相変わらずマイペースで話すなお前は……」
俺と成剛は、座ってから今後について話すことになった。
まさか江戸時代にきてしまっただけではなく、働く先が飯盛旅籠になるとは思わなかった上に、奉公人や丁稚という下っ端ではなく、ある程度部下をまとめ上げる手代として採用されるとは……。
ここまでとんとん拍子に進めていけたのも成剛がいたお陰だ。
下手をすれば、今頃岡っ引に捕まって牢獄に入れられてしまっているケースもあり得ただろう。
そう思えば、奇人ではあるが咄嗟の対応に優れている成剛と一緒に行動したお陰なのかもしれない。
そして何よりも、仁十郎さんが俺たちの保証人として、身分も保障してくれるというのは実に有り難い話でもあった。
「……とはいえ、とりあえず仁十郎さんが俺たちの保証人になってくれるのは有り難い。お陰で服に着替えたら最低でも不審者扱いはされずに済むな」
「全くだ。仁十郎さんは少なくともこの辺りの飯盛旅籠の中でも比較的大きな店を構えている人みたいだからな。大見世クラスかもしれんから、きっと人手も欲しいといったところかもしれん……」
「……大見世クラス?それってなんだ?」
「飯盛旅籠におけるランク分けみたいな感じかな、小見世、中見世、大見世の順で遊女と遊ぶ値段も変わってくるんだ。多分明日ゆりさんから教わるとは思うけど、予習がてら勉強しておくか?」
「お前から遊女の勉強を教わることになるとはな……頼むわ、遊女については詳しく知らなくてな……」
「よっしゃ、それじゃあメモ帳に纏めておけよ。そうすれば明日から仕事を行う際に戸惑うことも減るだろうからな」
成剛の話を聞くために、手提げかばんからボールペンとメモ帳を取り出した。
まず、成剛がこの七本屋が大見世クラスだと語った根拠を教えてくれたのだ。
「まず、根拠としては店の大きさだな。ここに入る時、店の大きさを測ったか?」
「いや、流石にそこまで目が回っていなかったわ。どのくらいの大きさだったんだ?」
「ざっとだけど、この七本屋の大きさは隣にあった別の旅籠の倍近く大きかったぞ?それに、みやさんが客引きをやっていたけど、みやさん以外にも客引きをしていた女性が3人もいたからな」
「3人?!そんなにいたっけ……?」
「七本屋のロゴが入った服を着ていたのを俺は見逃さなかったからな」
「観察眼すげぇな……」
「俺でなきゃ見逃しちゃうかもしれなかったからな。ま、板橋宿では女性が客引きをしていたけど、この客引きの人数が多ければ多いほど、それだけ遊女の数も多いし、店としてのランクも上というわけだ」
大見世クラスになれば、その分ランクも上になっている関係で遊女の数も多い上に、そうした遊女を下支えしている男性従業員もまた数も多くなるという。
それでも成剛が断定したのはこれ以外にも理由があるようだ。
その理由を尋ねる。
「そんなに大きいのか?いや、七本屋って大見世クラスだって証拠は他にあるのか?」
「ん?しっかり見なかったのか?俺たちがさっき会った半兵衛君以外にも部屋の奥で男達が雑魚寝していただろ?」
「ああ、確かに寝ていたけど……あれは夜勤者じゃないのか?」
「そうだけど、あれだけの男衆を雇うとなれば、それなりに金もいるし……相対的に遊女として働いている女性も多いはずだ。ランクにも左右はされるけど、遊女1人に掛かる人件費は一分金……小判の四分の一であって、奉公人や丁稚が5人と同じぐらいの値段なのさ……」
「すると……男性のほうが支払う給料や人件費も安いってことか……」
「ほら、江戸は男女の人口比率が4:1だったからさ……男仕事が多かったんだよ」
「成程ね……」
「その分、稼いだ銭をこうした遊女等の遊びに使う機会も多かったというわけだ」
「成程、どおりで吉原だけじゃなくて飯盛旅籠が栄えていたのか分かった気がするヨ……」
飯盛旅籠を含めて、江戸の男性陣が遊ぶ機会が多かったのは人口比率も大きく影響しているようだ。
その分、男性の賃金も大工などの技術が必要な職業は高かったみたいだが、それ以外の職種に関してはまちまちだったようだ。
そうした経緯も踏まえた上で、通貨に関する話題に移る。
