第三十四話 「御開」
ファルネーゼ大公より最後の挨拶があり、無事にパーティーは終わりを迎えた。
パーティーの参加者を見送り、屋敷の一室にある椅子に腰を下ろしたところで、クロエとルーカスはやっと重たいプレッシャーから解放された。
「クロエさん、おつかれさまでした」
「ルークもね」
パーティーでの苦労は二人が一番理解していたため、お互いを労う言葉は心からのものだった。
「とはいえ、大変なのはこれからです。クロエさんは次期大公夫人として様々な勉強が始まって、あれこれ周囲から質問攻めにもなるでしょう。僕も僕でやることが絶えません……憶測が飛び交い噂の的になりそうです」
この先の苦難を想像してルーカスは「はあ」と大きくため息をついた。
確かに楽とは言えないだろう、とクロエも感じていたが思っていたより彼女は悲嘆していなかった。
「良くない噂の的にされるのは慣れているわ。それに公爵夫人になるために幾らか勉強していたから、全くいちからのスタートではないし、何だかいつもよりポジティブに考えている自分がいるの」
どうしてポジティブに考えられているか、クロエ自身にもわからない。
だが、今日を逃げずに無事に乗り越えることが出来たという事実が大きな要因であるのだろうと何となく感じる。
「それにしても今日は思いがけず色々な人と会えて有意義な時間だったと思わない? まあ、途中少し腹立たしかったことは否めないけれど……」
ルーカスの友人であったナサニエルとアデレイン子爵・子爵夫人に出会えたことは、クロエの中で想定外のことだった。マリメルとフレデリックが声をかけてきたこともかなり予想外ではあるが。
「僕の友人にクロエさんを紹介出来て良かったですし、僕自身も久しぶりに父と母に会えて嬉しかったです。二人とも昔と変わりなくて……少しだけ会うのが気まずかったのですが、余計な心配でした。僕だけが、変わってしまったのでしょうか……」
ルーカスは暗い表情を浮かべながら俯く。
彼とアデレイン子爵・子爵夫人との背景を良く知らないクロエは、なぜそんなにも沈んでいるのかわからなかった。
だから、下手に声をかけることは躊躇われたが、彼の背景を知らずともクロエの中で自信をもって伝えられることあった。そして、それは伝えるべきことでもある。
クロエは、いつも彼が自分を慰めてくれるように自分もそうしてあげたいと思った。
椅子に座るルーカスの隣に移動して床に膝をつき、彼の手を包み込んだ。
「ルークは、何も変わってないよ」
ルーカスの目を真っすぐに見つめて、クロエは本心を伝えた。
いつもルーカスがしてくれているように、今は自分が返す番だと思った。
「あなたの優しさは昔から変わってない。いつも私のことを元気づけて、上を向かせてくれる。久しぶりに会った時、素敵な景色を見せてくれたあの時、何だか少し救われた気がした。だから……あなたは俯く必要なんてないよ」
ルーカスはクロエと目をしっかりと合わせながら、少し驚いたように目をぱちくりとさせて、彼女の言葉が終わるころにはふにゃりと柔らかな笑顔をみせた。
「クロエさんがそう言ってくれて元気が出てきました。嬉しいです、ありがとうございます」
多少、打算的に結ばれた婚姻関係。
今まではルーカスばかりが自身を支えてくれて、自分は何もできていないとクロエは感じていた。
だけれど、ルーカスにも心のうちに弱い部分があって、いつも寄り添ってくれているように自分も寄り添っていきたい。
支え合える関係性を築きたいし、いつかルーカスが心の内を話してくれたらいい、と彼の笑顔を見つめながらクロエは未来を思い描いた。




