第八十二頁 学園の事情
「あの~ グレイス先生ぇ……」
「厄介なのに目を付けられてしましたね。彼女は大家の出身でして。魔術の才も申し分無いのですが、いかんせん人間性に難があると言いますか、出自を異常に気にする毛があるんですよ」
そう言うとグレイス先生は私の手を取ったままズイズイと前へ前にと進んでいく。
果たして、彼は何処に向かっているのでしょうか?
私は、何処に連れていかれちゃうのでしょうか?
そして、ちゃっかり私の手を握っていますけど、これはなに? もしかして、先生さんは天然でやってるの?
精神は男のハズなのに、なにやらドキドキするんですけど……
グレイス先生を見ると、真剣な顔のまま尚も話し続けているので、手を握ってるとか思考の範囲外なんだろう……
なんか、それはそれで少し腹が立つな……
「しかも、彼女の厄介な所は自らより劣る出自の者が自分より才能を持ち合わせていた時です。その時、彼女の嫉妬は頂点になります」
「あ、あの…… グレイス先生ぇ……」
少し歩くのが速いです。転んじゃいそうなんですけど。いちおう、私は女の子なんですけど……
しかも、手を引っ張られてるからかなり危ないですけど……
だけど、そんな私の状況など考えていないのか。グレイス先生は更に話を続けた……
「貴女は今期二人目の特待生試験の合格者です。目を付けられても当然です。それに魔力の総量も類い稀な物です」
「ちょ、ちょっと待って…… 先生ぇ、あ、足が……」
やばいやばい、転んじゃう転んじゃう!!
足がもう限界!! もつれて来た!!
「迂闊でした。今はバレていないでしょうが、もし貴女の才が彼女にバレたら、どうなるかわかりません。今の内に学長に相談しましょう。今なら学長も居るはずです。さあ急ぎましょう」
「ちょっ、はわわ!!」
その時、私の足は遂に限界を越えたのか。もつれにもつれた挙げ句、無様に地面に向かってつんのめってしまった。
完全に「すってんころりん」と転ぶ寸前である。
その瞬間、視界がスローモーションになり、身体が宙に浮く感覚がする。それと同時に身体の自由がなくなり。なすすべなく地面へと顔から突っ込んで行くのがわかる。
これ死ぬ?
もしかして、死んだら元の世界に戻れたりするかな?
そしたら、そしたらで女の子になりかけのこの精神の私はどうなってしまうのでしょうか? それはそれで中々に問題がありそうですね。
男の精神が宿ってる少女から、どっちだかわからん精神が宿ってる男の子にクラスチェンジしてしまう。果たしてどうなってしまうのでしょうか?
そして、この間に恐らく0.2秒くらい。多分……
凄い!! これ本当に死ぬ奴だ!! 走馬灯だ!!
「危ないっ!!」
その声が聞こえて来た瞬間、視界がグルリと凄い勢いで回転した。
そして、どっちが上だか下だか、横だか、わからない感じになってしまった。
もうしっちゃかめっちゃかだ!!
御仕舞いだ、死んだ!!
アイラの冒険、第三部完!!
「だ、大丈夫ですか!? アイラさん!?」
その時、グレイス先生の声が私の耳元で響いた。
と言うことはどうやら私は生きているらしい。よかった助かった。第三部完にならずにすんだ……
「はえ?」
見ると、グレイス先生の顔が目の前にあった。
しかも、本当に目の前だ。鼻と鼻がくっつきそうなくらい近い。
不意に彼の綺麗な緋色の瞳が目に入る。とっても綺麗な緋色。まるで宝石の紅玉を思わせる。
その宝石の様な瞳に私が写り込む。
はて? 私は一体どうなったんでしょうか?
見ると、私はグレイス先生下敷きにして倒れ込んだみたいだ。と言うよりグレイス先生が寸前で身代わりになってくれたのだろう。
よく見るとグレイス先生がしっかりと私を抱き締めてくれている。
「あ!! ええ!? ご、ごめんなさいグレイス先生!!」
「いえ、私が貴女のことを気にせず急いだのが悪いんです。申し訳ありません!」
そう言うとグレイスの私を抱く腕に力が入った。
ちょっと、あの……
恥ずかしいんですけど……
「ですが、怪我は無いようで良かった……」
そう言うと、グレイス先生はホッとしたように微笑んだ。その顔に思わずドキリとしてしまう。
いかんいかん、私は男だ、意識をしっかり持て!! しっかり、持つでごわす!! もつ煮込みでごわす!!
私は我に帰ると、急いでグレイス先生の上から退いてみせた。
彼も直ぐに立ち上がると身体に着いた埃を払ってみせた。
しかし、その時……
「いたた……」
グレイス先生は腰辺りを手で押さえると僅かに顔を歪めてみせた。どうや腰を痛めたらしい……
ああ、これは、私のせいだ……
「だ、大丈夫ですか!」
私は急いでグレイス先生ローブを捲ると、その下の服もめくり、先程先生が手で押さえた所を確めた。
「いや、アイラさん!! そこまでしなくても大丈夫です!!」
グレイス先生のそんな声が聞こえた来たが、そんなの気にする事もなく彼の背中を確かめた。
「やっぱり打ち身みたいになってます!!」
見ると、腰辺りが内出血しているのか赤くなっている。
うう、申し訳無い、私のせいで……
「ごめんなさい、私のせいで……」
「いえ、それは違います!! 私が急いだのが悪いんです……」
そう言うとグレイス先生は朗らかに笑ってみせた。なんだか、その優しさが、なおさら申し訳無い。
「それより速く学長室へ向かいましょう。色々と相談したいので……」
「え? で、でも…… それより先に先生の背中を……」
私が少しあたふたしていると、グレイス先生は私の手を握ると再び歩き出した。
そして、今度はゆっくり私の歩調に合わせて歩き出してくれた……
それはそれで、なんかこう……
まあ、いいか……




