第八十九頁 デュラン・アルデロス・レイムロック
焼き立てのパンの香りが漂う食堂で、私はパンを握っていた。
そして、私の目の前には王子様が一人。何かを食べる訳でもなく、私の前に座っている。なぜだか、こちらをじっと見詰めている。
オーク先生の授業が終わってから、何故か、ずっと着いて来ている。本当に勘弁して欲しい、犬じゃ無いんだからさ……
あのオーク先生も苦い顔してたぞ……
くそぉ、先生に聞きたい事とかもあったのに……
「君のその黒髪はとても綺麗で美しいけど。どこの出身なんだい?」
「知りません……」
そう言うと私はちぎったパンを口に放り込む。そして、急いでモグモグと噛んで飲み込む。勿体ないけど味わっている暇はない。
さっさと食べて、この男から離れなければ。
て言うか、なんで着いて来てるんだこの男は……
ストーカーか?
「なんで君のローブのデザインは皆と違うんだい? 学長に頼んだのかい?」
「言いたくありません」
そう言うと、もう一度パンをちぎり口に放り込む。更にスープを一気に飲むと残りのパンを口に詰め込んだ。
そして、勢い良く立ち上がってみせた……
「おっ! もう行くのかい?」
「行きますけど、着いて来ないで下さい」
私はそう口にすると急いでお盆を返却して、食堂を後にした。
すると、やはりと言うかなんと言うか、王子様は朗らかな笑顔で私の後ろを着いてきた。
なんでやなねん!
「待ってよ。君には色々と聞きたい事もあるんだよ」
「なら、ここで言ってください。教える教えないかは別として答えますから。それで私に着いて来るのは終わりにしてください。お願いです」
そう言うと、流石に堪えたのか王子様は少し悲しげな表情を浮かべた。
流石に私もここまで邪険にすると少し心が痛む。痛むけど致し方ない。私の平穏な学園生活の為だ。
そう思っていると、彼は少し不満そうな顔を浮かべ、おもむろに口を開いた。
「じゃあ、聞くけど。なんでそこまで僕を避けるんだい?」
「いや、それは流石にわかってください。貴方が近くにいると私の平穏な学園生活が目茶苦茶になっちゃうんですよ……」
私がそう言うと彼は首を傾げた。
どうやらこれは意味がわかっていないご様子だ。
まあ、以外と本人は気にしてないのかも……
「わからないなら言いますけど。貴方のことをえ~と…… ラスカさんでしたっけ? そんな感じの名前の人が射止めようとしてるみたいなんですよ……」
「うん、それは知ってる。それと君が僕を避ける理由はどこにあるんだい?」
そう言うと、彼はあっけらかんとした口調で言い切った。
おおう、コイツはすげぇや……
それがわかってて、私に着いてきてるのかよ……
「いいですか? 貴方と仲良くすると、そのラスカさんとか、取り巻きの人達に私がどう思われると思いますか? 良いようには思われないでしょ? そしたら、私の平穏な学園生活が何処かへ行ってしまうんです。それが私は嫌なんです」
「平穏な学園生活ねぇ…… 君は平穏な学園生活を送る為に学園に来たのかい?」
むむ、コイツ。引き下がらないな。しかも質問を上乗せして来やがった。ちゃっかりした奴め……
まあいい、今回だけだ。これを期にあとは絶対に相手をしないぞ……
「私は色々と調べたい事があって学園に来ました。なので、その調べ事が順調に進むために、私の学園生活は平穏である必要があるんです。それの方が調べ事もはかどりますからね!」
「その調べ事ってなんだい? 僕も手伝うよ! そうだ、調べ事なら図書館がいい!!」
そう言うと、彼は目を輝かせた様子でコチラを見詰めてきた。そして、その整った造形をした顔が笑顔に包まれた。
うっ、まるで太陽の様な眩しい笑顔。その表情の変化に思わず鼓動が速まるのがわかる。
完全に私の中の乙女が心を許し始めている。
これは不味い!
「調べるのは一人が良いんです! だから、貴方は絶対に着いて来ないで下さい! いいですね、これで終わりです!」
そう言って、私は自分の言いたい事だけを告げると、その場を後にしようと急いで歩き出した。
「ちょっ、ちょっと待ってよ。アイラちゃん……」
私は彼が何かを言い終わるのを待たずに足を速めた。
不味いぞ不味いぞ。完全に内なる乙女に精神が飲み込まれそうになっている。
駄目だ、駄目だぞ、私! あんなの昨日今日会ったばかりの男じゃないか!! 顔が良いだけだ騙されるな!!
それに顔のタイプだったら、私はああいう甘いマスク的な感じの人じゃなくて、ユヅキさんみたいなワイルド系の方がす……
!?!?!?!?!?!?!?
いやいやいや、それも違う、違う違う!!
あれ!? 何を言ってるんだ、私は!?
混乱してるのか!?
取り敢えず落ち着け!!
取り敢えず落ち着くのは得意だろ、私。
「アイラちゃん? どうしたんだい?」
見ると、彼が直ぐ隣を歩きながらコチラ眺めていた。
このやろう~ なにちゃっかり隣を歩いてるんだよ。
アンタのせいで、アタイの精神目茶苦茶だよ!
見ていると、彼は尚も私と歩幅を合わせながら付いてくる。そして、不意に何かを思いついたのか指を立てると嬉しそうに口を開いた。
「あ! そうだ、一番聞きたかった事を忘れてたよ!。それを聞いても良いかい? これを聞いたら今日はもう付きまとわないよ!」
「え! 本当!?」
私がそう言うと、彼はおもむろに頷きその口を開いた。
「どうして君は、僕に物怖じせず言葉を投げ掛けてくれるんだい?」
「はい?」
私はその言葉に意味がわからず、変な声を漏らしてしまった。
一体、彼はなにを言っておられるのでしょう?
私、わかりません。
だけど、彼の表情を見ると先程までの朗らかな笑みは姿を隠して、何処かへ真剣な眼差しをこちらに向けている。
ううむ、これはなんか、ちゃんと答えてあげなければ行けない雰囲気だな……
さて、どうするか……
私が質問の意図を理解していないと悟ったのか、彼は少し笑ってみせた。
「ああ、ごめんね、意味がわからなかったよね。そうだね、それじゃあ少し僕の話をしても良いかい?」
「あ、は、はい。お願いします……」
そう言うと彼はおもむろに自らの生い立ちに関して語り始めた。




