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婚約破棄された令嬢のそのあと 〜現実は物語のように甘くない〜  作者: みるくコーヒー


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第四十話 「浄化」

 

「クロエさんに怪我がなくて良かった」


 ヘドロカエルの退治を終えて、ルーカスはすぐにクロエの元に駆け寄った。

 無傷のクロエを見てルーカスは目で見てわかるほどに安堵の吐息をついていた。


「あなたの奮闘のおかげね、ありがとう」

「いえ、僕は……余計なお世話だったかもしれません」


 ルーカスの思考は最近ネガティブを極めている。

 クロエは、自分が彼のポジティブさを吸い取ってしまっているのではないかと感じてしまう。


「それじゃあ、本来の役割を全うしましょうか」

「そうですね」


 二人はカエルの処理をする魔導師たちの横を通って、水源である泉のほとりに立った。


 まず、クロエが現状の様子を魔道具でおさめる。

 そのあとに、ルーカスが泉の浄化を始めた。


「予想より被害は大きなものでしたが、おそらく僕ひとりで対処できる範囲だと思います。浄化維持装置の準備を進めてください」

「わかったわ」


 一度汚染された水の原因を全て取り除くことは中々難しく、ルーカスの浄化魔法を維持する魔道具を使用して一時的に改善を図る。

 このあとはひと月に一度魔道所の人間が訪れて、魔法のかけ直しや維持装置のメンテナンスを数か月継続することで根本的な問題が解決される。


 魔道所の仕事は、地味なものが多い。

 それも魔道所勤めの人気のなさの一つかもしれない。


「ルークと同期だという魔導師と少し話をしたの」

「ザザと、ですか」


 そこで初めて、クロエは先ほど話をした魔導師の名前がザザであると理解した。

 彼は最後まで自己紹介をしてはくれなかったから。


「突然に声をかけられて驚いたわ。初対面のはずなのに、殺されるんじゃないかってくらい睨まれたのよ」

「すみません、あいつ血の気が多いうえに愛想とか全くないんです」


 愛想の問題ではないような気がしたけれど、クロエはその部分に意を唱えることはやめた。


「魔導師団は実力があれば入団が出来ます。僕のような貴族出身が多いですが、一般市民や貧民街出身の孤児など出自は様々です。たまに、金やコネを使う者もいますがそれは入団までしか通用しない。大体、実力の伴わない者は入団したら半年も持たずに根をあげて辞めていきます。その点、貴族以外の出自の者は根性がありますね」


 ルーカスは何だか嬉しそうに話を続ける。

 魔導師団のことを話している彼は生き生きとしていた。


「ザザは貧民街出身の孤児で、まともな教育は受けていません。ただ、弟や妹を養うために幼少期から働いていました。ある日、父さん……アデレイン子爵の目に留まって魔導師への道が開かれました。魔導師団に入る前から一緒に訓練を受けていたんです。ザザは……かけがえのない僕の友人です」


 懐かしむように、ルーカスは小さく笑った。

 彼にとって、ザザとの思い出は慈しむべきものなのだろう。


 だからこそ、クロエは伝えるべきことは伝えなければという気になった。


「あなたのこと優れた魔導師だって言ってた。話をした方がいいと思う、取り返しがつかなくなる前に」


 ルーカスは、クロエが誰を頭に思い描いているか何となく理解していた。

 それと同時にザザが自身を評価してくれている事実を嬉しいとも感じていた。彼はお世辞で誰かを褒めるような男ではない。


「話し合うって、何をですか。話をしたところで何も変わりませんよ」

「彼はあなたが急に魔導師団を去ってしまったことを不思議に思っているのよ。その理由を話してみたら「その理由を話したところで何も意味がないと言っているのです」


 クロエの言葉を遮って、ルーカスは厳しく言い放った。

 普段、ルーカスはクロエに対してそのような言い方をすることはなく、冷たい一面が垣間見えたような気がした。


「どうして、意味がないと思うの?」


 クロエは、おそるおそる踏み込んでみる。

 ずっと、心のうちに入り込むことは避けてきたけれど、ここで行動をおこしてみないとその機会は一生訪れないような、そんな気がした。


 ルーカスは、魔導師団の方にちらりと目を向けて、それからクロエと目を合わせてから再び泉に視線を戻す。


「……この距離なら聞こえないか」


 ぽつりと呟く。

 その言葉すらもクロエに微かに聞こえるほどだった。


 泉から離れた地点で、魔導師団はヘドロにやられた新人たちの処置で忙しくしていた。

 ルーカスは浄化作業に集中しつつも口を開いた。


「魔導師団をやめて魔道所へ異動することになった理由は、僕がファルネーゼの姓を名乗っていることに大きな理由があります」

 

 ずっとクロエの中で疑問だった『ルーカスが魔道師団に来た理由』が明確になる。

 

 ルーカスの口から、はっきりと丁寧に真実が語られる時が来たのだった。


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