第九十一頁 太陽の王子様
学園の広い廊下を一人の美青年が歩いている。
金色に髪が歩く度にサラサラと揺れ、朗らかな笑みを浮かべながら、何処かへ向かっているのだろうか。足早に歩いている。
そんな彼を目にした生徒達が、次から次へと彼に向かって声を掛けてくる。
「王子様!!」
「きゃー 王子様、今日も凛々しいお顔立ちで!!」
どこか女生徒の割合が多い気がするが、彼はそんな声を掛けられる度に笑顔を振り撒きながら「ありがとう」など「君も美しいよ」など、歯の浮くようなセリフを吐くと、足早に何処かへと歩いて行った。
そんな彼を追いかけ、幾人かの女生徒が足早に歩き出す。
彼はそんな集団を横目に更に足を速めた。
そして、彼は中庭に出たと同時に跳躍し、学園の屋根の上へと飛び乗ってみせた。
類い稀なる身体能力である。
彼は屋根の上から、自分を追いかけて来た女生徒達が目標を失った様子を確認すると、ウンザリと言った様子で溜め息を吐いた。
「やはり、この気持ちはウンザリと言った所が正しいのだろうな……」
そう呟くと、彼は何故だか嬉しそうに微笑んだ。そして、屋根の上をほんの少し登ると、その場に座りそのまま寝転んでみせた……
ここは彼だけの憩いの場とでも言うのだろうか。ここのみが彼を一人の青年にさせてくれる。
そんな彼の元に一人の少女が不意に舞い降りた。
それは神秘的な美しさを纏う一人の少女だった。
「おや、これは学長殿。何の様ですか?」
「いやなに、おぬしが珍しく女に興味を示したからな。少し、様子を見に来たんじゃよ」
少女はそう言うと青年の隣に腰掛けてみせた。
その光景のなんと絵になること……
一人は眉目秀麗な金髪碧眼、まるで物語に出てくる様な王子のごとき風体をしており。もう一人は神秘的な美しさを纏う少女、まるで精霊や妖精と言った様なたたずまいをしている。
その二人がまるで一つの絵画の中の登場人物の様に並んだ。
そんなおり、青年が少女に向かって口を開いた。
「彼女…… アイラさんは何者なんですか?」
「それは言えんなぁ~ 生徒の個人情報を漏らしたら怒られてしまう」
彼女がそう呟くと青年は「誰が貴女を叱るんですか?」と呆れたように笑った。それを見て、少女もおかしそうにクスクスと笑う。
「いやはや、しかし、女殺しの王子様もアイラには興味津々か……」
「それはそうですよ。あんな娘、会ったことありませんからね。最初は嫌われるのかと思いましたけど、どうもそうでもないみたいで安心しましたよ……」
青年はそう言うと、何かを思い出したのか少女の方に視線を向けた。
「そう言えば、彼女も僕と同じ今期の特待生なんですよね?」
「ああ、そうじゃよ。温厚そうな顔をしておるけど、かなり武闘派じゃぞ。アレは…… 恐らく場数もそこそこ踏んどるな……」
少女はそう言うと面白そうに笑ってみせた。そして、そんな彼女の様子を見た青年は興味津々と言った様子の笑顔を浮かべると、呟いた。
「それは意外ですね。益々、気になって来ましたね。今度、会ったら話を聞きたいですね」
「ふははは! 本当に興味津々じゃな。一部では男色等と噂されていたが、やはり間違いじゃったのかな?」
少女のその問い掛けに青年がずっこけた。
その拍子に青年が屋根からズルズルとずり落ちていく。そして、青年は呆れ果てたと言った様子でその口を開いた。
「まったく、外野の人達は本当に好き勝手言ってくれますね……」
「そうは言っても、おぬし本人も悩んでおったのではないか?」
少女のその問い掛けを他所に、青年はずり落ちた箇所から元の場所に戻ろうと屋根を這いつくばる。そして、這いつくばりながら、彼女の問い掛けに答えて見せた。
「どうやら、僕はウンザリしていただけみたいです。現に彼女…… そう、アイラさんには普通に好感を待っています……」
「ほう、好感を持ってると? それは恋愛感情と言っても良いのかな?」
少女がそう言うと、青年は少し眉を潜め難しそうな表情をしたが、おまむろに口を開いた。
「正直、まだよくわからないんです。でも、彼女と仲良くなりたいと言う気持ちは本当です……」
「ふむふむ、ハッキリせんのぉ! どうなんじゃ、口吸いとかしたいか!? あやつと致したいか!? ハッキリせい!!」
彼女のその言葉に青年は再びずっこける。
そして、そのままズルズルと屋根の上を滑り落ちて行ってしまった。
しかし、青年はその状態のまま言葉を発して見せた。
「が、学長…… そう言うことは普通は言わないでしょ!?」
「そうか? 男の恋とはそう言うものじゃろ?」
「違います。皆、そうと思わないで下さい!! 普通の人に取って恋とはもう少し純真なものなのです!!」
そう言うと青年は溜め息を吐きながら、屋根をよじ登って来た。そんな青年を眺めると少女は少し不適な笑みを浮かべて見せた。
「純真か…… 果たして、おぬしの想う恋とやらは本当に純真かな?」
「ど、どういう事です?」
青年の言葉に、少女は満面の笑みを浮かべながらその口を開いた。
「実はアイラの奴。グレイスの奴の部屋に行って何やらやっておったみたいじゃぞ~ あの娘…… 大人しそうな顔して、結構やることはやっておるのかもしれんの~ ふふふ……」
「!!!」
少女の発した言葉に青年は硬直してしまっている様だ。
そして、青年の僅かに開いた瞳孔と、固まってしまった様子を見て少女は声を上げて笑い出した。
「ハッハッハッハッ!! どうだ青年よ!? これを聞いて、おぬしはグレイスに対して憎悪や嫉妬の感情を抱いたか? そして、アイラに憤怒の感情を抱いたか? もし抱いなら、おぬしは感情は恋と言っても良いのだろう!? だが、それはお前が思っていた程、純真なものか? ハッハッハッ!!」
彼女の言葉が図星だったのか、青年の端正な顔が歪み、僅かに紅潮する。
その表情を見た彼女は満足げな笑顔を浮かべると、おもむろに立ち上がった。
そして、その身体が不意にフワリと浮かんだ。
「ふふふ、さあ、悩め若人よ! そして、このわしを楽しませろッ!!」
「あっ!! なっ、なんて勝手な……!!」
青年がその言葉を吐くと同時に少女は空へと飛び上がり、あっという間にその姿を消してしまった。
青年は今はもう何処かへ消えてしまった少女を見詰める。
そして、自らの歪んだ顔を不意に笑顔へと変えた。
「そうか、これが恋か…… 始めてだな、ここまで何かを欲するとは…… まさか、僕にこんな劣情があったとは……」
そう言うと彼は呆れ果てた様子で笑顔を作ると、空を仰いだのだった……




