第三十五話 「打診」
「魔道師団との合同任務……ですか?」
パーティーから数日が経った頃、職場での質問攻めはだいぶおさまってきた。
魔道所でふたりと共に働く同僚たちは、突然の事に驚きを隠さずにいたが、すぐさまそれを受け入れてくれた。
そんな、クロエとルーカスのふたりで魔道師団との合同任務に派遣されることになった。
「これからは魔導師団と魔道所でもっと交流の機会をつくって協力していこうって話になってね。その第一歩ということでね」
ジョゼはにこにこと笑みを浮かべながらクロエとルーカスに話す。
ふたりは困惑して中々状況を読み込めず、そもそもなぜ自分たちが選ばれたのか不思議で仕方がなかった。
「どうして僕たちが抜擢されたのですか?」
「ルーカスくんは、魔道師団に長くいたでしょ? だから、交流という意味では一番適任じゃないかと思ってね」
ジョゼの説明を聞いて、ルーカスは「確かに」と納得を示した。
「ジョゼさん、私が選ばれた理由がわかりません。そもそも、私は魔導師ではなく魔導師補佐ですし……」
「今まで、魔道所で事務の仕事をお願いしていたけれど、そろそろ現場を見る機会が必要だと思ったんだ。魔導師補佐は何も所内の事務仕事だけには留まらなくても良い」
クロエは目をぱちくりとさせた。
自分が所内以外で仕事をすることは全く想像していなかったからだ。確かに、魔導師と共に現場に赴く魔導師補佐がいることは知っていた。
だが、全員がそうではなく、むしろ少数である。
「クロエちゃん、僕は君の仕事ぶりを評価しているんだ。そろそろ、新しいことに挑戦してみるのはどう?」
ジョゼの打診にクロエはすぐさまコクコクと首を縦に振った。
自分の仕事ぶりが認められている、ということが彼女にとって何よりも嬉しい。
何もわからない状態から失敗しながらも少しずつ成長をして、職場での今の自分がある。それは何よりも自分自身で積み上げたもので"クロエが成し遂げたこと"なのだ。
いつも適切なタイミングでジョゼは背中を押してくれる。
そのおかげでクロエは少しずつ前に進むことが出来ていた。
クロエの様子を隣で見るルーカスも彼女が評価されていること、前に進むきっかけが与えられていること、そしてそれを彼女が前向きに承諾していることに自分のことのように喜びを感じている。
「それで、合同任務の内容を伺っても良いですか?」
「うん、そうだね、何より大事なことだ」
ジョゼは机に積まれた書類の山から合同任務についてのものを探し始める。
「えーっと、これじゃないなぁ」
はじめから書類を用意しておけばよかったのだが、いちから探し始めたことで、ふたりは手持ち無沙汰な時間が生まれてしまった。
「良かったですね、クロエさん。頑張ってきたことが認められましたね」
ルーカスは隣に立っているクロエに小声で話しかけた。
クロエはそれに小さく笑みを浮かべて、コクリと頷くことで相槌を打った。
「……前にルークが言ってくれたことが実感できた。ほら、ドレスを送ってくれた時の……私が積み上げてきた功績だって。いま、私が行っていることの全てが、すぐには結果が出ないかもしれない。でも、将来それが私のためになるんだって思うと、前よりも苦しくはないなって思うの」
クロエの言葉を聞いて、ルーカスは少しだけ安心した。
確実に少しずつでも彼女の苦しみが和らいでいるのだと実感ができたから。
「これだ! いやぁ、待たせたね」
ジョゼは、やっと書類を見つけだしたようだ。
書類探しのせいで、机の上はかなり散らかってしまっている。
クロエとルーカスは書類を受け取って、合同任務の詳細をまじまじと見る。
「近隣村落の水質改善……ですか。これであれば、魔道所のみで対処が可能かと思いますので、魔導師団の役目はないかと」
「書類はちゃんと最後まで読まないといけないよ、ルーカスくん。魔道所側で行うことは汚染された水を浄化して水質を改善すること。その汚染の原因がヘドロカエルという魔物が住み着いたからだそうだ。魔物の駆除を行うことが魔導師団の役目なんだ」
正直、ルーカスであれば一人で駆除と水質改善を行うことは可能だ。
だが、普通であれば魔導師団の人間が生活の中の問題を解決するような魔法の使い方の心得はなく、逆に魔道所の人間は魔物退治の心得はない。
今までは別々で派遣されて問題解決を行っていたが、合同で行うことが出来れば解決スピードは格段にあがることだろう。
「クロエちゃんには、現場で魔導師補佐が行うことについて別で教える時間を設けるから、安心してね」
「はい、ありがとうございます」
クロエは自分の役割について詳しくは理解できておらず心配していたため、ジョゼの言葉を受けてほっと胸を撫でおろした。
対して、ルーカスはどこか不安そうな表情を浮かべている。
それは合同任務の彼の役目に対してではないのではないか、とクロエは直感的に感じたが、それについて声をかけて良いのかわからず、結局話をせずに各々仕事に戻ってしまった。




