第三十頁 スラムの住人
「へっ、こんな端金の為にここまで来る馬鹿とは思わなかったぜ!!」
「端金じゃありません。それは大切なお金なんです!! 返して下さい!!」
俺の言葉に蜥蜴野郎も含め、その仲間達が馬鹿にした様に笑う。よく見ると、彼等の仲間達は皆、くたびれた感じの格好をしており、只の人もいれば、犬耳だか猫耳だかの亜人なんかもいる。それに、明らかに痩せている様にも見える。
きっと、彼等がスラムの住人なんだろう……
彼等の姿や格好を見るだけで、この世界が夢や冒険だけのファンタジーの世界ではなく、純然とした厳しい現実の世界であることを痛い程、感じる。
俺が、そんな事を考えてるのを他所に、蜥蜴野郎が得意気に口を開いた。
「その心掛けは素晴らしいが。テメェはこの端金の為に命を失う事になるんだぜ。どうだ? 今なら生きて帰してやっても構わねぇぞ?」
そう口にすると、蜥蜴野郎の大きな口がグニャリと歪む。
こ・の・や・ろ~ 上から目線で能書き垂れやがって。なんで、お金を盗まれたコッチが退かなきゃならん道理になるんじゃい。
ここがそう言う厳しい世界なのは重々承知したよ。痛い程わかったよ。
だけど、わかっているからと言って、こちとら納得した訳じゃないんだ。
厳しい世界だからこそ。
道理が通らない世界だからこそ。
根性貫き通す意味がある。
「ふざけないで下さい!! さっさとお金を返しなさい!! コッチだって、それなりの考えがあるんですからね!!」
そう、俺だってなんの考えが無い訳じゃない。
前回の戦いで、なんとなくだけど俺の力の正体がわかった、気がする。
それを使えば、この状態も打破出来そうな気がする。
確証はないけど、そんな気がする!!
俺は大見え切って蜥蜴野郎に言い切ってやった。
俺の口上に、蜥蜴野郎が唖然とした顔でコチラを見詰めている。そして、その顔が徐々に苦悶の表情へと変わって行くのがわかった。
「馬鹿野郎が…… 本当にどうなっても知らねぇぞ……」
その声を皮切りに、辺りに不穏な空気が立ち込める。
そして、それは徐々に緊張感を増し、やがて殺伐とした雰囲気へと変貌していった。
互いに殺気の様な物が辺りに立ち込める。
そして、その時……
「面白い女じゃねぇか……」
不意に、その殺伐とした空気を破るかの様な男の声が響いた。
どうやら、その声は蜥蜴野郎の集団の奥の方から聞こえて来た様だ……
その声を聞くや否や、彼等はその方向に一斉に振り返ってみせた。更に彼等は急いで道を開けると、その人影は悠々とその真ん中を歩き俺の前に現れた。
見ると、その男はその集団と比べると一際背が高く、頭ひとつ抜ける程の背丈をしていた。
少なくとも、その身長は二メートル近く有るように見える。
男は艶の有る長い黒髪をしており。荒々しい獣のような表情をしている様に感じる。その風貌も他の住人とは違い粗末ながらもしっかりとしたシャツの様な物を纏っている。
そして、極め付けは有り得ない程にまで発達した男の肉体だった。シャツから垣間見える、はち切れんばかりの大胸筋。袖から伸びる丸太のような剛腕。
更にその堂々とした立ち姿。
それは、間違いなくこの男がこの集団の頭目であることを物語っていた。
「あ、貴方は!?」
「俺はユヅキ。ユヅキ・クロフォード」
男が名乗ると同時に、予想もしていなかった事態が起こった。
なんと、抱えていた本が青く輝き出したのだ。
な、なんでこのタイミングで!? この本は魔物や魔獣に反応するもんじゃないのか? もしや近くに魔物が?
いや、それとも、俺の予想が間違ってたのか!?
俺は直ぐ様本を開き、最も輝きの強いページを開いた。
驚くべき事に、そこに書かれていたのは……
「じ、人狼?」
俺の驚きの言葉を聞いて、その場にいた全員が一斉に反応した。そして、ユヅキと名乗ったスラムの頭目も一際驚愕の表情でコチラを見詰めていた。
「テメェ、なんで俺が人狼だとわかった?」
彼はその言葉と共に、驚愕の表情を怒りへ変貌させ、こちらを睨み付けて来た。




