第九十頁 デュラン・アルデロス・レイムロック
「僕が王子だってことは知っているんだよね?」
彼の問い掛けに頷いてみせる。それを確認すると、彼はおもむろに語り始めた。
「僕は王宮で産まれ育った。騎士としての剣術を修め。今は学園に入り魔術を学ぶ為にここにいる」
取り敢えず、私は「ちゃんと話を聞いているよ」と言った意思表示の為にうんうんと頷いてみる。それ見て彼は続けて語り始める。
「王宮でも、騎士団でも、僕の事を王子として扱う。皆が皆と笑顔と言う名の仮面を被って、誰しも僕に本当の表情を見せてはくれない」
まあ、そりゃ。王子が相手じゃそうなるよね……
「それは言葉でも同じだ。皆、建前と言う名の壁を作って本心を語ってはくれない。そのせいかな…… 自然と誰が嘘を言ってるのか、御世辞を言ってるか。そして、正論を言ってるかわかるようになってしまったよ……」
そう言うと、彼は悲しげな表情をみせた。まあ、一国の王子様が特有の悩みなのだろう。でも、それはそれで便利で良いじゃん。
「それが、どうしようもなく虚しく悲しいんだ。正論を言ってくれている賢人が、笑顔の裏では僕を恐れていると理解出来てしまうのがね……」
今までの太陽の様な表情とは裏腹に、今の彼の表情は不安げで、何処か危うげな雰囲気を感じさせる。
一般人の私からしたら理解のしようがない悩みだ。きっと、彼の表情の奥では、先程語ったこと以上の悩みや苦悩、葛藤が渦巻いているのだろう。
「誰も、僕を僕としては見てくれてはいない。誰もデュラン・アルデロス・レイムロックとして僕を見ていないんだ。全員が全員、僕の後ろにいる王子と言う肩書きと、権力に向かって話しかけている。だけど……」
「だけど、君は違う……」
そう言うと、彼は私の方をじっと見据えてみせた。
いや、私は普通に王子様として話していましたけどね。壮大なる勘違いだよ……
まあ、そんなの関係無いと言わんばかりに邪険に扱ったから、そう見えたのかな?
「君は僕にそんな態度取ったら、自分の立場が危うくなるとか思わなかったのかい?」
ん? そう言えば、それは思わなかったな? なんでだろう?
「普通ならば物怖じしてしまうものだろ?」
言われてみれば、確かにそうかも……
なんで、私はずけずけと失礼な態度を取れたんだろう?
彼を見るとコチラをじっと見詰め、私が何を言うかと、今か今かと待ちわびている。その眼差しは、真剣その物だ。
決して、急かせる訳では無く。私の答えが出るまで待ってくれている。
その姿勢には誠実さを感じさせられる。
ああ、そうだ。誠実そうなんだ……
真面目で誠実そう。それに始めて会った時も、決して自分の立場を笠に着た様な態度は一切取らなかった。少しばかり、キザっぽかったけど……
あとは少し見ただけだけど、鍛えられた腕。アレは片手間で身に付く物ではない。しっかりと血と汗を流して努力した証だ……
これは本当にただ見た目の話でしかないけど。私は彼が権力を無闇に振るう様な人には見えなかったんだ……
ううむ、人は見た目で判断してはいけないと言うのに、私は迂闊なことをしたな。
彼が見た目通りの人物だったから良かったけど、とんでもない暴君とかだったら危なかったかもしれない。
見ると、彼は今も真面目に、私の口から答えが出るのを律儀に待ってくれている。
その真っ直ぐな瞳で、私の事を真剣に見詰めている。
普通の女の子がこんな表情で見詰められたら、ときめいてしまう所だろう……
そうか、私はまだ普通ではないんだろうな……
よかった、私の中にはまだ“響”と言う一人の人間が生きてるのだろう……
そんな答えが出ると同時に、自分の存在がまだ消えていないと言う希望が突如あらわれたからか、思わず笑ってしまった……
