第四十八頁 夜の寝室
まるで溶けた様な深い眠りにつく一人の少女がいる。そして、その枕元には綺麗に装丁のされた本が置れている。
不意に少女が寝返りを打つと、彼女の黒く綺麗な長い髪がさらりと揺れた。
少女はとても心地好さそうに眠り、小さな寝息を立てている。まるで、深い悩みの種が解消されたかの様に……
そんな、少女の寝息に紛れて小さな小さな足音が部屋に響いた。
「夜這いとは感心しませんな、ユヅキ殿」
その時、不意に本から声が聞こえ出した。
少女を起こさないようにか、酷く小さく優しい声だ。
その声に答える様に、その足音の正体が影から姿を表した。
それはとても大きく立派な狼だった。
その狼は少女の眠るベッドまで来るとその寝顔を眺めた……
「夜這いじゃねぇよ。ちゃんと寝れてるか見に来たんだ……」
「ほほう、随分と過保護ですな……」
その言葉に狼が笑ったように口を歪めて見せた。そして、その瞳にはどこか優しげな光を帯びていた……
「まあな、初めてあった日の夜も眠れないみたいだったからな。少し気になってたんだ……」
「紳士ですな。夜這い等と世迷い言を言った事を許してくだされ……」
その声を聞いた狼は、僅かに鼻先を引きつかせながら口を開いた。
「良いってことよ…… それにしてもコイツは一体どんな星の元に産まれてしまったのかね。召喚術を修めておきながら、魔術も、魔力も知らない。果てには自分が何者なのか、そして、自分の過去すらも知らない……」
「そうですね…… 運命とは時に過酷過ぎる物を人に背負わせる」
その言葉に狼は口を歪めて見せた。
そして「運命」と言った言葉に対してだろうか、凄まじい憎悪の表情を作ってみせた。
「そんな運命、クソ喰らえだ」
「ほほほ。若いとはやはり良いですね。運命に抗う事に躊躇がない」
「抗うもクソも無い。運命なんてのは自分で切り開くもんだ」
「ええ、そうですな」
「ああ、そうさ。きっと、コイツもそれをわかってる」
そう言うと、狼は静かな寝息を立てる少女に視線を向けた。
「ええ、きっとそうでしょうな……」
その言葉を聞くと狼は窓際まで跳躍してみせた。
「それではユヅキ殿。良い夢を……」
「ああ、アイゼン殿もや……」
そう言うと狼は、窓からするりと抜けるようにして飛び出していった。
「おやすみ、アイラ……」
その言葉に、心地良さそうに眠る少女は答えるように微笑んだ……
その時、ほんのりと夜風が窓から入り込み少女の頬を優しく撫でつけた。
そして、夜は更に深さを増していったのだった……




