第五十話 ルーカスとロージーの問答
ほぼクロエの策略的に中庭に取り残されたルーカスとロージーは、しばらくの間じっと押し黙っていた。
「わたしたちって、どう考えても性格的に合わないわよね」
静寂を破ったのはロージーだった。
仲睦まじく過ごしてほしい、というクロエの願いとはかなりかけ離れている言葉の投げかけだ。
「それは随分と昔からわかりきっていることだろう」
ルーカスがぶっきらぼうに投げかけられた言葉に返答する。
2人はクロエが消えた扉を見つめていて、視線は全く交わらないままに会話が繰り広げられた。
「昔から口論ばっかりで、お姉さまが居なければ顔を合わせようとも思わないわ」
「全くもって同感だ」
クロエの前とは打って変わって態度が異なる2人だが、2人きりの空間では当たり前の様子であった。
お互いに好感度というものは全く気にしておらず、ある意味では素でいられる瞬間かもしれない。
「でも、あなたが魔導師団に所属するまで、定期的に交流の機会を設けていたわよね。まあ、お互い親の意向は大きかったけれど、嫌だと反発することも出来たはず」
そこで初めてロージーはルーカスのいる右側へ首を動かした。
ルーカスも目線だけを左に向けて、それから顔も動かしてふたりの視線が交差する。
「……僕はその理由を覚えているよ。といっても、今思い出したところだけど」
ルーカスの言葉に、ロージーは感心するように目をぱちくりと瞬かせた。
「一体、どんな理由だったの?」
「少しは自力で思い出そうとして欲しいものだけど……まあいいや。昔、君が僕に大嫌いだと怒鳴ったことがある」
ロージーは、うーんと少し考え込んでみるが、すぐに「心当たりがありすぎるわ」と思考を放棄した。
ルーカスはその様子をみて「はぁ」と大きくため息をついて見せる。
「君にとっては何度かある中のひとつだろうけど、僕はそのとき初めて親交のある人間に嫌いだと言われた瞬間だからよく覚えているよ。そのあと、クロエさんに促されて、こうやってふたりで話をする機会を設けられたんだ」
そこまで話を聞いて、ロージーはやっと過去の記憶を少しずつ掘り起こすことが出来た。
「あぁ……確かにそんなことがあったかもしれないわね。それで、そのときはお互いに素直に謝罪をして仲直りしたのかしら?」
「いや、お互いに頑として謝らなかった」
いかにも自分たちらしい行動だ、と謝罪を行わなかったことに納得する。
お互い素直に謝ることが出来る性格であったら、ここまで拗れることはないだろう。
他の場合、例えばクロエが関わるときにはすんなりと謝ったり素直になれるというのに、ロージーとルーカスの関係性に至っては、ある種似た者同士であるせいか至極難しい事象だった。
「だけど、そこで僕たちにとっての打算的なメリットを話した。僕たちが遊ぶ機会を定期的に設ければ、親の介入なくクロエさんも交えて交流する機会を設けられるって」
「思い出した……わたしたちはお姉さまを大事に思っていることに対して利害が一致している、だからお姉さまの笑顔を守り抜こうって……」
ロージーとルーカスは、そこまで話をして肩を落とした。幼い時に決め込んだ誓いを二人は守ることが出来なかった。
ロージーは仲違いをして、ルーカスも彼女のそばを離れて、そうしてクロエの笑顔はなくなってしまった。
「僕たちは無力な幼い子どもじゃなくなった。今度こそ、僕はかつての誓いを果たして見せる」
「私だって、今度こそ何があってもお姉さまの味方であり続ける」
ロージーとルーカスは、決意の言葉を述べた後に口の端を釣り上げてにやりと笑って見せた。
ある意味で志を共にする盟友だということをあらためて認識する。
だからといって、結局のところ謝罪の言葉が交わされることはなかった。




