第四十三話「話合」
クロエとロージーは、エシャロット邸の庭にあるベンチに並んで座る。
「……」
「……」
どちらも言葉を発さないまま、時間が過ぎている。
ちらちらとロージーの方を見ながらも、どう声をかけようかと戸惑うクロエ。
対して、ロージーはただ目の前に視線を向け続けてクロエの方を見ようとはしなかった。
「……話がないなら屋敷に戻るけど」
「ご、ごめん、何を話せばいいのか……わからなくて……」
ロージーは、クロエの言葉に返答せず表情も変わらず、そしてクロエの方をやはり視線は向けなかった。
ただ、その場を立ち上がって去らずに居続けるということは、クロエの言葉を待っているのだろう。
「まず大前提に、ロージーが私のことを嫌っていることはよくわかってる」
クロエが話を切り出し始めた。
事実、クロエは先ほどロージーに嫌いだと言われたばかりだった。
「私がフレデリックから婚約を破棄されて、一時期エシャロット家は随分と貴族間で白い目を向けられた」
「婚約破棄の件はお姉さまの所為ではないわ」
クロエの言葉に対して、間髪入れずにロージーが割って入った。
そこで初めて、ロージーはクロエに目を向けた。
擁護する言葉をかけてくれたことにクロエは喜んだけれど、それ以上に罪悪感が込み上げてくる。
「ロージーにも迷惑をかけてしまったし、そのせいで貴方の婚約話も不意になった。嫌われても恨まれても仕方がないし、怒っていることもわかってる。私自身も自分が情けない姉だと思うわ」
「違う、全部違う! お姉さまは本当に何ひとつわかってない!」
今まで、心のうちを示さなかったロージーが感情を露わにした。
声を荒げて、横に首を振る。
クロエは一体何が違うのか全く見当がつかなかった。
「わたしが、わたしが怒っているのは……」
ロージーは目を泳がせながら言い淀んで中々その先の言葉を切り出さない。
怒りの理由を言わないまま、ロージーは立ち上がりその場から立ち去ろうとしたが、クロエが彼女の服をぎりぎり掴んだことで逃れることは出来なかった。
「あなたが何を言おうとも受け止めるから……心のうちを明かしてほしい。そうじゃないと、私たちはずっと前に進めないと思う」
「お姉さまが言ったのよ、構わないでくれって」
ロージーは今にも泣きだしてしまいそうな顔をしていた。
クロエは一体いつ自分がそんなことを言ったのか、記憶になくて混乱する。
必死に思い出そうとするけれど、一向に思い出すことは出来ない。
「どうせ覚えていないのでしょうね、わたしに言ったことなんて」
「……ごめん」
「お姉さまにとって、わたしはその程度の存在なんだって思って悲しかった。お姉さまはいつだってわたしには何ひとつ話してくれない、それが腹立たしかった」
ロージーはそう言うと、再びベンチに座り直した。
クロエが想定していたとおり、ロージーは彼女の行いに対して怒っていたけれど、その推測は随分とずれていたのだと同時に理解した。
「お母さまの元で、この屋敷の中で、わたしとお姉さまはずっと昔から唯一の味方同士だった。ずっとそう思っていたのに、お姉さまは違うんだって……打ちのめされたの」
「そんなことない! ロージーはずっと私の味方だったし、私もあなたの味方よ」
「だけど、お姉さまはわたしのことを頼ってくれたことは一度もなかった!」
ロージーの心からの叫びに、なんと返答すればいいかわからずにクロエは口ごもってしまう。
確かに、クロエは婚約破棄の時期は誰にも頼ろうとしなかった。否、頼れなかった。
心も荒んで、母親の圧力と他者からの偏見の目に耐え切れず、その中で五つ年下のまだ幼い妹に頼ろうという気持ちは芽生えなかった。
むしろ、弱い姿を見せられないと虚勢すら張っていたように思える。
「あのときも、こうやって中庭に座って話をしていたわ。お姉さまは、なーんにも覚えていないのでしょうけれど」
言葉の端に棘を感じながらも、クロエは特に何も言わずにいた。
もっと直接的に罵られてもいいはずだと思っていたから。
「何を話したか、聞かせてほしい。それを思い出さないと、ロージーに謝る権利すらないと思うから」
クロエはロージーの右手をぎゅっと握る。
反射的にこちらに顔を向けたロージーとしっかり目を合わせて訴えかけた。
自分の愚行を思い出すことも、それと向き合うことも怖い。
けれど、向き合わなければ前に進むことも出来ない。
「あれはまだ、お姉さまが屋敷を追い出される前だった」
ロージーも同じだと感じていたからか、少しだけ葛藤を見せながらもぽつりぽつりと話を始めた。




