第四十七話 「割込」
「どうして君がいるんだ」
にこにこと笑いながらクロエと腕を組んで現れたロージーに、ルーカスは顰め面で言い放つ。
「どうしてって、お姉さまが一緒に来ても良いよって言ってくれたの」
「この前はクロエさんに酷い言葉をかけていたじゃないか!」
ルーカスはロージーを指さして批難するが、全く彼女には効いておらず不満げな表情が返されただけだった。
「ごめんなさい、昔みたいに久しぶりに三人で会えたら楽しいかなって思って。ふたりもしばらく話をしていなかっただろうから、会話の場を設けられたらなって」
「お姉さまは悪くないわ」
「クロエさんは悪くありません」
クロエが肩を竦めながら二人に謝罪と言い訳をすると、ルーカスもロージーも声を揃えて否定をした。
否定の勢いが強くて、クロエは少し身を引きながら「あ……そう……」と相槌を打つしかなかった。
「嫌なら帰っていいのよ、そうしたらわたしがお姉さまとふたりでお買い物を楽しむから」
「君こそ帰ってもいいんだぞ、そうしたら邪魔されずにデートを楽しめる」
二人が鋭い眼光で睨み合うので、実は昔から仲が良くなかったのだろうかとクロエは過去を振り返る時間が発生した。
思い起こすと、確かに特段仲良しというわけではなかったかもしれない。
「とにかく、久しぶりに三人で楽しく過ごしましょう、ね?」
クロエが二人の顔を交互に見ながら同意を得るように声をかけると、ルーカスもロージーも渋々頷いて見せた。
「クロエさん、お手をどうぞ」
ルーカスが微笑みながら、紳士的にクロエへと手を差し出す。
エスコート的な意味で腕を組んで歩いたことはあれど、手をつないで歩いたことはなかったような気がする。気恥ずかしさから、クロエはすぐにその手を取れずにいた。
「行きましょ、お姉さま」
クロエが躊躇していると、ロージーがにこにこと笑顔を浮かべながら彼女の顔を覗き込むようにして声をかけて、それから腕をからめて少し強引に引っ張っていった。
クロエは、引っ張られながらもルーカスの方に目を向けると恨めしそうにロージーを見ていたので、やっぱり二人は仲が良くなかったのかもしれないと思い直した。
ルーカスは、自身の空虚な手のひらを見つめて小さなため息と共に肩を落とす。
ちょうどその場面はクロエの視界には入らなかったため、彼の残念に思っている様子は伝わらなかったことだろう。
クロエにとって二人の様子は、ある種勝ち負けのような子どもじみた振る舞いだと感じていた。
もう何年も前に一緒に過ごしていた時も同様の事案が発生していたからだ。
それから、三人でのお出かけは殆どがロージーの付き添いになっていた。
特にここに行きたいという希望がなく、むしろ可愛い妹の意向に沿いたいと考えるクロエ。
普段から貴族らしい買い物の仕方をする、自身の欲望に忠実なロージー。
クロエとのデートのために、割と綿密に計画を考えていたため、それがぶち壊されて苛立つルーカス。
このあとの展開が良くないものであることは、誰が見てもわかる光景だった。
ロージーが欲しいものを幾らか買ったあと、三人がお茶を嗜んでいたときにそれは発生した。
「色々と欲しいものが買えて良かったわね」
「ええ、二人とも付き合ってくれてありがとう。このあとはどこに行く?」
ロージーが笑顔を浮かべながら感謝を述べて、そのあとすぐにクロエに次の行き先を問いかけたところで、ルーカスが我慢の限界だというように低い声で「ロージー」と呼んだ。
それに対してロージーは不機嫌そうに「何?」と返す。それが尚更ルーカスの癪に障った。
「今日、この時間は僕とクロエさんが約束していたものなんだ。いい加減、少しは空気を読んで貰えないかな」
「わざわざ、そんな遠回しに言わないで邪魔なら邪魔って言ったら? ルーカスのそういうところうんざりする」
完全に一触即発な空気にクロエは仲裁に入ろうかと思ったが、下手に声をかけるとそれはそれで大炎上させそうだと言葉に迷う。
性格的に間接的にものを言うルーカスと、直接的な表現を好むロージーではそもそもが相容れないため、火に油を注ぐ展開であることは明白だった。
「そうだよ、邪魔なんだ。僕は昔から君のそういうところが嫌いだよ。いつだって自分中心で周りの迷惑なんて少しも考えないところ」
「ああそう、奇遇ね、わたしもあなたのこと嫌いだもの。いつでも自分は物分かりがいいですって顔をして外側から客観的に見てるようなところ」
二人は眉間に皺を寄せて、ふんと顔を背ける。
クロエは一体どちらにどうフォローすることが適切だろうかと考えながら、両者の顔を交互に見やった。
「まあ、でも、ほら、昔から好きなものは一緒だったじゃない。あの、えーっと、クリームをたっぷり使ったケーキでも食べましょうよ!」
「ケーキはいつもロージーがたくさん食べたいと駄々をこねるからクロエさんの分がなくなっていたじゃないですか」
「何よ!!! もう大人なんだから横取りなんてしないわよ!!!」
クロエがあげた話題でより一層喧嘩が熱を上げてしまった。
ルーカスが呟いた言葉にロージーは顔を真っ赤にして声をあげた。
「そ、それじゃあ、二人とも本を読んでお話しすることが好きだったわよね。図書館にでも行って何か話題を見つけるのはどう?」
「結局いつもルーカスがわたしの意見を全て反論してくるから不愉快だったわ、討論にもならないもの」
「君がいつも癇癪を起すから話し合いにならないんだ! 僕の所為にしないでくれ!」
ああ、これはダメだとクロエはお手上げ状態だった。
何を言っても喧嘩に発展してしまうので、いっそ口を閉じている方が平和なのではないかと感じた。
「いいわよ、お望み通り帰ってあげる」
ロージーは買ったものを全て持って颯爽とその場を立ち去った。
クロエは結局ロージーに声をかけることも出来ず、ルーカスをフォローする言葉も浮かばず、ただ黙って小さくなることしか出来なかった。