江戸時代には小判や大判といった金貨だけではなく、一分銀といった銀貨や、寛永通宝といった銅銭が流通しており、それぞれ読み方や価値も大きく異なる。
成剛は小見世クラスの遊女と大見世クラスの遊女では、料金は倍以上違うという事を説明しながら、通貨の覚え方を教えてくれたのだ。
「一応値段も明日聞くことにはなるけど、大体大見世クラスであれば銀10匁だな。これが小見世クラスだと銀4匁前後だったと言われている」
「……すまん成剛、1匁ってどのくらいの単位だ?」
「あー銭貨でいうところ1匁65文だ。ほら、寛永通宝とか有名な通貨あっただろ?」
「教科書で習ったやつか……確か明治時代になるまで作られていたやつだよな?」
「そう、それが65枚揃うと銀1匁になったわけだ。金1朱が1両の16分の1の価値だったわけだから、4匁で金1朱、4朱揃えば1分金、さらにその1分金を4枚揃えると1両になるんだ……これでレート換算すればこの時代での計算もやりやすいぞ」
「うーん、まだ銭のほうが分かりやすいんだけどな……」
「まぁ、流石にそこまで金銭的な仕事は任されないとはおもうけど、一応頭の中に置いておいたほうがいいぞ」
「分かった。1両が4分金で……さらに金16朱となれば銅銭四千枚というわけだな……」
「そうそう、1両=4分金=16朱=4000銭って覚えればいいよ」
簡単ながらも、とりあえずこれから関わるであろう通貨に関してもメモ書きで残しておく。
ふと、メモを取っているなかで仁十郎さんがどうして俺たちを雇ったのかが気になった。
「しかし、いきなり手代で採用するなんて話だけど、仁十郎さんは本当にいいのかね?俺たちの素性を教えたとはいえ、そう簡単になれる役職じゃないだろ?」
「いや、逆に手代で採用したかったのさ。丁度手代をやっていた人間がパワハラが原因で目が潰れて坊さんになった以上、あの仁十郎さんや番頭役を担っているゆりさんが仕切っていたはずだ」
「……つまり、俺たちの持っている未来知識で切り盛りできるんじゃないかと思っている節があるって事か?」
「それもあるが、やはり飯盛旅籠っていうのは色んな人が集まる場所だからな。少なくとも、俺たちはみやさんが襲われている時に彦七達を撃退しただろ?」
「……ああ、お前さんがスマホで徳川光圀公の真似して印籠出した時は肝を冷やしたぞ、あれは撃退というよりは威圧では?」
「どの道、その事をみやさんが話したら顔色変えたからな……複数人で襲われている相手を撃退したという事も見込んで、店の用心棒としての顔を持たせたいのさ」
「おいおい……俺は喧嘩はてんで駄目なんだぞ」
成剛の分析では、未来知識だけではなく飯盛旅籠の用心棒としても採用したのではないかと言っている。
飯盛旅籠は、女性絡みでお金のやり取りが発生する場所だけに、そうしたトラブルが日常茶飯事であったという。
「飯盛旅籠はその性質上、金貸し屋や博徒が屯するにはうってつけだからな……ここも、恐らくだけど何らかの形で博打関係に手を出しているはずだ」
「賭博……?おい、それはご法度じゃないのか?」
「勿論、大々的にやったら御法度だけど、飯盛旅籠が博打を行う賭場の場所を提供しているケースも多かったんだ。特に板橋宿ではそうした行為がある程度は黙認されていたんだよ。役人にお金を払って売り上げの一定数を支払っていれば不問だったんだよ」
「へぇ~……賭場の会場にもなっていたのか」
「とはいえ、賭場を開くのは小見世クラスの飯盛旅籠が多かったみたいだからな、でも大見世クラスでも賭場が開かれていた記録も残っているし、いずれにしても……仁十郎さんは俺たちの未来知識や技術をそうした方面に持っていく公算もあるんじゃないかな?」
「成程な……いずれにしても、俺たちは仁十郎さんには頭が上がらないわな」
仁十郎さんとみやさんには未来を見せた。
少なくとも、仁十郎さんがスマートフォンの技術ではなく、俺たちの事を未来人として扱う事をためらう様子も無かったことから、役立つように使おうとするのは明白だ。
であれば、俺たちはどうなるのか……。
ただ、本当に大変なのは明日からなのは間違いないだろう。




