第五十四頁 私達VSワイバーン
私だって、直接は戦えなくても、補助ぐらいは出来る!!
いや!! むしろ、召喚師としてはこのやり方が正しいのかもしれない!!
私は本に手を重ねると、ありったけの魔力を“彼”に送り込んだ。
それに呼応する様にユヅキさんの身体が巨大化した。
しかし、それでもワイバーンとユヅキさんの体格差はとてつもない。まるで鷹と雀程の違いがあると言ってもいいのかもしれない。
だけど、ユヅキさんはそれ程の差を物ともせずワイバーンの首元に喰らい付いている。ワイバーンも彼の牙には苦痛を覚えるのか、目障りそうに首をしきりに振り回している。
それでも、ユヅキさんは決して離れない。
私もそれに応える為に魔力を送り込み続ける。
「ユヅキさん!! 頑張れ!! 頑張れ!!」
そして、その瞬間。
ワイバーンが耳をつんざく様な咆哮を放った。
思わずその巨大な音に、私は目と耳を塞いでしまった。
しまった、戦いの最中に敵から目を話すなんて。私は何て馬鹿なんだ!!
私は未だに僅かな痛みを覚える耳を押さえたまま。恐る恐る目を開き、ワイバーンの姿を捉えた。
すると、ワイバーンの首元の肉が喰いちぎられており、そこから血が滴り落ちていた。
心なしか、ワイバーンもその顔を歪めている様に見える。
「もしかして、やった!?」
「やってない、この程度じゃアレは倒せない……」
突然、背後から声が聞こえてきた。
私は咄嗟に振り向くと、そこには巨大な狼が立っていた。
「ユヅキさん!! さっきはありがとうございます!! 助かりました!!」
「ああ、それはこっちもだ。お前から魔力の補助がなかったら、どうしようもなかった」
そう言うと、ユヅキさんはゆっくりと私とワイバーンの間に割って入った。
その光景に思わず息を飲む。
相も変わらず、その体格差は健在。
まさに鷹と雀。だけど、ユヅキさんは一歩も臆することなく、ワイバーンと相対している。
無論、ワイバーンは一歩たりとも引く様子はない。むしろ、傷つけられた怒りで、こちらを睨み付け完全に敵意を向けている様にすら思える。
両者が唸りながら、睨みを効かせる。
そして、お互いがお互いにジリジリと距離を詰めていく。
その距離が互いの必殺の間合いになった、その瞬間……
全くあらぬ方向から、鋭い風を切る音と共に矢が飛んで来た。
弓は呆気なくワイバーンの鱗に弾かれ彼方へと飛んで行ってしまった。しかし、ワイバーンはその矢に気を取られたのか、視線を先程の矢の飛んで来た方向へと向けた。
「大丈夫か!? アイラッ!?」
その声を聞いて、咄嗟にワイバーンと同じ方向へと視線を向けた。そこには弓を構えたロランさんとザックさんが立っていた。
「大丈夫ですか、アイラさんッ!」
ロランさんがそう言うと弓を力一杯引き絞ってみせた。そして、ザックさんは槍を手に持ちコチラに向かって駆け出して来た。その様を確認すると同時にロランさん弓を放った。
ロランさんの放った矢は一直線にワイバーンへと飛んで行く。
駄目だ、その矢も再び弾かれてしまう。
そう思った矢先、驚くべきことが起こった。
彼の放った矢は、先程ユヅキさんが肉をえぐった場所に勢いよく、突き刺さったのだ。
その痛みに反応したのか、ワイバーンは鬱陶しそうに身をよじっている。
「す、すごい!!」
とんでもない、命中精度だ。
「オォララァァアッ!!」
すると、次はザックさんが雄叫びを上げると、手に持っていた槍を勢いよくブン投げてみせた。
まるで、その雄叫びを乗せているかの様に、凄い勢いで槍は一直線にワイバーンに向かって飛んで行った。
しかし、ワイバーンは自らの方向に飛んでくる槍を尻尾で呆気なく弾き飛ばして見せた。
「くそッ!! 駄目かッ!!」
その一連の光景を見たザックさんが苦い顔を作ってみせた。
だけど、私は見逃さなかった。ワイバーンの尻尾からは鱗が剥がれ落ち、僅かだが血飛沫が宙を舞っていたのを……
間違いなく、ダメージは与えられている。
これなら、やり方次第では勝てるかもしれない……
そう思った矢先、ワイバーンが突如としてその翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。
「え!?」
思わず、声を漏らしてしまう。
まさか、アイツ、逃げる!?
