第四十八話 『喧嘩』
「ルーカスなんて大っ嫌い!!!」
ロージーが怒鳴り声をあげたあと、憤慨してどしどしとその場を離れて行った。
嫌いだと言われた張本人のルーカスも怒っていてむすりとしている。
対して、ふたりの間に挟まれたクロエはロージーを追いかけるべきかルーカスをフォローすべきか決められず、あたふたとしていた。
きっかけは些細なことだった。
ルーカスがクロエのために残しておいたお菓子をロージーが平らげてしまった、ただそれだけだ。
ふたりともお互いに対しての小さな不満が少しずつ溜まっていて、このタイミングで爆発してしまったように思える。
ルーカスもロージーも十二歳と若く、まだ自分の感情を上手くコントロール出来ないんだとクロエは直感的に悟った。
「僕だって、ロージーのことなんて嫌いだ……」
頬を膨らませて、眉間に皺を寄せながら怒り顔で呟いたルーカスだったが、次第に目が潤んできて瞳に涙が溜まる。
いつもは大人びている彼が、まだ幼い少年であることをクロエは久しぶりに実感した。
クロエは既に二人の喧嘩に狼狽えていたというのに、更におろおろと戸惑いを隠せずにいた。
クロエの視線に気づいたルーカスは、すぐに服の袖で目元をごしごしと拭って何でもないようにいつもような大人びた表情を浮かべた。
「みっともないところをお見せしてしまってごめんなさい。僕は全然大丈夫ですから、気にしないでください」
「……傷ついている時は、傷ついたって言っていいのよ」
ルーカスは、クロエの言葉を受けてすぐに大人びた表情を取り繕うことをやめた。
俯きながら切り出す言葉を探しているようだった。
「友達に、嫌いだと言われたのは初めてで……僕は、どうしたら良いのでしょうか」
クロエは、彼の初々しさについ「ふふっ」と笑い声を漏らしてしまう。
それに対してルーカスはどうして笑うのか、という顔をした。
「それはとっても簡単なことよ、お互いがごめんなさいと言えば良いの。もし二人が相手とまだ友達でいたいと思っているなら、きっと仲直り出来るわ」
ルーカスの不安そうな表情が拭えることはなかった。
変わらず伏し目がちで「それでもダメだったら?」自信なさげに訴えかける。
どうやら彼にしては珍しく悲観的で、ロージーとの関係性の修復についてかなり難しいと考えているらしい。
「ダメだったら……そのときは私が頑張ってみるわ」
クロエがにこりと笑いかけると、ルーカスは少しだけ安心したようだった。
自分ひとりではどうにも出来ないかもしれないけれど、一人でも助けてくれる人間がいると思えた瞬間に安堵したのだ。
ロージーとルーカスが喧嘩をしてしまった昔の光景を思い出していたクロエは、そんなこともあったと過去を懐かしんでいた。
それで、そのあとはどうしたんだっけ。
クロエは、その後ふたりが無事に仲直りをしたことは記憶していたが、その時どうやって仲直りしたのかについては鮮明に思い出せずにいた。
お互い謝って終わったのか、もうひと悶着したのか、自分がその場に居合わせたのかすらも曖昧だった。
だが、何にしてもこのままで良いはずはない。
「ロージーを追いかけて話をしましょう」
「僕が謝る義理はありません、勝手なのはいつもロージーの方です」
珍しくルーカスは意固地になっていて、ロージーとの仲を修復できる兆しが感じられない。
だが、そこですんなり折れてはいけないとクロエも珍しく強気に出ることにした。
「あなたに謝りなさいとは言っていないわ。でもせっかく昔の友達と再会できたのに、このままでいいの?」
ルーカスは少しの間押し黙って考えを巡らせたあとに、大きくため息をついてから「わかりました」と重い腰を持ち上げた。
「彼女が謝ってくれるのならば許してあげましょう」
「何にしても、話さなければ謝って貰うことも出来ないわね」
クロエがにやりと笑うと、ルーカスもしょうがないというように小さく笑ってみせた。




