第六十四頁 グレイス
「アイラさんですか、良い名ですね」
恐らく、彼は礼儀として、そう口にしたのだろう。
まったく「良い名前」と思っている表情をしていない。彼の表情は至って冷静、強いて言うなら冷たく冷酷な程に無表情である。
やっぱり、苦手かもこの人……
もしかしたら、サイコパスさんかもしれん……
すると、彼は表情をそのまま変えることはなく、再び前を向いて歩き出した。
「私の名前はグレイス。グレイス・エルベタリア。この学園では講師を勤めています。専門は黒魔術と錬金術になります」
「はあ……」
って、そんなことを言われても、私はチンプンカンプンだよ。
何が黒魔術で何が錬金術なんですかね? そこから聞く必要がありそうですねぇ。
それにしても、やっぱり先生ですか……
やっぱり、苦手かもなぁ……
俺はそんなことを思いながらグレイス先生を見上げる。
グレイス先生はこちらを気にする様子は一切見せず、それはそれは一定のリズムを刻みながら足を進めている。
俺は無言のまま、そんな彼の後ろ姿を見詰めながら後を着いていった。
「……」
「……」
しばらくの間、沈黙の時間がお互いに訪れる。
無論、グレイス先生はそんなの気にする様子もなく前へ前へと進んでいる。
気まずい、あと学園広すぎ。
後、若干グレイス先生が歩くの早い。普通にキツい。もう少し、ゆっくり歩いてくれんか。それにもう、五分くらい歩いたぞ……
一体、あたしゃ何処に向かってるんだ……
「あ、あのぉ。私達は一体どこに向かっているんですか?」
「園内演習場です。そこで貴女の試験を行います」
えぇ、マジかよ。
それ先に言ってよ……
普通に嫌なんだですけど……
「あの…… 試験って何をするんですか?」
まあ、そんなことは言っても教えてくれる訳無いか。
と、そんな俺の予想とは裏腹にグレイス先生が口を開いた。
「演習場にもう一人講師がおります。その方の“魔力防壁”を破ること、それが試験です」
それ教えて良いの?
そんな、俺の心の声が聞こえているのか、俺の疑問に答えるように続けた。
「今の内に“魔力防壁”を破る方法を考えておいてください。防壁を越え、相手に干渉することが出来たら合格となります」
おいおいおいおい、普通に難しそうだぞ!!
あと“魔力防壁”ってなんぞ。
知らないよ、私。私、知らない!!
教えて、グレイス先生!!
俺のそんな心の声を他所に、先生はそのままズイズイと前へと進んで行く。さっきは心を読んでくれたみたいに理解力が発揮されてたのに、今回は全く理解力が発揮されておりませんぞ。
俺は取り敢えず先生に“魔力防壁”なるものが何かを聞こうとしたが、それよりも早く先生の口が開かれた。
「さあ、着きました。ここが演習場です」
そう言うと先生は振り返ってこちらを見て。
見ると、彼の後ろにはだだっ広い広間が広がっている。そして、そこには学園の生徒達だろうか。皆が統一されたデザインのローブを纏っている。見た感じでは様々な年齢の人達が集まっているように見える。
そんな、光景を眺めている俺を他所に、彼等の視線が一斉にこちらに集まって来た。
取り敢えず、俺は小さく会釈してみた……
出来るものなら、これからよろしくね……