「ふふ。なんとなくわかりましたよ」
「ほ、本当かい!?」
彼はそう言うと、思わずと言った様子でこちらに一歩近づいて来た。そして、速く答えを教えてくれよ、と言った様子で目を輝かせてこちらを見詰めている。
「まったく、そんなに期待するような答えはありませんよ。私には貴方が誠実で権力を無闇に振るう様な人には見えなかった。ただ、それだけです」
「え!? そ、それだけなのかい?」
「はい、それだけです」
そう言うと私は笑ってみせた。
それ以上でも、それ以下でもないよと……
「どうです、期待していた答えではなかったでしょ?」
「い、いや。そういう訳じゃ…… で、でも、本当に見た目だけなのかい?」
おやおや、食い下がりますね。
まあ、見た目だけか、とか言われる拍子抜けだろうからね。
ううむ……
「見た目と言っても、何も貴方の外見だけじゃないんですよ?」
「ん? それはどういう事だい?」
そう言うと彼は真剣な眼差しをこちらに投げ掛けて来た。
きっと、私の言葉を一つたりとも聞き逃さない様にと、必死なのだろう……
「そう言う所ですよ。貴方は真剣に人の話を聞くし。相手の事をちゃんと知ろうとする。少ししつこいですけど、それはしっかり人を人として見ている証拠です。貴族だの、王族だの関係なく。そう言う人が無闇に権力を振るって人を貶めるとは私は思わなかったんです」
「……な、なるほど」
うん、自分で言ってて、良くわかんなくなって来ちゃったけど、こんなんで良いかな?
たのむ、これで良いって言ってくれ!
だけど、そんな私の願いとは裏腹に彼は何かを聞きたそうに更に口を開いた。
もう勘弁してよぉ~
「な、なら他の女性は僕に取り入ろうと躍起になるじゃないか? それに関して君はどうなんだい。どうして、君は他の女性とは違うんだい?」
ん? それは簡単な話だな……
それは、あれだよ……
「まあ、私がどうでもいいと思ってるのが理由の一つですが。貴方は貴方で、そう言うのもうウンザリしてるでしょ?」
「ウ、ウンザリ!?」
私がそう言うと彼は一瞬だけ思考停止した様に止まると、不意に笑い声を上げ始めた。
「は、はははは。そうかウンザリか! 僕はウンザリしてたのか!!」
なんだ、この人? 壊れちゃったのかな? いや、あんだけ女慣れしてるんだ。普通の女の子なんて飽き飽きしてるでしょ……
それに寄って来る女の子も、皆が皆同じに見えるんじゃないの。この人のレベルになると……
もしかして、自覚なかったの?
「す、すごいな君は…… 少し見ただけでそこまでわかるのか……」
いや、別に凄くないでしょ……
ただ見た目で判断しただけだし……
なんなら、間違ってるかも知れないし……
さて、これでもう行っても良いのかな?
私、今日は図書館に生きたいんですよねぇ……
見ると、王子様は未だに一人でクスクスと笑っている。その様は先程までの笑顔とは少し違い、年相応の笑顔の様に見える。
それでも彼の笑顔は太陽の様に眩しく輝いている様に見える。なんとなくだけど、先程までの笑顔より、今の笑顔の方が私は年相応な感じがして、すっ……
うん、もう行こう!
これ以上はボロが出そうだ!
そう思って、歩き出すと彼は私には向かって声を掛けてきた。
「ありがとう、アイラちゃん! また明日ね!」
「ええ!? もう付きまとわないんじゃないんですか!?」
なに言ってんだコイツ、と思いながら振り向くと、王子様は満面の笑みをこちらに向けていた。
その笑顔に思わず怯んでしまう……
「『今日はもう付きまとわない』って言ったんだよ! 明日、また会いに行くからね!」
そう言うと彼は踵を返して何処かへと歩いて行ってしまった。
おいおいおいおい! なんだ?
も、もしかして、私はハメられたのか!?




