第三十九話 「守備」
運よくクロエの元にヘドロカエルが寄ってくることはなかった。
魔導師による流れ弾が飛んでくることもなく、隅っこの木の影に隠れてどうにかやり過ごす。
ルーカスは大丈夫だろうかと彼をずっと目で追っていた。
怪我を負うことなくカエルたちを着々と退治していて一先ず安心する。
途中危うい場面はあったが、魔導師の助けもあってどうにか危機は脱していた。
クロエは何か自分にできることはないかと少し模索したが、現状じっとして周囲に迷惑をかけないことが何よりも自分にできることだと悟った。
ただ、それがもどかしいという気持ちに変わりはない。
とはいえ、自分の役割はこの先にあるのだと考えればもどかしさも少しは紛れた。
魔導師がヘドロカエルを退治したあとがクロエにとっての本番だった。
「おい、お前」
知らぬ間にクロエの横に男が立っていた。
クロエは一瞬驚いて身構えるが、それが先ほどルーカスを救った人物であるとすぐに気が付いた。
「あいつの婚約者らしいじゃねぇか。あいつが腑抜けたのはテメェのせいか」
男--ザザはキッとクロエを睨みつけた。
明らかな敵対心にクロエは解いた警戒心を再び纏う。
「あ、あなたは、誰ですか?」
「は? 誰だっていいだろ。先に質問してんのはオレだ」
ザザはとても苛立っていて、コミュニケーションは一方的だった。
まともな対話は難しそうだと、諦めて大人しく口を開く。
「まず、ルークは全く腑抜けてなどいないと思います。ヘドロカエルの退治はあなたたちの仕事であって、彼の仕事ではなかったはずです」
クロエの返答に、ザザは「ぐッ」と唸りながら痛いところを突かれたという表情をして、それから先ほどの威勢はどこへやら目を泳がせた。
「それは、隊長が危険じゃないから実践研修の機会にしようって言うから……オレ、ぜってぇ新人教育とか向いてねぇのにあいつがいなくなって、それで、だから……オレのせいじゃねぇ!」
もごもごと言い訳を並びたてたと思いきや、いきなりクロエに怒鳴りだす。
彼女はびっくりして身体を少し仰け反らせたが、何だか彼は悪い人ではないのではないかと感じた。
「……何にせよ、ルークはいつもその時自分が出来る最大限のことをしていると思います」
クロエとザザは、ルーカスに目を向ける。
チェイスに劣らないほどヘドロカエルを蹴散らしていて、ザザには共に魔導師として働いていた頃の彼を重なって見えた。
「オレはあいつと同期でさ、ずっと一緒に頑張ってきた。辛いことがあっても仲間たちと支え合って乗り越えてきたし、夢も語り合った。本当に優れた魔導師だったのに、あいつは勝手にいなくなった」
ザザの表情には怒りよりも悔しさや悲しみが混ざっていた。
どこかやるせなさがあるようにも感じられる。
魔導師団の人たちとルーカスには絆があったはずだ。
なぜルーカスが魔道所へ異動を決めたのか、そこへの疑問が深まっていくばかりだ。
だが、確かにひとつクロエは今理解した。
絆には小さな亀裂が入り、両者の間に溝が出来てしまったということを。
そして、それは放置してしまったら大きな亀裂になって取り返しがつかなくなってしまうということも。
クロエとロージーのように。




