第五十五頁 眠り姫
夜空は黒く染まり。青と赤に怪しく光る双子の月が浮かんでいる。
そして、その双子の月の光すらも届かない無い程に鬱蒼と茂る森の中、ある一点のみが暖色の灯りを放っていた。
暗がりを灯す光を見ると、そこには焚き火を囲った旅人の一団がいた。
まるで、闇夜に溶け込みそうな程に黒く大きな狼。それを枕にする様に、一人の少女が穏やかな寝息を立てて眠っている。
そして、そんな彼女を穏やかな眼差しで眺める、一人の青年と少年。
そして、巨大な陸亀と言う、世にも奇っ怪なパーティーがいた。
彼等は落ち着いた様子で焚き火を囲っている。
そんな中、不意に巨大な亀が口を開いた。
「それでは、私は戻りますよ。アイラさんは任せました」
「ああ、任せておいてくれ」
その言葉に狼が答える。
すると、亀は青い光に姿を変えた。そして、その光は少女が大切そうに抱いている本の中へと戻っていった。
その様子を青年と少年の二人は物珍しそうに眺めていた。
「珍しいか?」
そんな二人に向かって狼が口を開いた。
二人は少しギョッとした様子を見せるが、直ぐに元の様子に戻ると青年が頷きながら口を開いた。
「まあ、召喚術は珍しいからな……」
青年のその口調には若干の緊張の色がうかがえる。そんな様子を他所に狼は「それはそうか」と素っ気なさげに答えてみせた。
そんな落ち着き払った狼の様子を見て、少年な躊躇いながらも口を開いた。
「あの…… 貴方もアイラさんの召喚獣なんですか?」
「ああ、そうだ」
少年の問い掛けに狼は素っ気なく答えてみせた。その答えに少年は感心した様に少女を見た。
「やっぱり、アイラさんは凄いですね。一体、何者なんですか?」
「……さあな。コイツ自身もわかってないみたいだ」
その答えに青年と少年の二人は眉を潜めた。
彼等の反応を見た狼が心の中で「しまった」と呟いた。
「それは一体、どういう事だ?」
青年が口を開くと真っ直ぐに狼を見つめた。
狼はその目を見て「まあ良いか」と思ったのか、おもむろにその口を開いた。
「詳しくは俺も知らない。ただ、この少女は自分が何故召喚術を使えるのかも、よくわかっていないらしい。恐らく、自分が何者かも定かではないんだろうな」
狼のその言葉を聞いて、二人は一度は驚いた様子を見せたが、直ぐに顔を落とし眼前で燃える炎に視線を向けた。
そして、不意に青年が木を炎に投げ込むと不服そうな様子で口を開いた。
「俺にはそんな事は一言を言わなかった……」
「それは、僕にもですよ……」
青年の言葉に少年が続いた。
その言葉を聞いてもなお青年は不服そうな顔を浮かべている。それを見た狼が青年に問いかけた……
「不満か?」
「ああ、当たり前だ……」
そう言うと、青年はギリリと自らの拳を握り締めた。
その目には強い意志が見受けられる様に見える。
「なにもアイラに不満がある訳じゃねぇ。自分の弱さ、情けなさに納得いかねぇんだ。何が昇格だ、こんなモンで受かれてた自分が情けねぇぜ」
そう言うと、青年は懐から銀色に輝く認識証を取り出した。
そして、それを忌々しくも睨み付けると、自らの手で強く、強く握り締めた。
狼はそれを見て僅かに笑って見せた。
「そう悲観するな。彼女は君達の、その誠実さ実直さに救われているはずだ。彼女との繋がりを持つ召喚獣が言っているんだ、それは保証しよう。むしろ、彼女の方が自分を情けないと思っているさ……」
その言葉を聞いた二人は呆気に取られたのか様子で少女に視線を向けた。
穏やかな表情で眠りつく、一人の少女に……
艶のある長く美しい髪に、女性特有の流線型を描く身体。
そして、まだあどけなさを残した、その可愛らしい寝顔。
まるで、おとぎ話に出てくる眠り姫を彷彿とさせる。
不意に青年はその口を開いた。
「そうかよ、ウチの眠り姫は大層な頑張りやさんみたいだな。全く、俺達も負けてられねぇぜ……」
「ええ、そうですね……」
青年の言葉に少年が頷いてみせた。
もはや、二人の顔には一点の曇りもない。そこにあったのは、ただ誠実に前へと進もうとする、強い意志を持った二人の男だった。
その様を見て、狼は僅かに微笑んだのだった。




