第八十七頁 恋ばな
「ほれ! 昨日、グレイスとはどこまで行ったんじゃ~ 言うてみい、言うてみい?」
そう言うと、学長は鼻息を荒くしながら私を見詰めてきた。その顔はまさにスケベ顔である。
完全に野次馬である。
「別になにもありませんッ!」
「いや~ それはわかっておるけど。なんか良い感じだったとか? 今度、二人でお食事でもするとか無かったのか?」
「ないです!」
ある訳ないでしょ、私は中身は男なんですよ。まあ、最近はちょっとぐちゃぐちゃになって来てるけど……
そう言うと、私の言葉を聞いた学長は不満そうに口を尖らせた。
「なんじゃつまらんな。おぬしら二人ならプラトニックなドキドキって感じの恋ばなを期待しておったのに……」
「な、なんなんですか? さっきはグレイス先生の部屋に行くなって言った癖に……」
これじゃあ、私とグレイス先生をくっ付けようとしているみたいじゃないか……
私の言葉に学長は怪しげな笑みを浮かべると私の頬を優しく撫でた。その表情には神々しいくも妖艶な美しさの様な物を感じさせる。
それに思わず浮わついた事を口走りそうになる。この人には全て話しても良いのではないかと……
こ、これは……
「学長…… 私に“魅了”の魔術を掛けようとしてます!?」
「ぎくぅ!! 何故バレたし!!」
そう言うと学長は私の頬に触れていた手を話すと「驚いた!」と言った様子でバンザイしてみせた。
完全に私に“魅了”の魔術を掛けて、有ること無いこと聞き出そうとしたな……
あぶねぇ、なんて奴だ!!
「まったく。私は今日“魔力防壁”の授業を受けなければいけないのでもう行きますよ!」
「ふふふ、よいぞよいぞ。学生の本文は勉学じゃからの~ でも、アイラよ、気を付けろよ~」
そう言うと、学長は面白そうに口を歪めた。
なんだか悪い予感がする。そう思って学長を見ると、その歪めた口をおもむろに開き語り始めた。
「ラスカの娘は、おぬしをかなり敵視しているみたいじゃぞ。そして、あの王子様はおぬしの事をかなり気になっておるみたいじゃぞ……」
そう言うと学長は「ふふん♪」と御機嫌な様子で鼻を鳴らした。
「これは面白いぞ。ラスカの娘は大層な選民思想の持ち主じゃからな~ 王子様を狙っておったりしたんじゃ。それなのに突然現れた、何処の馬の骨かもわからない女が、突然と王子様の興味を引いたんじゃ。これは面白くないじゃろうな……」
すっごいペラペラと喋りなさる!?
貴女は恋ばな大好き野郎ですか!?
恋愛リアリティーショーとか見るタイプでしょ、絶対……
くそ~ なんで入学して早々こんなややこしい事になってるんだ。勘弁して欲しいよ。
まあ、ロックンロールだかなんだか忘れたけど、王子様の方は「なんか、おもしれぇ女」程度の認識だろうから、ほっときゃ自然消滅するだろう……
だけど、ドリル女の方は厄介そう……
イジメとかしてきそう、ヤダ……
私、イジメられたくない……
くぅぅぅ、わしゃ、どないすらええんじゃ……
あ、そうだ!
学長ならどうにかしてくれるのでは?
グレイス先生も頼ろうとしてたし。それに記憶を消せるならそれで私の記憶を消せば解決じゃん!!
「あ、あの学長? あの二人をどうにかしてくれますかね?」
「いやじゃ!! 何故なら面白そうにだから!!」
面白そうだからって、本当に他人事じゃねーか!! 少しはなんか…… なんかやってよ!!
「私は一応は貴女の学園の生徒なんですよ。なんか助けてくださいよ!!
「ほほほ!! 若いとは良いのぉ!! それじゃ、おぬしは授業があるんじゃったな!! ならば、邪魔者は退散するぞ!!」
学長がそう口にすると、突然彼女の身体がふわりと浮いた。
え!? なにそれ、すごい!!
いや、て言うか。帰るつもり!?
まって、まって!!
「え!! ちょっと、まって……」
「ほほほほほ!! 若人よ、青春を楽しめ~」
そう言うと学長は浮いたまま天井にぶつかると、まるで幽霊の様にそのまま天井をすり抜けて、何処かへ行ってしまった。
なにそれ!! それもすごい!!
私もやりたい!!
「いや、それよりも私の置かれた状況を少しはどうにかしてくださいよ! 覗き魔の記憶を消せるなら、ドリル女の記憶とか消してくださいよ~!!」
そうは叫んでみたが、私の声は空しくも小さな寮室の中で反響しただけだった。