引き際が鮮やか過ぎるでしょ!?
ず、ズルい!!
私がそう思った時には、既にワイバーンは手も矢も届かぬであろう場所まで飛び上がっていた。
その瞬間、黒い影が空に向かって勢い良く飛び上がった。
黒い影はまるで流星の様な起動を描くとワイバーンの顔面を僅かにかすめた。
ユヅキさんだ!!
見ると、空には血が舞っており。ワイバーンの顔面からも血が溢れている。よく目を凝らすと、ワイバーンのその目から血が止めどなく溢れている。
ワイバーンも堪らずと言った様子で叫び声とも、咆哮ともつかない声を上げている。
「くそ、喉笛をかっ切るつもりだったんだがな……」
ユヅキさんは地面に着地すると同時に口を開いた。その口はワイバーンの血でべっとりと塗れていた。
おっかないよ……
ふと、空を見るとワイバーンは既に彼方へと姿を消していた。
その光景を見て安心してしまったのか。私は思わず肩から力が抜け、膝から地面に崩れ落ちてしまった。
「ははは、でも良かったです。なんとか助かって……」
溜め息が自然と漏れる。
完全に死を覚悟した緊張感からか。それとも大量に魔力を使ったからか、どっと疲れが身体を襲ってきた。
「大丈夫か、アイラ?」
私の様子を見て心配してくれたのか、ユヅキさんがこちらを歩み寄ってくれた。
そして、私の後ろに回り込むと、その身体で私の背中を支えてくれた。
や、やさしい……
「ありがとうございます、ユヅキさん。少し、疲れただけです……」
「そうか、無理もない。アレは明らかにヤバかった。撃退出来たのは運が良かった……」
そう言うとユヅキさんは地面にゆっくりと座った。
彼に寄っ掛かっていた私は、そのまま彼を枕にする様に寝っ転がる形になってしまった。
凄く、ふかふかで気持ちいい……
思わず、頬をすりすりしてしまう……
咄嗟にハッと我に帰る。
「あ…… ごめんなさい。今、どきますね……」
「いいさ。召喚獣である俺はお前の状態がある程度わかる。かなり魔力を使ったせいで相当疲弊してる。少し休むといい、無理は禁物だ……」
そ、そうなのか……
それは初めて知った……
本当にユヅキさんは物知りだな。
それにワイバーン相手にも一歩も譲らなかった。
本当に凄い、格好いe……
あれ? 俺、もしかして、さっきまで私って言ってた?
言ってたよね。完全に身も心も女の子になっちゃってたよね。
しかも、なにユヅキさんを格好いいだって?
おいおいおい、本格的に不味いぞこりゃ!?
くそ、冷静に考えりゃ。ユヅキさんを枕にして寝るって、これ添い寝とほぼ同じじゃん。
ユヅキさんが狼の姿になってるからビジュアル的には問題ない雰囲気がするけど、内面的には大事故が起きてるぞ。
男と添い寝してるって事じゃないか。
もうこれは世紀の大事件だよ!!
俺は咄嗟に身体を起こそうとするが……
その瞬間、凄まじい目眩が俺を襲ってきた……
「あう…… め、目眩が…… ち、力も入らない……」
「だから、言っただろ。魔力が枯渇してる。じきに凄まじい眠気も襲ってくるだろう。一端、睡眠を取って休むといい……」
くっ!! まさか、男と添い寝する羽目になるとは、不覚ッ!!
そんな事を思っていた矢先、凄まじい眠気が襲いかかって来た。視界がぼやけ、まぶたが重くなるのがわかる。
くっそ~ 添い寝する羽目になるとは~
許すまじ!! ワイバーン!!
「おい、大丈夫がアイラ?」
「アイラさん大丈夫ですか?」
ぼやける視界の向こう側でザックさんとロランさんがこちらを除き込んで来たのがわかった。
「うう、大丈夫…… 大丈夫です。だけど、す、少し、少し休ませて下さい……」
最後の意識を振り絞ってそう口にすると、俺の意識は深い深い場所へと落ちて行った。




