第四十二話 「鉢合」
「だから、僕は魔道師団には戻れません」
真実を話してくれたルーカスが最後に言った言葉だ。
「だけれど……あなたの意志ではないでしょう?」
「僕の意志なんて全く関係がありません。大公家を継ぐことは僕に課された使命だと思うことにしました」
そうは言いつつも、ルーカスは全く受け入れていないような口ぶりだった。
ルーカスの語った真実はあまりにも酷だと、クロエは口には出さずとも心の中で大公を批難した。
まるでルーカスが自身の所有物かのように考えている大公と自身の母親が重なる。
思い通りにならなければ、持ちうる権力で捻じ伏せてくるところも。
「それに、魔道所のみなさんにも良くしていただいていますし、勉強になることもたくさんあります。確かに初めは納得が出来ませんでしたが、今は良い機会だと考えています」
だから、大丈夫ですとルーカスはクロエに笑って見せた。
その笑顔が強がっているように思えて仕方がない。
「本当に、それでいいの?」
クロエの問いかけにルーカスからの返答はなかった。
帰り道で、ルーカスは何もなかったかのように他愛ない会話を繰り広げた。
クロエも不用意に蒸し返すことはせずに普段通りの振る舞いに努めた。
「それじゃあ、またね」
帰りは家の前まで送迎が行われたため、馬車の中で別れの挨拶を交わす。
馬車を降りたところでクロエにドッと疲労感が襲い掛かった。
自身で思っていた以上に帰り道の馬車は気を張っていたらしい。
絶対にこのままで良いはずがない。
だけれど自分にできることが少しも浮かんではこなかった。
「私って、何が出来るんだろう……」
ぼそりと呟きながらエシャロット邸の敷地内に足を踏み入れる。
今までは、誰にも見つからないようにこそこそと納屋へ向かっていたけれど、今は堂々と無駄に広い庭を通り抜けて屋敷へ向かえる。
屋敷に戻ってからは私に腫物を扱うような態度だった使用人も恭しく挨拶をするようになった。
身の回りの環境は確かにいい方向に変わってきている。
考え込みながら歩いていると、前方で足音がした。
クロエはそちらに目を向けると、自身とは異なる方向から歩いてくるロージーを視界にとらえた。
完全にばったりと鉢合わせた状況で、クロエは「あ……」と何を言おうかと悩んで言い淀んだ。
ロージーはクロエを一瞥すると、特に何を言うわけでもなく彼女をスルーして屋敷へ向かった。
「ま、待って!」
「……なに?」
咄嗟に声をかけたクロエに、ロージーは動きをとめてから視線を向けて冷ややかに返事をした。
「えっと、今日は何してたの? お出かけ?」
クロエの問いかけにロージーは眉間を皺を寄せて、露骨に嫌そうな表情をした。
「そんなくだらない世間話をするために呼びかけないで」
ロージーは、クロエに言い捨てるとすぐに屋敷の方へ向き直して歩みを進める。
クロエはダッと駆け出してロージの腕をつかんだ。
「ちょっと何!? 離して!」
「待って! 私たち、話し合いが必要だと思うの!」
掴まれた腕を離そうともがいていたロージーだが、クロエの言葉を聞いてぴたりと動きを止めた。
「ロージー、私のことをどう思ってる?」
「……お姉さまのことなんて、嫌い」
クロエはロージーの言葉をあらためて聞いて、諦めるように彼女の手を離す。
わかっていたことだけど、言葉にされると心にぐさりと突き刺さるものだ。
やはり、私たちはもう取り返しがつかないのか。
そう思っていたところにロージーが口を開いた。
「だけど、わたしも話し合いは必要だと思ってる」
その言葉にクロエは目をぱちくりとさせた。
驚きで一瞬動きが止まっていたが、すぐにこの好機を逃すわけにはいかないとハッとした。
「少し座って話をしない?」
クロエの提案に、ロージーはこくりと小さく頷いた。




