第四十一頁 ボアちゃん大活躍
「来て!! ボアちゃん!!」
俺の声が下水道の中で反響する。
そして、それと共に煌めく蒼い光が身体から溢れ出してきた。やがて、その光から一匹の巨大な猪が姿を表した。
どうやら、魔力を込めれば、それに比例して彼等を強化出来るみたいだ。
段々と、この力の扱い方がわかって来たぞ……
ボアちゃんは口火を切る様に甲高い叫び声を上げると、足元を埋め尽くす下水を物ともしない様子と勢いでネズミの群れへと突進して行った。
「おいおいおい!! なんだそりゃ!!」
さぞかし驚いたのか、ザックさんは目を丸くし猪と俺を交互に見た。ロランさんも同じ様子で、前方で暴れくる猪を眺めている。
「これは召喚術ですか?」
おもむろにロランさんが口にすると彼は俺へと視線を移した。俺は取り敢えず得意気に頷いてみせた。得意気になって良いもんか、わからんけど……
「す、凄い…… 召喚術なんて、高名な魔術師でも修めるのが難しいのに……」
やっぱり、よくわからんが召喚術と言うのは相当ランクの高い魔術らしい。まったく、なんでそんな物を俺が使えるのだろうか、意味がわからない。
まあ、いい。
今はこの力を使って、ネズミ共を皆殺しにしてくれる!!
◇◆◇
「いやはや、それにしても驚いた」
ザックさんが下水道に浮かんだネズミの死骸を掴むと袋の中へと放り込んだ。その顔はさぞかし驚いたと言うより、面白いものを見たと言った感じの顔をしている。
どうやら、俺の召喚術に首ったけの様だ……
目をキラキラと輝かせながら、コチラを見ている。
まるで夢見る少年の様だ……
まあ、ザックさんは元からそういう感じの人だけどね……
「まさか、アイラさんが召喚術を使えるとは思いませんでしたよ」
ロランさんも僅かに声を高揚させなから口を開いた。
彼にしては珍しく、感情があらわになっている様に見える。
「召喚術って、そんなに凄いんですか?」
「それは凄いなんてもんじゃないですよ。召喚術はまさに魔術師の到達点。ひとつの完成形に位置する術ですよ」
そう言われても、いまいちピンと来ないな……
ユヅキもそう言ってたけど、本当に凄い術なんだな。
なんで自分が使えるのかもわかってないから、いまいちその実感が沸かない。
だけど、使えるんだから出来る限り利用はさせて貰う。
少なくとも、腐らしておくのは勿体無いだろうし……
俺は二人に向かって恐る恐る聞いてみた。
「この力を使えばお金とか直ぐに集まりますかね?」
「え? えぇ、まあ、ある程度の大金は集まると思いますよ?」
ロランが首を傾げながら答えてみせた。ザックさんはそんな様子を見ると訝しげな表情をコチラに向けると口を開いた。
「金は集まるだろうが、何に使うつもりなんだ?」
「実は…… 魔術学園って言うんですか? そこに行きたいんです」
俺の答えにザックさんは納得したように頷いてみせた。しかし、それとは反対に今度はロランさんが眉を潜めた表情を作ってみせた。
「待ってください。召喚術を修める程の貴方が何故今さら学園に行くんですか?」
「まあ、色々と調べたいことがありまして。召喚術以外のことであったり。もっと、根本的な魔術の基礎知識についてとか……」
確か、こんな感じで誤魔化せば良いだろうとユヅキが教えてくれた。
まさか、こんなに早く使うことになるとはな……
見ると、ロランさんはその答えに納得したように様に頷いて見せた。そして、ザックさんはもう意味不明だと言った顔を浮かべている。
貴方はそれでいい……
すごく接しやすくて助かります……
二人の様子を見るに、取り敢えずは誤魔化せたみたいだ。正直、誤魔化す必要が有るのかわからないが、1から10まで説明すると意味不明な所が多すぎて話にならないからな。こうせざるを得ない。
少し罪悪感を覚えるけど、当面はこうやって誤魔化して行こう。
ごめんね、二人とも……
◇◆◇
下水道から出るとギルドの職員さんが待っており、その人にネズミの入った袋を渡すとその袋をおっぴろげてネズミの数を数え始めた。
どうやら、御勘定の時間が始まった様だ……
最終的に俺達が駆除したネズミ、プラトゥーンラットの総数は三人合わせて200匹。ピッタリ金貨二枚である。ただ、金貨では換金されず銀貨8枚で換金された。
まあ、金貨はねぇよって事なんだろう。
「おっし、サンキューな!」
ザックさんはそう言うと銀貨を職員からふんだくり、その内の三枚をこちらに手渡してくれた。
「三枚もですか?」
「おう。俺が二枚。ロランが三枚。アイラが三枚だ。本当ならアイラの取り分が多くても良いんだけどな。不満なら増やすが、どうする?」
俺はその問いかけに首を振って拒否して見せる。
俺的には普通に満足。むしろ……
「ザックさんが一番少なくて良いの?」
俺の問いかけにザックさんが満面の笑みで答える。
「ハハハ! 良いってことよ。こう言うのが大事なんだよ!」
果たして、それで良いのだろうか?
ていうか、そういう物なのだろうか?
俺が不思議そうに思ってるのを察したのか、横からロランさんが諭してくれた。
「パーティーのリーダーが取り分が少ないのは良く有ることです。その代わり、パーティーの指針とか方向性とかはリーダーの意見を多く取り入れてくれよって事です」
なるほど、そう言うことか。それなら、まあ、納得することも出来るかな。
それに、この二人はそれで上手く行ってたんだろうし、俺が口出しするのは間違ってるのだろう。
「うん、わかった。ありがとう! リーダー!!」
「おうよ!」
俺がそう言うと、ザックさんは気持ちの良い笑顔で答えてくれた。
取り敢えず、今回の収入は銀貨三枚。学院の学費がどれだけ必要かわからないが、ここから地道にコツコツやっていくしかあるまい。
何はともあれ、冒険者としての生活の始まりだ。
と、その前にお風呂に入りたいんですが。
お風呂はどこですかね? と俺がザックさんに聞くと驚愕の答えが帰ってきた。
「あん、風呂なんてねぇぞ? オメェはどっかの貴族か何かか?」
ザックさんはあっけらかんと、さも当たり前の様に答えてみせた。
俺はこの日、この世界に来て一番の絶望を感じた。




