第九十八頁 破れかぶれ、あるいは捨て鉢
「アイラ、これはどういう状況なんだ?」
「……私もわかりません」
マシマロとボアちゃんが、グレイス先生とラスカさんにじゃれついている。
もうベロベロである。
服とかも、泥まちれでグチャグチャである。
後で弁償とか大変そうだな。まあ、もうどうにでもなれ……
いや、なんとかなれーー!! って感じなので、もうどうでもいい。いくらでも弁償して、私は最悪バックレる。お金が足りなくてもバックレる。
もう、グチャグチャにしてやる。
「アイラちゃん!! この狼も君の仲間なのかい?」
王子様は、子供の様に目を爛々と輝かせて、私の隣に立ってるユヅキを見上げている。
もう、男の子って皆そう!!
大きい狼がいたら、直ぐにそっちに興味が移る!!
まあ、ええんだけど。
むしろ、いいまである。
「この方はユヅキさん。狼の王様です。王族同士仲良くしてください」
「ユヅキさん!! 少し、触ってもいいですか!!」
「おい、待て!! アイラ!! 王族って、まさか、コイツ……」
取り敢えず、ユヅキさんから目を反らす。
絶対に何してんだって言われるし。
「アイラちゃん! ユヅキさんを触ってもいいですか!!」
「本人に聞いてください!」
「駄目だ駄目だ!! 気安く触れるな!! それより、王族だとぉ!? コイツがぁ!? なんだこれは、どうなってんだ!?」
ふふふ、私が聞きてぇよ。
もう、私の処理できる範疇を越えた。
その時、マシマロとボアちゃんにじゃれつかれていた二人が声を挙げた。
「ア、アイラさん!! 助けてください!!」
「あ、貴女ッ!! こんなことして只で済むと思ってるんですか!?」
思ってない。思ってないから、最後にメチャクソにしてやろう思ったんだ。「飛ぶ鳥跡を濁さず」と言うが、私は「濁す!!」
「ふふふ、もういいでしょう。マシマロ、ボアちゃん!! おいで!!」
私の呼び声と共に二匹がこちらに駆け寄って来た。
ふふ、良い子だ。なんだが、久し振りに二匹の姿が見れて嬉しい。
二匹はこちらに駆け寄って来ると、何故か勢いよくこちらに飛び掛かってきた。
「うぎゃーーーー!!」
「もあ、もあ~!!」
「プギィィ~!!」
違う違う違う!!
私にはじゃれなくていい!!
うわぁ!! 泥でグチャグチャだッ!!
お洋服が!! 《童貞殺し》がッ!!
「二匹は、久し振りにご主人様に会えて、嬉しい様だぞ」
ユヅキさんが、二匹に押し倒され、地面に倒れた私を見下ろしながら言った。
「もあ~」
「プニィ~」
二匹が、私の顔を問答無用でペロペロと舐めてくる。
まあ、可愛いから良いけど……
「で、アイラ。これは一体どういう状況なんだ?」
そう言うと、ユヅキさんは私に顔を近づけると頬を鼻先でつついてみせた。
う~ん、こう皆に会えると、なんだか嬉しいな。アイゼンお爺ちゃんも呼ぼうかな?
「ほら、アイラ。説明してくれ……」
まあ、流石に説明するか。
私は、マシマロとボアちゃんを一撫でして、ユヅキさんに視線を移した。
「実はですね。かくかくしかじかでして……」
★☆★
私は大まかな事情をユヅキさんに話した。
「と言う事になりまして。それで、もう辞めた!! 逃げちゃおう、と思いまして。最後にメチャクチャにしてた所です! もう学園から逃げます!! 普通の冒険者に戻ります!!」
「は、はぁ。それでこれがメチャクチャか……」
その通りである。
私の目の前にいる、グレイス先生とラスカさんが泥まみれで立っている。
これがメチャクチャと言わず、なんと言う。
て言うか、ラスカさんはメチャ睨んでくる。
まあ、仕方ない。当然の所業をしたからね。
ただ……
「それは勿体無いですよ、アイラさん。召喚術は、今現在は殆どが失われてしまった術です。それを使うことが出来る人材は大変貴重です。是非とも学園に残ってください!!」
泥まみれの状態でグレイス先生が言う。しかも、いつの間にかにボアちゃんをその手に抱いている。
そして、当のボアちゃんは彼の腕の中でもスヤスヤと眠っている。
久し振りの出番で疲れちゃったかなぁ?
「僕は良くわからないけど。ラスカちゃんが居なくなるのは嫌だな。考え直してくれないかい?」
と王子様は言う。言うが、チラチラとユヅキさんの方を見ているので、興味の方向がシッチャカメッチャカだ。
さっきまでの私への執着はどうしたんだ?
て言うか、一番の問題はだ……
「その、少し話が変わるかもしれませんが。王子様。貴方、なんで突然グレイス先生に突っ掛かったんですか。どうにか、仲良くしてくれませんか!?」
これが問題なんですよ。
つい先日までの彼とは、別人と言っても良い程に態度が変わっていた。
「正直、意味がわからないんです。意味がわからないから、対処も出来ないんです。だから、せめて理由を聞ききたいんです。どうして、グレイス先生に突っ掛かるのか」
私がそう言うと、彼は明らかにバツ悪そうな表情を浮かべた。
どうにも、太陽の様に爽やかな彼には似合わない表情だ。
正直、見ていて気持ちの良いものではない。
私は、彼に言い聞かせるように呟いた。
「お願いです。王子様…… 話してくれたら、なにか上手い落とし所を見つけられるかもしれません…… ほら、ここには、私達しかいませんから…… ね?」
最後に上目遣いで「お願い♡」とやってみる。上手く出来たか知らんが、甲子園に連れてってくれる位のプルティさは出せたと思う。
私の上目遣いに観念したのか。王子様は渋い顔をしながら口を開いた。
そして、その口から紡がれた言葉は、私の想像を遥か斜め下を行く物だった。




