第五十三話 襲撃されるルーカス
「クロエさん、団長とザザに挨拶をしてきてもいいでしょうか?」
「ええ、勿論よ。ザザさんは……確か貴族出身ではなかったはずだけれど、参加なさっているの?」
ルーカスの言葉に、クロエはきょろきょろとあたりを見渡してザザを探した。
以前、ルーカスがザザは貧民街出身であることを話していたので、クロエはザザがなぜ社交界に参加をしているのか単純な疑問を抱いた。
貴族令嬢と結婚しているのか、功績を認められて爵位を得たのか、など色々と考えを巡らせる。
「いえ、団長の付き添いです。要人の多いパーティーですので、何かあった時に動けるように護衛も兼ねて、ほぼ仕事ですね」
「彼はこういった場が好きではなさそうだけれど……私も後ほど挨拶するわ。そろそろお父様とお母様が到着する頃だから、一緒に挨拶周りをしないと機嫌を損ねてしまうの」
クロエは一緒に行けなくてごめんね、と顔の前で小さく手を合わせてからロージーとその場を後にした。
ルーカスもチェイスとザザに挨拶するために移動しようと振り返ったところで、目の前にぬっと人影が現れたため「わっ」と小さく声をあげて少しだけ身を後ろに引いた。
「ご機嫌よう、ルーク様!」
ルーカスの前に現れたのは、ネイア・ハルバーナだった。
その姿を視界に入れた瞬間にルーカスはあからさまに顔を顰めて嫌悪感を露わにした。
「……その呼び方はやめて欲しいと以前伝えたはずだが」
「あ! そうでした、ごめんなさい……ルーカス様……って、ネイアのこと覚えてくれているんですね!」
ルーカスが、かなり低い声音を発したためか、ネイアはわざとらしく眉を下げて反省の色を示す。
が、すぐにパッと顔を輝かせてずいっとルーカスの方へ身体を近づけた。
ルーカスはすぐに『しまった』と自分の行いを反省する。
この手の輩は些細なことも自分の都合のいいように捉えがちだ。現に、今も嫌悪感を露わにしてマイナスなイメージを持たせたかったはずなのに、過去の出来事を引き合いに出したため自分のことを覚えてくれていた=好意があるという誤った方にポジティブ変換されてしまったのだ。
「とにかく、僕はいそがしいから失礼するよ」
ルーカスは相手をするだけ無駄だと横を通り過ぎて行こうとしたが、ネイアは行く手を阻むようにルーカスの前を遮り続ける。
「そんな、照れなくてもいいんですよ。ネイアはよくわかってます、公に仲良くなんて出来ませんもんね。ネイアのことを守るためだってわかってますよ」
ルーカスには、目の前の女が一体何を言っているのか理解が出来なかった。
まるで、自分が彼女のことを愛しているかのように、そしてそれがさも当たり前の事象であるかのように話し続けている。一体どう対処したらいいのかわからず、気味が悪いとつい後退りをしてしまう。
「一体何を勘違いしているのかわからないが、僕は君と大した交流は持っていないはずだ」
「でも、ルーカス様はネイアのことを大事に思ってる。そう決まっているんです」
口の端を釣り上げて笑う彼女が、本当にそう思い込んでいるのだとルーカスにはわかった。
自分が今まで対峙したことがない目の前の歪な存在に恐怖すら覚える。
どれだけ自分が正しい主張をしてもこの女には何も伝わりはしないだろう。
どうしよう、と困惑をし始めたところで後ろからトントンと肩を叩かれた。
振り向くと、そこには苛立ちを露わにしたザザが立っていた。
「テメェが一向に挨拶に来ねえからオレが呼んで来いって使い走りにされたじゃねぇかよ」
「ち、ちが、僕は今ちょうど行こうと思って……」
ザザが眉間に皺を寄せながら強めに詰め寄るので、ルーカスはすぐに言い訳を始めたが、それが尚更気に入らなかったらしく彼は大きめにチッと舌打ちをした。
それから、ザザはルーカスの後ろにいるネイアの存在に気が付いた。
「何か用かよ」
ネイアは、小さな頃に貴族入りをして、その前も大きな商会の末娘として可愛がられてきた。
ザザは彼女の人生の中では関わったことのない人種であり、彼の態度はネイアにとっては粗暴な人間だと感じられて畏怖の対象だった。
「い、いえ、何もないです」
ネイアはぺこりと頭を下げると足早にその場を去っていった。
「なんだ、あの女」
ザザは去っていくネイアの背を見ながら首をかしげる。
ルーカスは、ホッと胸を撫でおろして「ありがとう」とザザに感謝の意を述べた。
「うまく撒けなくて困っていたんだ」
「は? 自慢かよ、まじで腹立つヤツだな」
ザザは、よりいっそう目つきを鋭くさせてルーカスを睨みつけたあとにチェイスの元に向かって歩き出した。
結局のところ、ルーカスは更にザザの怒りを買ってしまったのだった。




