第五十五話 「帰還」
以前、ルーカスと共に魔導師団との合同任務にあたった後から、クロエの仕事は幅が広がった。
魔導師と共に補佐として現場に赴く機会が幾度か与えられるようになった。
それを何度か熟していった後、魔導師ではなくても解決できそうな簡単な事象の場合にはクロエ一人で遂行するように仕事が課されることもあった。
着実に彼女は功績を積み上げていっていた。
「今日、久しぶりに副所長が帰ってくるみたいよ」
「長期任務の繰り返しでしたが、ついに戻ってくるのですね」
クロエの隣で仕事をしていたリーゼルが、自身の業務が少し落ち着いたタイミングで声をかけた。
ひとつ仕事が終わったら、またすぐに新しい仕事がふられて近隣諸国を転々と回っている副所長だったが、やっとひと段落して戻ってくることが出来るらしい。
実際、魔道所に勤める人たちの殆どが副所長を顔を合わせることが久しぶりだったし、ルーカスは魔道所に異動してからしっかりと顔を合わせるのは初めての機会である。
「……そういえば、数日前に所長から今日面談があるって言われたような気がします。所長とではなくて副所長との面談ということですかね」
「帰ってきて早々に魔導師補佐みんなと面談させるつもりなのね、きっと。相変わらず、所長って副所長には凄く厳しいわよねぇ。副所長が卒なく仕事ができちゃうからなんだろうなぁ」
リーゼルは、まだ姿が見えない副所長に「ご愁傷様です」と両手を合わせた。
副所長は、魔導師補佐を取りまとめる『魔導師補佐官』の役割も担っておりクロエにとっては直属の上司といっても過言ではない存在である。
そのため、今回の面談は『最近、調子どう?』のような近況を聞くようなものであるので、クロエは所長との面談ではないという事実で幾らか気が楽になった。
「何だか外が騒がしいね、副所長が帰ってきたのかな」
リーゼルが発した声と共に、クロエは部屋の入口に目を向けた。
確かに賑やかな声は次第にこちらへ向かってきていて、部屋にいる同僚たちはみんな気を取られてドアの先に注意を向けていた。
「ただいま戻りました」
「「「副所長、おかえりなさい!」」」
ドアが開いて、眼鏡をかけた如何にも堅物そうな男が入ってくる。
その男が丁度噂をしていた副所長――カシュだ。
魔道所の職員は、彼が入ってきた瞬間に声を揃えて彼の帰還を喜び声をかけた。
副所長は「元気そうですね」とか「髪切りました?」とか通りすがりにひとりひとりに声をかけながら歩いている。そこも彼が慕われる一つの魅力かもしれない。
はじめは、仏頂面で怒っているようにも思えるのでなかなかそこに気づくには時間がかかるけれど。
カシュは声をかけながら歩いていくが、途中で急に立ち止まった。
そのすぐ近くにはルーカスがいて、彼の顔をジッと見つめる。
「……あなた、見ない顔ですね。もしかして、ルーカスさんですか?」
「はい、そうです。初めまして、ルーカス・ファルネーゼと申します」
ルーカスが握手をするために右手を差し出すので、カシュも右手を差し出してぎゅっとルーカスの右手を握った。
「副所長のカシュです。何かあればいつでも頼ってください」
カシュは長く外に出ていたので、王都の状況はまだ詳しく把握が出来ていないはずだが、ルーカスがファルネーゼの姓を名乗ったことに少しも驚きを示さなかった。
そのままカシュはクロエとリーゼルの近くまで歩みを進める。
「リーゼルさん、仕事の評判がかなり良いようですね。あなたの活躍が、より女性魔導師の推進に貢献していくことでしょう」
カシュの声掛けに、リーゼルは嬉しそうに笑みを浮かべた。
それからカシュはクロエに目を向ける。何を言われるのかな、と心を弾ませた。
「このあと面談の時間を組んでいますので、よろしくお願いします」
カシュはそれだけ言うと、すたすたと自席へ向かっていってしまった。
クロエもこれまで色々と経験値を増やしてきたので、何かしら褒めて貰えるのではないかなと期待を持っていただけに、少しだけ寂しくなる。
「面談のときに色々と話すつもりなのよ、そんなにしょんぼりしなくてもきっと大丈夫よ」
あまりにもクロエが落ち込むのでリーゼルが慰めの言葉をかけた。
「……そうかな?」
クロエは、眉は下がったままだが小さく笑って大丈夫だというように装って、それ以上は特に何も言わずにまた机に向かった。




