第五十七話 「反抗」
すみません、56話を飛ばして57話投稿してました……
前話から辻褄が合わない部分があって混乱したかなと思います
56話を投稿いたしましたので、そちらを読んでから読み返していただけますと幸いです
※割り込み掲載だと更新判定にならなくて、このまま気づかず読み進めてしまう方もいそうでしたので、57話を再投稿いたしました
副補佐官の打診を受けたあと、クロエはかなり機嫌よく家路についた。
彼女にとって想定外のことではあったが、どうにか前向きに考えていきたいと思っている。
そのためには、やはり結婚した後も今の仕事を続けられるようにする必要があるだろう。
リーゼルのような特殊な家庭環境で育っていて、才能があるのであれば貴族女性が外に出て働くことにもある程度寛容でいられるはずだ。
だが、自分はどうだろうか?とクロエは一度冷静になってみる。それを両立できるだけの器量はあるのだろうか。許してもらえるほどの才覚はあるのだろうか。
否、胸を張って『ある』と確信を持つことが出来ない。
「……落ち着いて考えないと」
クロエは、ぼそっと呟いて深呼吸をして気持ちを整えた。
玄関の扉を開いて、屋敷に入った途端に「遅かったわね」と声を掛けられる。
クロエが視線をあげて前を見ると、そこには母親が腕を組んで立っていた。
「ただいま帰りました」
「率直に聞くけれど、あなたいつまで魔道所での仕事を続けていくつもりなの?」
この時点で母親はかなり機嫌が悪かった。
既に嫌な予感がして問答を始めることも嫌だったが、無視をして通り抜けることも出来ない。
「いつまでって……ルークや大公と相談も必要になりますが、出来れば続けていきたいと考えています」
クロエの返答を聞いた母親は、眉間にぎゅっと皺を寄せて不満を前面に押し出した。
自分の答えで母親の怒りを買ってしまうだろうということは、彼女も良く理解していての返答だった。
「あなたは、これからファルネーゼ大公家に嫁ぎ大公妃となるのよ? 仕事をしながら務めが果たせるとでも思っているの? あまりにも短絡的な考えだわ」
「勿論、簡単なことだとは思っていません。それは、魔道所と大公家と相談しながら決めていければと思っています」
「その、相談して決めていきたいということすらもおかしいと言っているのよ!」
母親が怒鳴り声をあげるので、クロエはキュッと肩を竦める。
正直なところ、相談したうえで難しいという判断であれば仕事はやめざるを得ないだろうということは、ルーカスと婚姻関係を結ぶにあたってある程度覚悟はしている部分であった。
だけれど、母親に決めつけられることは嫌だった。
「立派な大公妃になるために、今から色々と準備する必要もあるでしょう。仕事は今すぐやめなさい」
「はぁ!?」
メルロはハッキリと言い捨ててから、その場を立ち去ろうとしたけれど、クロエの咄嗟にあげた声にまたも不機嫌そうな表情を向ける。
「何よ、その言い方。母親に向かってそんな口の聞き方をしていいと思っているの?」
メルロ・エシャロットという女は、自分の思い通りにいかないことは嫌で仕方がない。
自分の子どもが思う通りに動かないことも従順ではないことも彼女にとっては煩わしく癪に触って仕方がない。
「絶対に、やめませんから」
珍しくクロエは明確に反発の意を示した。
出来る限り母親と衝突を避けるために、彼女の言うことには肯定しかしてこなかった。
だが、仕事はクロエが初めて一から掴み取った功績で、簡単に手放してしまえるものではない。
ましてや、他人によって奪われることなど許せるはずがなかった。
予想外の出来事に、母親は面を食らったようで、目を丸くしたまま動きを止めた。
そのあいだに、クロエはさっさと横を通り過ぎて自室に向かっていく。
「そ、そんなことを言って、また汚くて狭い納屋での生活に戻りたいの!?」
「出ていって欲しいのなら、そう命じたら良いではないですか。あなたが昔、私にした時と同じように……」
母親は、そのあと言葉を詰まらせて結局のところクロエに出ていけと言うことはなかった。
クロエは口を一文字にきゅっと結んで、母親を一瞥したあとに再び歩みを進める。
なぜ母親が自身に昔のように感情に任せて激昂しないかを理解していた。
『ファルネーゼ大公令息の婚約者』という肩書を手にしているからだ。
納屋での暮らしは到底大公に見せられないし、そんな生活を強いていることが大公に知られたらエシャロット家の家名に関わるからだ。
『婚約破棄された女』という肩書だった、かつてただの貴族令嬢だったときと今では状況が異なる。
母親は、エシャロット家を貶める行動を自ら取ることはない。
反抗をするにもファルネーゼ大公家の力がないと行えないことにもどかしさを感じつつも、初めて母親に対等に言い返すことが出来たような気がした。




