第八十三頁 前途多難の学園生活
「学長、私ですグレイスです!! グレイス・エルベタリアです!!」
グレイス先生がそう叫びながら学長室の扉をドンドンと叩いている。
しかし、その扉は開くことはなかったし、中から学長の声が聞こえて来ることもなかった。
一体どうしてしまったのだろうかと、私とグレイス先生が困りあぐねて居ると、騒ぎを聞きつけたのかオーク先生がやって来た。
「なんだ喧しいぞ。グレイス」
相も変わらずのオーク顔である。そして、満面のしかめっ面を私達に向けている。
しかし、そんなオーク先生の様子なんぞ気にもしていない、と言った様子でグレイス先生が口を開いた。
「ああ、これはオークレイ教授。実は学長に用事が有ったのですが……」
「なるほど。まったく学長はまた勝手に何処かへ行ったな……」
そう言うとオーク先生が学長室の扉をガチャガチャと鳴らし鍵が掛かっているのを確かめると深い溜め息を吐いた。
そして、そんなオーク先生の様子を見てグレイス先生も溜め息を吐いた。
溜め息が伝染している。
「まあ、いい。それで学長に何のようだったんだ?」
「それが…… かくかくしかじかでして」
グレイス先生が先程、食堂であった事をオーク先生に話してみせた。
すると、オーク先生は再び溜め息を吐くと眉間に深い皺を作った。
「まったく、あの一族は厄介この上ないな……」
そう言うと、オーク先生は私に視線を向けてきた。
私は取り敢えず軽く会釈をしてみる。
試験の時の事、怒ったり、根に持ってないかな?
「おい娘。勘違いしない為に言っておくが私は学者タイプの魔術師なのだ。故に先日の野蛮な策には破れたが、純粋な魔術の知識と技術では私の足元にも及ばないと覚えておけ」
は、はあ……
なんでこのタイミングでそんな事をおっしゃるのでしょうか……
そんなの言われなくてもわかるよ。だって、私は“魔力防壁”も使えないんだ。その時点で私の魔術師としての能力はオーク先生に劣っている。これは明白だ。
それに、他の魔術だとかも沢山覚えてるのだろうし。私と格が違うのは重々承知している。
て言うか私は“魔力防壁”を教えて欲しいくらいだ……
教えてって言ったら教えてくれるのかな?
私がそんな事を思っていると、オーク先生は鼻をふんと鳴らし背を向けて歩き出した。
どうしよう、取り敢えず頼んでみようかな?
「あ、あの…… オーク先生……」
「なんだ? と言うより今、オークって言わなかったか?」
やべ、ついオークって言っちゃった!
私は取り敢えずバレない様に神妙な面持ちを作ると、オーク先生の言葉と視線をガン無視して自分の話を続けた。
「オークレイ先生。その“魔力防壁”って教えて貰えるのでしょうか?」
「む? ああ、確か明日の授業で“魔力防壁”の訓練をするな。その時に園内演習場に来れば教えてやるぞ」
オーク先生はそう言うと再び背を向け歩き出した。
ふう、危なかった。オーク先生って言ったのはなんとか誤魔化せたみたいだな……
それに明日が“魔力防壁”の授業か出るっきゃないな……
ワクワク、ワクワク。
これで私も魔法使いだ。
「はあ。皆が皆、貴方みたいな生徒なら良いんですがね……」
見ると、何故かグレイス先生が肩を落として深い溜め息を吐いていた。そして、自らの手を腰に当ててみせた。
「いつつ……」
すると、グレイス先生は小さく唸ると僅かに顔を歪めてみせた。
どうやら先程の傷が痛むらしい。
無理もない、結構痛そうだったもん……
「だ、大丈夫ですか!?」
「ええ、大丈夫ですよ。薬でも塗れば治りますよ」
そう言うとグレイス先生が笑顔を作った。
まったく、本当に申し訳無い限りだ。私のせいで怪我をさせてしまうなんて。どうにか罪滅ぼしの一つでも出来ないだろうか……
「あ、あの…… 私に出来ることはありませんか……」
なんの考えも無しにそう口が開いてしまう。
悲しいことに私に出来ることはなんて無いに決まってる……
私より格上の魔術師であるグレイス先生がどうにも出来てないのに、私にどうにか出来る訳がない……
しかし、そんな言葉を聞いたグレイス先生は私に向かって笑ってみせてくれた。
「本当に…… 生徒が皆、貴方みたいなだったら良いのに……」
そう言うとグレイス先生が私を真っ直ぐに見詰めてきた。なんでだろう、なんだか悲しげな雰囲気が今の彼からは感じられる……
だけど、その瞳の真意がいまいちよくわからない。
なんだろう?
私のこと好きなのかな?
確かに、私はそこそこ可愛いけど、中身は男の子だよ?
最近、私って言う方がしっくり来て、変な感じになってるけど……
「あ、あのグレイス先生。どうしたんですか?」
「いえ、なんでもありません」
そう言うと彼はおもむろに歩き出した。
一体、なんだったんだろう今のは……
なんだか悲しげな雰囲気がしたような……
私がそんな事を思っていると、グレイス先生がこちらを向くと、笑顔で喋りかけて来てくれた。
「そうだアイラさん。傷に塗る薬を作りたいので井戸から水を組んで来て貰えませんか。私は自室で薬を調合して待っているので……」
ああ、なんだ。やっぱり今まで通りのグレイス先生だ。よかった……
「は、はい! わかりました!」
私がそう言うと、先生は井戸のある場所を告げると腰に手を当てながらおもむろに歩き出した。
そして、私も先程聞いた井戸の場所に向けて歩き出した。




