第四十三頁 タートストーク
「なら、私と契約して、その本の中に住まわせて下さいな」
俺は亀さんの思わぬ提案にビックリしてしまった。
いや、そんな「僕と契約して魔法少女になってよ」みたいに言われても……
当の亀さんを見ると、大真面目な表情でこちらを見ている。亀の表情はわかんないけど、そんな感じがする。
正直な話、いまいちよくわかんない。亀さんの表情もだし、彼等にとって契約の重みとはその程度の軽さなのか、それもわからない。
Twitterのフォローじゃないんだから、そんな軽い物ではないはずだろうに……
俺の感情を察したのか亀さんはおもむろに語り始めた。
「もう、私はかれこれ二百年余りを生きています。そうなると、目新しい物もなくなって、生きること事態に詰まらなくなってくるんですよ」
「は、はぁ……」
まあ、お爺ちゃんだろうなと思ってはいたけど、思ったよりお爺ちゃんだったな。俺の十倍以上生きてる。
もはや、十倍界王拳と言っても過言ではない。
「でも、こんな風に会話をするのは楽しいですし。まだ見ぬ世界を見たいと言う好奇心は二百と言う年月を経ても失せてはいないのですよ」
うん、それはわかる。
どこか見知らぬ土地、見知らぬ文化、見知らぬ食べ物、見知らぬ動物、この世界では魔物だろうか…… それらを直接見て、感じることは言われもない感覚に襲われる。
恐らく、これが好奇心と言う奴だろう。
そして、ここではない何処かに夢の様な世界が有ると、どこか期待もしている。
だけど、何時か大人になると、その希望は現実に打ちのめされて、悲観へと変わっていく。
どうせ、世界はこんな物だろうと……
でも、私は嫌だ、そんな悲しい人生は……
何時までも、希望を胸に抱えて、好奇心を心に宿していたい。
「私もわかります。まだ、私の知らない思いもよらない世界が有るかもしれませんからね」
私も何の因果か、思いもよらない世界に来てしまった。でも、この世界は厳しくても何処か夢のある世界に思える。何時までも、希望と好奇心を胸に抱いたままでいれる、そんな世界に思える。
それに、私はこの世界で不思議な経験や、驚きの経験を沢山した。
勿論、楽しいことばかりじゃない。
怖いことも、納得いかないこともあった。
それでも、それを乗り越えた先には何時も笑顔になれる様な事が待っていた。
「……それに、まだ見ぬ世界の向こうを見ずに終わるなんて嫌ですからね」
見ると、亀さんも穏やかな表情でうんうんと頷いている。
「そうですとも。私は貴女にまだ見ぬ世界の片鱗を見たんです。私は貴女を通して、人間の世界を見てみたい」
そして、貴女ともっと話をしたい。そう付け加えてくれた。
きっと、二百年と言う年月を越えようと好奇心と言う物は無くならなかったのだろう。
少なくとも、目の前の彼はそれを失わなかった。
何処か励まされた様な気がする。
かくいう、私も好奇心と言うのを押さえられない。こんな、訳のわからない状況で訳のわからない世界に来ちゃったけど。私の心の中ではどこか好奇心て言う物があって、それが何時でも背中を押してくれる感触がする。
それと同時に不安もあった。
何時か、現実に打ちのめされてしまうんじゃないかって。
でも、彼はそうはならなかった。
それが、どこか嬉しかった。
「好奇心は幾つになっても無くならないんですよね」
「ええ、その片鱗さえ見つければ。誰しもが、それに魅了される物です」
なんだか、嬉しくなって思わず頷いてしまう。
その言葉だけで、救われた気がする。
この身体になって、こんな訳のわからない世界に来て。いつか自分と言う精神は肉体に溶け込んで言って、アイラインと言う少女になってしまうかもしれない。
だけど、この世界への好奇心だけは何時までも絶対に忘れない。
この厳しくても、何処か夢の中の様なこの世界への好奇心を……
私は絶対に忘れない……
その時、本が黄金色に耀きだした。
これは契約成立の光だ……
その光はやがて辺り一面に広がり、直視できない程の光で辺り一面を覆った。
そして、その光が収まると目の前にいた巨大な亀は姿を消していた……
(見ていますよ、貴女の本の中で……)
今までの事が夢ではないかと思った矢先。本の中から先程の亀さんが話し掛けて来たのがわかった。
「そんなことも出来るんですね。この本」
(ほほほ。私も驚きましたよ。便利でいいですね)
亀さんの穏やかな笑い声が本から響いてくる。
(私の名はアイゼンハワード。召喚師アイラインとの盟約により、貴方の召喚獣となりましょう。貴方さえ、よろしければ。末長く、よろしくお願い致します)
「ええ、よろしくお願いします。私の事はアイラって読んでください。アイゼンさん」
そう言うと、私は水浴びをする為に滝壺に向かって足を前に出した。
不思議と身体が軽い。
心が解放された様な気分がする。
きっと、アイゼンさんのお陰で不安が一つ消えたからだろう。お陰で私はまた明日に向かって元気よく歩き出せる……
……わ、私?
って、俺はまた私って言ってた?
お、俺はまた、我を忘れていたのか!?
その瞬間、俺は思わず膝から崩れ落ちてしまった。
(ア、アイラさん。どうしました?)
本からアイゼンさんの心配事する声が聞こえる。
そら、いきなり膝から崩れ落ちたら心配しますわな。
「い、いえ。なんでもないです。少し、疲れが溜まってたのかもしれません。気にしないで下さい」
(そ、そうですか…… どうか、無理はなさらず……)
俺はアイゼンさんの言葉は頷くと、再び歩き出した。「もうどうしょう」と心の中で叫びながら……




